捜査ファイル:ドラン家
リビングルームに、アイビーと使用人は集められている。
コーディはリビングルームを出て、館の中を調べることにした。衛兵から受け取ったマスターキーと、それからウイルズのポケットから出てきた鍵を持った。
一階はリビングルーム、食堂、応接間、バスルーム、使用人の部屋、それからウイルズの書斎。
二階はウイルズの寝室、アイビーの部屋、客間、資料室。
アイビーの部屋を覗くのはためらったが、立ち入った。
(女性の部屋に入るのは気が引けるが、ティナ様がいないか確認するだけだ)
今後、ドラン家には詳しい調べが入る。
コーディの今の目的はティナか、ティナの痕跡を見つけるだけだ。ベッドの布団をめくったり、大きなタンスを開くだけでよい。
結局、館の中にティナは発見できず痕跡も見つからなかった。
続いてコーディは館の外に出た。
薬草を育てる畑がいくつかあり、館に比べて広い庭だ。
ドラン家の経営する薬の会社は別の敷地にあるというが、自宅でも育てているのだろう。
庭を進み、コーディは見つけた。
庭の端にあるガゼボの奥に隠されるように、小さな小屋があった。
小屋には上下二つの鍵がついている。コーディは借りてきたマスターキーを取り出す。数あるうちのひとつが上の鍵穴に合った。そして下の鍵穴はウイルズのポケットから出てきた鍵がぴったりと合った。
「…………」
慎重に扉を開く。
小屋に人の気配はなかった。ウイルズの書斎ほどの大きさの部屋で、壁には棚がいくつかあり、ガラス棚には瓶がぎっしりと並べられている。
棚の前には大きな机があり、量りがいくつか埃が被った状態で置いてある。
そして、その奥には簡易的なベッドがあった。
ベッドには手枷と足枷がつけられている。そこにはいくつかの食器と瓶が転がっている。
「誰かがここにいた……」
量りと違って、食器は長年放置されていたものとは思えない。
コーディがベッドの下を覗くと、そこには――ネックレスが落ちていた。
青の宝石が輝く女性の物のネックレスで、一目で上質なものだとわかる。
コーディはそれを自身のポケットの中に仕舞い込んだ。
(これはきっとティナ様のものだ。……だとすると、この部屋にまだティナ様はいるかもしれない。隠せる場所は……)
コーディはいくつか並んでいる棚を見た。ガラス棚には瓶が並べられているが、一つの棚は木製で中身は見えない。観音開きになっている大きな棚だ。ここなら人一人隠されていても不思議ではない。
「おや」
開けようとしたが開かない。どうやら棚には鍵がかかっているらしい。
「ますます怪しいな」
コーディは様々な鍵を合わせてみる。……ウイルズのポケットにあった鍵は開いた。
(やはり……怪しい)
早くなる鼓動を落ち着かせながら、コーディは扉を開く。
——そこには何もなく、空洞で。
いや、棚とは思えないほどに奥が広い。
「これは扉だったのか……」
そこには細い道があった。棚に見せかけた扉だったのだ。
意を決して、コーディはその道を進んでいく。
暗くて狭いが、整備はされていて、過去に誰かも通っていることがわかる。
数分ほど進み、扉に行きついた。ここにも鍵がついていて、例の鍵で鍵穴はまわった。
「……!」
「……あれ?」
衛兵が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
——そたどり着いた場所は、ウイルズの書斎だった。
「そんなところに隠れていらしたんですか?」
衛兵が不思議そうにするのは理由がある。
コーディが出てきたのは、ウイルズの私室の大きな鏡の裏だったからだ。
どうやらこの大きな鏡は扉の役割をしていたらしい。
よく見れば鏡にも鍵穴がある。
「……なぜ、研究室とこの部屋が……」
まさか自殺ではなく、誰かが研究室から逃げた?
コーディはそう思ったが、首を振る。
研究室からここまでくるにも、いくつも鍵がかけられていたのだから。すべての鍵を開けたのは他でもない、コーディだ。
コーディは衛兵に研究室を調べるように依頼して、自分はリビングルームに向かう。
アイビーがぐったりとしていて、ソファに身体を預けている。
「お疲れのところ申し訳ありません。アイビー様、庭にある小屋をご存知ですか?」
「庭の小屋……? お兄様の研究室のことでしょうか?」
そういえばドラン家には亡くなった長男がいた。
小屋の内装を思い出せば、確かに研究室だったかもしれない。コーディは頷いた。
「今は使われていない小屋なのですか?」
「ええ。お兄様が使われていた場所ですから」
「お兄様が亡くなったのはいつですか?」
「……五年前です」
あの食器類は五年前のものとは思えなかった。しかしアイビーはそれ以上なにも知らないようだった。
コーディは次に若い使用人を呼び出した。勤めて一年ほどの使用人だ。
「庭にある小屋にはどなたかが住んでいませんでしたか?」
「研究室のことでしょうか。……誰も住んではいないかと思いますが……」
使用人は訝し気な表情をする。
「今は使っていない小屋なのですよね」
「基本的には。でも時々貸し出していました。ウイルズ様は研修者になりたい者を支援しているのです。ドラン家の研究所と工場は別にありますが、そちらには身分のわからないものをいれるわけにはいかないでしょう」
「身分のわからない者?」
「ええ。身寄りのない孤児の中で有望な者に研修所を貸し出していたのです。そして優秀なものは王家に紹介して、貴族の養子にさせるなど、平民を登用する活動に精力的に取り組まれていました」
あの男が……? 人は見かけによらないものだと思っていると、使用人は少し笑った。
「信じられないのもわかりますよ。ですが五年前に亡くなったご長男は孤児を引き取って養子にしたそうです。ウイルズ様は偏見なく、能力ある者を迎え入れる方です。私も平民ですからね」
使用人は亡くなった主を思い、切なげな顔を浮かべる。
「この女性に見覚えはありませんか? あの小屋に入ってるのを見た、とか」
コーディはティナの姿絵を見せるが、使用人は首をひねる。
「お見かけしたことはありませんね。そもそも、私どもはあの小屋に近づくことを禁じられていましたから……。時折食事を頼まれましたが、食堂で召し上がることもなく、ウイルズ様が小屋に運ばれていました」
「直近で食事を依頼されたのはいつですか」
「そうですね……ひと月半程前でしょうか。」
コーディはポケットにしまったネックレスをぎゅっと握る。
―—やはり、ティナ・セルラトはここに監禁されていたのだ。
・・
急いで王城に戻ったコーディは、アルフォンスすべてを報告しネックレスを見せた。
アルフォンスは驚きに満ちた瞳でそれを見た。彼の青い瞳に涙が浮かぶ。
「これはティナのものだ。あの夜会の日につけていたものだよ」
「なんと……! ではやはり……」
アルフォンスは唇をかみしめた。
「ティナはどうしているんだ。無事なのだろうか……」
使用人はひと月半前から五回ほど食事を用意していて、ここ最近は用意していないと証言した。
ティナがドラン家から逃げ出したのなら、そこからひと月ほど経過している。ろくに食事も与えられず、ベッドに繋がれ、そこから逃げ出した彼女は衰弱していたにちがいない。
そもそも、ウイルズがティナに手をかけていたら?
最悪の事態がコーディの頭によぎる。アルフォンスも同じ考えに至ったのだろう。顔から血の気が引いている。
「ドラン侯爵にはもう何も聞けない。しかしティナを監禁していたということは、彼がベレニス事件に関わっている大きな証拠になる。
——ティナはきっと無事に逃げている。そう信じよう」
「ええ、そうですよ!」
「そうなれば、大々的に彼女を捜索しよう。ティナはドラン侯爵により罪を着せられ、監禁されていた。見つければ保護するように、お触れを」
「わかりました!」
「彼女のご両親にも連絡をしてくれるかい」
「ええ、すぐに」
コーディは慌てて部屋から出て行った。
「ティナ……どこにいるんだい」
アルフォンスはデスクに座り、コーディが持ってきたネックレスを見つめた。
「必ず、私のもとに帰ってきて」
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