捜査ファイル:ウイルズ・ドラン
時が止まったようなこの場所は緊張感に包まれている。
コーディは、アルフォンスの命でドラン家を訪問していた。
ウイルズ・ドランが死んだ。
ベレニスが襲われた事件の容疑者として、事情を聴取しようと魔法局の人間が訪れたところ、死んだウイルズを発見した。
その知らせを受けた数十分後。コーディは王政府の衛兵たちに混じって現場にやってきたのだ。
(殿下はこの事件に強い関心を抱いている。ティナ様の冤罪を晴らすためだから当然だが。なんとしてでもお力になりたい)
ウイルズの死は、状況的に判断して自殺だと言われている。
連日の捜査でウイルズはベレニス事件の犯人として挙がっている。しかし彼が真犯人だという確実な証拠はない。話を聞く前に死んでしまったのだ。
ティナの罪が誤りだった、とするためにはウイルズが犯人だった証拠を見つけなくてはならない。その証拠を見つけることが今回のコーディの仕事だ。
主の願いに応えるため、コーディは気合いをいれて館に入った。
(面会の後から、殿下はドラン家を怪しんでいた。あの美しいご令嬢——アイビー様とて怪しいのだ。きっとこの家で何かを見つけることができる)
コーディは気合いをいれると、ウイルズが倒れている現場に向かった。
ウイルズが倒れていたのは書斎だ。
彼に会った時に感じた印象そのままの部屋だった。華美な調度品が並べてあるが、あまり統一感はなくセンスは感じられない。
仕事をするためのマホガニー材のデスクとチェア。それから、部屋の真ん中に磨かれたガラステーブルとベルベッド素材のボルドーのソファがある。壁にかけられた黄金の鏡がやたらと大きく、成金趣味だとコーディは思った。
部屋は荒らされた形跡はなく、きちんと清掃された状態だ。
発見されてから数十分。彼の遺体はまだそこにある。
ソファに座った状態で、ガラステーブルにうつ伏せになるように倒れていた。彼の下には血だまりができている。
騎士として人の死は何度か見ているけれど、気持ちがいいものではない。
一緒に部屋に入った衛兵たちが彼の遺体を調べ始めた。コーディは知識はなく、管轄外だ。いくらアルフォンスの許可をもらってここにいるとはいえ、邪魔はしない方がいいだろう。少し離れた場所から彼らの様子を見守る。
ウイルズの手が胸元を抑えていて、首から胸にかけて血に濡れている。
当初から、自分に攻撃魔法を放ったのだろうという推測だった。
自殺だと見られている理由は、部屋にウイルズは一人だったからだ。
ドラン家は、アイビーと三名の使用人が住んでいる。
ウイルズの姿を使用人が最後に見たのは九時。発見されたのが十四時。
重要な仕事を行うからこの部屋に誰も近づかないように、と使用人たちはウイルズに釘を刺されていた。
マスターキーさえ自身で持つという徹底ぶりで、誰もこの部屋に入れなかったのだ。つまり密室というわけだ。
魔力や魔術を使うこともできない。
安全のために、王都にある館や王城、魔法局や学園のプライベートルームなどは転移魔術では移動できないようになっており、扉の鍵も魔力封じがかけられている。
十四時頃、王政府の役人が事情聴取のために訪ねてきて、使用人たちと共に部屋に向かったが返事はない。ドアを壊し部屋に入ったところ、ウイルズの変わり果てた姿を見つけた。
「ん……?」
コーディはウイルズに目を向けて、何か違和感を感じた。
首元だ。右の耳の下あたりに、大きな黒いものが見える。
痣にしてはぷっくりと膨らんでいるように見える。大きなほくろか、イボか、なにかの病気だったのだろうか。しかし遠目からでも、柔らかさは感じられず石のようにも見えた。
「失礼します」
目を凝らして確認しようとしたコーディは衛兵に声をかけられた。
「こんなものが、ドラン氏のポケットから」
彼がコーディに見せたのは、小さな鍵と小さく折りたたまれた紙だ。
鍵はマスターキーとは異なるようで、何の鍵かはわからない。
そして紙には【罪の重さに耐えきれなくなった】と一言書いてある。
「自殺で確定のようですね」
その後の調べで、彼が着用していたズボンは今朝着替えたばかりのものだということもわかった。
密室、遺書。それらから自殺だと判断され、ひとまず現場検証は終わった。
コーディはリビングルームに移動した。
ソファでうつむいているのはアイビーだ。小柄な印象はあったが、今日の彼女はひときわ小さく見える。
「アイビー様」
「あなたは……殿下の」
コーディを見上げたアイビーの目は赤く、顔色も優れない。それが以前に増して儚さを醸し出している。
「突然のことで驚かれたことでしょう。……お疲れのところすみません、面識がある私が貴女から話を伺うことになっています」
憔悴している彼女に話を聞くのは心が痛むが、コーディは訊ねる。
「この家にお住まいなのは、ウイルズ様とアイビー様、そして使用人が三名で間違いありませんか」
「はい」
「失礼ですが、貴女は本日どちらへ?」
「私は朝八時から学園へ。その後は魔法局にいました」
アイビーが学園と魔法局にいたのは調べはついていたが、一応確認をしておく。
憔悴した彼女の様子から何も答えられないかもしれないと思っていたが、しっかり受け答えは出来るようだ。
「父は本当に自殺なのですか……? それに役人の方がいらした理由も……本当なのでしょうか……」
アイビーは震える声で訊ねた。
父親の死だけでもつらいのに、自殺、さらには父が殺人未遂事件の容疑者でもあったと聞くのはどれほどつらいのだろうか。
「お伺いするのも心苦しいのですが、アイビー様に心当たりはございませんか? ウイルズ様が事件に関与した件について」
「私には全くわかりません。ドラン家は、エイリー家やセルラトと関わりもありません。……私を婚約者に押し上げるためだと伺いましたが……」
そして言葉に詰まる。自分のせいだと思ってしまったのかもしれない。
涙を次々こぼしながらも、唇をかみしめて耐えようとする姿は痛ましかった。
「殿下から、アイビー様を保護するように言われています。今後のことやご自身のことは心配なさらないでください」
「…………」
アイビーは俯いて涙を零すだけだった。ウイルズが令嬢を襲った犯人だとしても、アイビーにとっては父親なのだ。
(慰めてさしあげたいが……まだ調べることがある)
コーディがアルフォンスから受けた命は、現場を確認すること、アイビーから話を聞くことだけではない。
アルフォンスから受けた命は、ティナを探すことだった。
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