8-1 クロードの五年前
(クロード・ドラン。……クロードさんのことではないかもしれない。だけど。まさか。)
ティナはドキドキする胸をなんとか押さえつけながら、新聞の記事を読んでみる。
【クロード・ドラン氏、新種の薬草を発見する】
新聞の記事にはそう書かれている。薬草……そういえばアイビー・ドランは薬草学を専攻していた。
クロードの専攻はわからないが……彼は薬草や調合薬に詳しい。
はやる気持ちをおさえながら、ティナは一文一文読んでいく。
【クロード・ドラン(14)が新種の薬草を発見。
ドラン男爵家の長男クロード・ドランが、新種の薬草を発見した。この薬草は――】
見出しの通り、珍しい効果がある薬草をクロードが見つけたという話だった。
ドラン男爵……。今は侯爵でも、六年前の記事だ。そしてクロードは二十歳。年齢は合う。
「クロードさんはドラン家の方だったの……」
だとすると、彼がドラン家について調べたくないのはわかる。
ティナがレジーナに抱くの気持ちと同様で、大切な家族なのだから。疑いすら持ちたくないのだろう。
黒い封筒にはこの新聞以外にも二部入っていた。ティナは残りのものも取り出してみた。それがクロードに関する記事な気がしたのだ。
次の新聞もクロード・ドランをほめたたえる記事だった。薬草についての記事で、十三歳のときのものだ。
「クロードさんは薬草学専攻なのかもしれないわね」
次の新聞はもう少し古く、九年前のものだった。それを見てティナの表情が変わる。
【天才少年。エレンザ教会に住む十一歳の少年が、新たな傷薬を発明!】
という見出しだ。
【エレンザ教会に住む十二歳の少年が画期的な傷薬を発明した。従来の傷薬は液体のため持ち運びに不便だったが、少年は固形の傷薬を発明した。通常の飲み薬より効能は落ちるものの、簡単な傷には効果的だ。
少年は「もっと効能のいい固形薬も発明したい」と意欲的だ。
エレンザ教会では、少年への寄付を受け付けております】
「これは……」
少年の名前こそ書いていないが、他の記事とまとめて保管してあり、同じく薬草学に関するニュースだ。
「この少年はクロードさん……? 年齢も合っているわよね」
もし、この教会の少年がクロードだとすれば。
彼は孤児だった、ということだろうか。
エレンザ教会はティナも何度か訪れたこともある。王都の近くにある村の教会で数十名の孤児が暮らしていた。
「でも二年後にはドラン家に……?」
ティナが小さく呟くと同時に、ノックの音が聞こえた。
「ティナ、中にいる? そろそろお昼をつくろうか」
倉庫の外からマーサの声が聞こえてきた。今日もマーサに料理の作り方を教えてもらうことになっていたのだ。
「はい。今行きます……!」
ティナは慌てて黒い封筒に新聞を入れ、手にかけているバスケットの奥底に隠した。
・・
「ただいま帰りました」
ティナが家に帰ると、瓶に薬詰めをしているクロードがいた。
「もう帰ってきたのか」
「はい」
本当なら午後も倉庫で過ごす予定だった。しかし先ほどの情報が頭の中を占めている。一度考えを整理したかったティアは、マーサとの昼食後すぐに家に帰ってきたのだった。
「クロードさん、お昼食べましたか?」
「いや。昼食は食べなくてもいい」
クロードは放っておくと、すぐに食事を忘れるのだ。
「良かったら、パンを召し上がりませんか? マーサさんに教えていただいた美味しい食べ方があるのです」
「わかった」
「まずはお手伝いしますね」
ティナはバスケットを置くと、クロードの隣に立ち、瓶詰作業を手伝っていく。
いまだにティナは日常生活を送るのは不器用なところがある。しかし、こういう細かい作業は得意らしく手伝いたがった。
二人並んで黙々と瓶詰作業を行う。会話はないが、不思議と嫌な時間ではない。
誰かとこうして時間を過ごすなど、ついひと月前までお互いに考えたことはなかった。
二人とも積極的に会話をするタイプではない。そして無言の時間が苦にならないタイプであることは、最近お互い気づいていた。無理に会話を探さなくてもいいのは心地よかった。
すぐに作業は終わり、ティナは散らかった机をささっと片付ける。
机の上が綺麗になれば料理開始だ。
籠からパンを取り出して、半分にスライスする。野菜とハムとチーズを挟み込むと暖炉の日で炙り、皿に乗せる。
「どうぞ」
ティナがクロードの前に皿を置いた。
クロードはそれを小さく切り分けて、一口食べようとしてフォークを置いた。
「君は食べないのか?」
「私はマーサさんと一緒にいただきましたから」
「そうか」
クロードは立ち上がり、台所に向かうとお湯を沸かし始めた。
「お口に合いませんでしたか?」
「いや、熱そうだから冷ましておく。それに一方的に僕が食べている姿を見られるのは落ち着かない。だから君はお茶を飲むんだ」
理由がおかしくてティナは笑いそうになったから、パンに視線をうつした。パンはチーズがぐつぐつと溶けて、確かに熱そうだ。どうやら彼は猫舌らしい。
すぐにクロードは席に戻ってきて、薄い緑のお茶がティナの前に置かれた。
爽やかな香りのするお茶は砂糖を入れなくてもほんの少し甘みがある。
「美味しいです」
「その茶は快眠効果がある」
(先日の悪夢を気にしてくれているのかしら)
あたたかなお茶がティナの喉を通り、心まであたためていく。
「ありがとうございます」
クロードを見やれば、冷めて少し硬くなったチーズパンをクロードは黙々と食べている。あっという間に食べて終えたところを見ると、気に入ってくれたらしい。
クロードは素直ではないが、態度で分かりやすい人だ。ティナはほっと一息ついた。
(どれだけ丁寧で優しい方でも、裏で何を考えているかわからない。貴族が皆クロードさんみたいな方だったらいいのに)
「これは快眠効果があるのですね」
「先日君が収穫した薬草だ」
「そうだったのですか」
「自分が水をやり、収穫したものがこうしてお茶になるだなんて、不思議な気持ちです」
ティナは頬を緩めて、もうひと口飲んだ。自分が育てたものが自分の身体をあたためていく。
「次は最初から育ててみるか?」
「最初から、ですか」
「うちの畑で採れたものなのだから、僕が植えたということだ。君も植えればいい」
「ぜひやりたいです」
ティナの瞳が明るくなり、クロードも静かに頷いた。
「種から、大体どれくらいかかるのですか」
「三月もあれば収穫できるんじゃないか。ものによっては一年以上かかるものもあるが」
「そうなのですね」
ティナはそう言いつつも内心動揺していた。
(三月後。私はその頃もここにいていいのかしら。一年以上かかる種を希望しても、許されるのでしょうか)
すでにティナがここにきて、ひと月が経っている。
種の謎を解くまでの同居生活だ。いつまでここにいていいのかもわからない。
(だけど、クロードさんはここにまだいてもいいと思ってくれているのかしら)
「おい、何を笑っている」
「な、なんでもありません」
「薬草は繊細だからな、植えるのも育てるのも簡単ではないぞ」
ティナの意図に気づかないクロードは怪訝な表情を向けるが、ティナの心はいまだに弾んでいた。
「クロードさんは薬草学を専攻されていたのですか?」
ティナが訊ねてみると、クロードの顔つきはさっと変わった。
めんどくさそうな表情から、暗い表情に。
「す、すみません……。過去のことはあまり触れられたくないですよね」
「いや、いい」
静かな声だった。
「僕の過去も種に関係しているんだ。君の過去も聞いた。僕も話さないとフェアではない。ドラン家についての考えもまとまってきた。
今日、君の午後の予定はなくなったのか?」
「ええ」
「せっかく席についているんだ。話そう。面白い話ではないが、種を紐解くものがあるかもしれない」
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