8-2 クロードの五年前
(クロードさんが話してくれる……)
「申し訳ございません、実は謝ることがあります」
ティナは自分の椅子の近くに置いていた籠から封筒を取り出した。
過去を話してくれると言うクロードの前では誠実でいたかった。
「これは?」
「倉庫でこちらを見つけました。過去を詮索されたくないと仰っていたのに、申し訳ありません」
黒い封筒から三つの記事を取り出して、クロードはそれを確認した。
「倉庫でこれを?」
「ええ、封筒に入った状態で」
「なぜこれが……?」
「申し訳ありません」
「君が謝る必要もない。倉庫で、過去の記事を探せと言ったのは僕だ。まさか僕に関わる記事がまとめてあるとは思わなかったが」
クロードは『僕に関わる記事』と肯定した。
ということはやはりこれはクロードについて書いた記事だったのだ。
「なんでばあさんの倉庫に……まあ今はいい。
それを見たなら話が早いな。僕は元々孤児で、ドラン家に引き取られた」
さらりとクロードは言った。
「それはつまり」
「そう。第一王子の現・婚約者候補のドラン家だ。
ドラン侯爵――ウイルズ・ドランは怪しい。五年前に僕に種を植え付けたことに関しても、最も疑わしいのはドラン家だと思っている」
ティナは息を吞んだ。
ティナの冤罪事件が初めて『種』に結びついた気がしたからだ。
ティナもクロードも種により、魔力を奪われている。そしてどちらにも、ドラン家が関わっている。
「僕はベレニス、ビヴァリー、レジーナとは関わりがない。僕と君、どちらの問題にも関わっているのはドラン家だけだ。……話すのが遅くなってすまなかった。どちらにも関係することだからこそ、自分の意見をまとめたかった」
「いえ……ご家族のことでしたら、信じたいきもちもわかります」
「元、な。僕はウイルズ・ドランについて信じてはいない」
あっさりとした口調だが、クロードの目には暗さがある。彼が過去のことを消化できていないのは明らかだった。
「その前にお茶をおかわりするか?」
言われてみれば、ティナはひどく緊張していて喉はカラカラだった。
「僕は十一歳の頃に、ドラン家に引き取られたんだ」
新しく淹れたお茶にはちみつを三滴たらしてからクロードは語り始めた。
♧
クロードは、十一歳の頃にドラン家に引き取られることが決まった。
クロードは物心ついたときからエレンザ教会に住んでいた。親は知らない。
教会での作業の傍ら、薬草について調べたり、薬を作ることが好きだった。他の子どもに比べてもどうやら魔力があるらしく、彼が魔力を込めた薬は質もよかった。
そのうちに薬は外で売られることになり、教会の収入源の一つになっていた。
そんなとき、クロードの考えた固形物の薬が話題になり、新聞に取り上げられることになる。
それに目を付けたのがウイルズ・ ドラン。ドラン家は代々薬屋を営んでいて、商業的に成功している家だ。
新聞で紹介されたあと、クロードを引き取りたいといくつか声があがったなかで、一番裕福なのはドラン家だった。
「君、我が家に養子に来ないか。教会の設備や道具では限界があるだろう。うちには娘しかいないから、後継ぎが欲しかったんだよ。君のような優秀なものに来てもらえれば嬉しい、どうかな」
ウイルズは優しい瞳を向けた。
その頃から少しひねくれていたクロード少年は、怪しんではいた。
養子などと都合のいいことを言って、酷い労働条件で働かせるのではないかと。
それでも設備や道具に惹かれたクロードは、ドラン家の養子になることに決めた。
クロードの予想に反して、そこからの数年間は夢のような生活だった。
クロードに作業室を一室与え、最新の道具や今まで諦めていたような薬草まで購入してくれた。今までより研究の幅も広がり、質のいい調合薬が出来るようになった。
ドラン家には一人娘がいた。それがアイビーだ。
二歳年下のアイビーは年の近い兄ができたことを喜び、いつでもどこでもニコニコとクロードの後ろをついて歩いていた。
教会では特別に誰かと関わることもなかったクロードにとって、初めてできた大切な存在だった。
十三歳になった頃、ドラン男爵はクロードに学園に入ることを勧めた。
一年学園で優秀な成績をおさめれば魔法局で勤務もできる。
「僕が魔法局に……そんなこと考えたこともありませんでした」
魔法局は、魔術を勉強するものにとっては憧れの存在だ。もちろんクロードだってそうだ。しかし孤児である彼にとってそれは遠すぎる存在だった。
「クロード。君は自分の価値をわかっていない。君ほどの能力を持つ者は認められて、世に羽ばたいていく必要がある。幸い私は曲がりなりにも貴族だ。その息子である君は学園に入るチャンスだってある」
「お父様……」
「私は君のことを誇りに思い、大切に思っているんだよ」
そういってウイルズはクロードを抱きしめた。
とはいえ、下位貴族が学園に入学するためには試験がある。
クロードは薬草学だけでなく、様々な分野の勉強も進め試験に挑んだ。
そして魔力測定も同時に行われる。
そこでクロードの魔力は、成人の倍ほどもあることが判明した。
魔力の高さと試験に合格したことで、学園に入学。一年後には魔法局にも所属することができた。
専攻を深めることでますますクロードの研究は進み、彼の活躍はドラン家を繁栄させた。
◆
「その頃からだ、ウイルズ・ドランが変わってしまったのは」
淡々と過去を語っていたクロードが苦々し気に息を吐いた。
「金が人を簡単に変えてしまう。それまでは優しかった彼がどんどん変わっていった。装飾品も買い漁るようになって、入よりも支出の方が増えて行ったんだろうな。あからさまに怪しい男たちとつるむようになったんだ」
クロードはさらに続ける。
「研究で成果を残すうちに周りが自分を見る目も変わった。平民出身の僕に対して思うこともあったんだろう」
クロードの過去にティナも自分を重ねた。
魔力が倍増し、周りの見る目が変化したことを。成果を疑われ、妬まれたことも。
「ウイルズが魔法局に出入りするようになったのもこの頃だ」
「ドラン家はどんどん繁栄していったのですね」
「そうだ。そしてアイビーが学園に入ったころ、僕の魔力が急激に枯れていった」
ついに種の話だ……! ティナは深呼吸して次の言葉を待った。
♧
「おかしいな」
いつも通りの方式で調合薬を作成したはずが、出来が悪いことが続いていた。
何度試してもみてもいつものようにうまくいかない。
クロードを見かねた上司が、魔力測定を提案した。
そこからはティナと同じだ。
クロードの魔力は右肩下がりでみるみる減っていく。他の人間の倍もあった魔力が、他の人間と同じくらいの数値になっていく。
何度調べても原因はわからないが、出来ることが減っていき、このままでは通常の魔力を下回ってしまう。
「くそっ……!」
五回目の魔力測定の結果も同様だった。むしろ前回よりさらに下回っている。
「お兄様、大丈夫ですよ。きっとよくなりますから」
結果を破り捨てたクロードの背中にアイビーが手を置く。
「もし魔力がなくなっても、お兄様には研究があるじゃないですか。お兄様の素晴らしさは魔力だけではありません」
「ありがとうアイビー。でも、このままじゃだめなんだ」
このままでは魔法局では働けない。ここは国の魔術を研究する最高機関なのだから。薬草の研究では、だめなのだ。
「…………っ」
今までは作れたものが作れない。魔力はみるみるうちに枯れていく。
自分の自信だったもの、認められていたもの、すべてが夢のように消えていく。
ああ、でもそうか。元々そうだったじゃないか。今までが夢だったのだ。
クロードの手からすべてが滑り落ちていくようだった。
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