7-2 ティナの悪夢


 ティナがぼんやりと外の月を見ていると、部屋が控えめにノックされた。


 お茶の香りが部屋に充満する。トレイに二人分のお茶を載せてクロードが部屋に入ってきていた。


 クロードはトレイをベッドに置いて、その隣に自分も座る。自分のカップにはちみつを三回たらし、ティナのカップには一回たらした。


「はい」

「ありがとうございます」


 トレイに載っている二つのカップを見てティナは嬉しく思う。

 今まで眠れない夜があって侍女にお茶を頼んでも、運ばれてくるのはもちろん自分の分だけで、眠れない夜を一人で過ごした。


 でも、今日はトレイを挟んだ隣に、クロードがいる。

 少なくともこれを飲み終わるまでクロードはそばにいてくれるのだ。

 

「ありがとうございます。おいしいです」

「悪夢を見ていたのか」


 いつもクロードはストレートだ。だけど、こんな真夜中はこれくらいがちょうどいい。


「昔の夢を見ていました。殿下の婚約者に決まる前の夢です」

「第一王子が恋しくなったか?」

「子供の頃が懐かしくはなりました。優しい思い出です。……そのあと、魔力が倍増して婚約者に内定した頃の夢を見ました。毎日、測定され続けて、魔力譲渡の疑いをかけられた頃です」

「なるほど」


 ティナの方を向くことなく、クロードは薬草茶をずず……とすする。


「婚約者に内定してしまえば、表向きには何かを言われることはなくなりました。……ただ私と接してくれる方はあまりいませんでした。普通の生徒と同じく接してくれたのはレジーナ様だけだったのです」


「そうか」


「レジーナ様が今回の婚約者候補にいて……疑わなくてはいけないことに、ちょっと落ち込んでしまったみたいです」


 ティナは眉を下げて笑って見せた。


 「それは、わかる」


 クロードは珍しく共感をしめした。


(アイビー様のことを思っていらっしゃるのかもしれない。私がレジーナ様を疑いたくないのと同様に、アイビー様を……)


 ティナは胸にひっかかる何かを覚えて、それを流すように薬草茶に口をつけた。

 薬草の渋みとはちみつの甘さが、身体をあたためて落ち着かせてくれる。


「でも、疑わないといけないのもわかってはいるんです。

 レジーナ様は優秀なので、選出された意味はわかるのです。ですが、彼女のご実家は政治や魔法局には関わりがありませんし、通常選出されない家ではあるのです……どういう意図で選ばれたのか」


 それにティナから見たレジーナも出世欲などはないように思えた。ただ純粋に魔術式の研究が好きな人だった。


「婚約者はどうやって選出されるんだ」


「最初の候補者は純粋に家柄で選出されていました。ある程度の家柄の娘で、ある程度の魔力があり、魔術の成績も優秀な者です。最終的な決定は国王が下しますが、各家と駆け引きや政治的なやりとりもあるそうです。今回も同様だと思っていましたが……国王だけでなく殿下のご意向もあるかもしれません」


「ドラン家から、国王に交渉したのだろうか……」


 クロードがぽそりと呟いた。やはりドラン家とクロードは関わりがあるらしい。


「君はドラン家と繋がりはあるか?」

「いえ……実はありません。アイビー様だけでなく、ドラン家の方とは誰とも」

「それはそうだろうな。ドラン家は四年前までは男爵だったんだ」

「そうだったのですか」

「由緒正しいセルラト家とは違う、成り上がり貴族だ」


 クロードの言葉に、ティナは首をひねる。


「ドラン家は王都にお住まいなのですよね」

「そうだ」


「それならばもう少し関わりがあってもおかしくなさそうなのですが……。セルラト家はそこまで外交的ではないので、セルラト家とドラン家が繋がりがないのはわかるのです。

しかし第一王子の婚約者としてご挨拶させていただく機会はあってもおかしくないのです」


「それもそうだな」


 ドラン家が成り上がりだとしても、貴族としての付き合いはあってもおかしくない。


「ドラン家は人脈作りのために夜会もよく開いていた」

「私はドラン家の夜会に参加したことはないですね」

「王族と関係がなかったのか……? いやそんなわけは……」


 クロードは何かぶつぶつと呟きはじめたから、ティナも考えてみる。


(ドラン家が王族と関係ないはずはないわ。ドラン侯爵を出世させたのは国王以外ありえないもの。国王にしかその権限はない……。それに今回だってアイビー様を婚約者候補に選出しているのだから、繋がりはそれなりに深いはず)


「すまない。ドラン家の件は少し待ってくれないか。必ず僕から説明する」


 クロードの真剣な目がティナを向いた。

 珍しく、頼りない子犬のような顔をしている。


「わかりました」

「考えを整理をすれば話す。今は僕もわかっていない」


 真剣な声で言われて、ティナは頷いた。


「さて、眠くなってきた。僕は寝る。先ほどの薬草茶には心を落ち着かせる効果もあるから、君も眠れるだろう」

「本当に心があたたまりました、ありがとうございます」


 ティナが微笑むと、クロードはベッドから立ち上がった。


「おやすみなさい」

「ああ」


 クロードが出て行くと、とたんにベッドが広く思える。

 悪夢を蘇ってきて、心がどきどきと嫌な音を立てる。


 (あったかくなったと思ったのに、なんだかまた寒くなってしまった)


 ティナは薬草茶を飲むが、先ほどあたたかくはならない。


「さっきはクロードさんが話をきいてくれたから……」


 ティナは呟いた。

 クロードの重みで少しへこんだ布団の部分を撫でてみる。ほんの少しだけ体温が残っていた。


(アイビー・ドラン様……。クロードさんとはどういったご関係なのかしら)


 ティナは布団に入り込んだ。

 目を瞑ってみるが、まだ眠れそうになかった。

 

 ・・


 それから数日後。


 ティナはマーサの家の倉庫で今日も新聞を探していた。

 クロードはいつか話をしてくれるといった。だからもうクロードに関係がありそうなものを調べるのはやめている。

 以前と同じく、魔力にまつわる事件がないかを幅広く探している。


「よいしょ」

 

 はしごを使って新聞がぎゅうぎゅうに詰め込んである棚から数十部を引き抜いていく。勢いあまり、数部が床に落ちた。


「あら……?」


 その中に黒い封筒があった。落ちた衝撃で封筒から一部新聞が飛び出ている。

 どうやらこの封筒の中にも新聞が入っていたようだ。


 ティナは飛び出した新聞を封筒にしまおうとして――。


 新聞の文字の中に『クロード』という単語を見つけた。


 クロードなど別に珍しい名前ではない。そう思うけれど、引き寄せられるように新聞を見てしまう。


 ――クロード・ドラン


 そこには確かにそう記してあった。

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