2章

6-1 五年前の種


 王都でコーディが調査を始めてから一週間後。


 ティナも野菜を切りながら、婚約者候補について考えていた。

 

 婚約者は四名。

 ベレニスとビヴァリーについては予想もしていた。彼女たちは四年前の婚約者候補であるし、選出されるのもわかる。

 しかしレジーナとアイビーに関しては……どうだろうか。


 クロードやイリエの言う通り、レジーナはティナと関係を築きながら、実は暗いものを抱えていたのだろうか。

 アイビーに対するクロードの反応も気になる。


(ドラン侯爵家……私の家――セレスト家とはあまり関わりのない家だからほとんど知らないわ)


 幼い頃から家同士の付き合いがあったベレニスとビヴァリーと異なり、急速に力を伸ばしてきたドラン家とはあまり交流がなかった。

 アイビー本人とも学園や魔法局で共に過ごしたわけでもない。

 顔を見れば思いだすかもしれないが、名前だけでは顔すら浮かんでこない。それがティナのアイビーの印象だった。

 あまり夜会に参加されていないご令嬢かもしれない。


「よいしょ、と」

 

 大きくカットした野菜を鍋に入れ込む。

 

(気持ちがざわつくときには料理はいいわね)


 ティナや水と塩を入れた鍋を火にかけた。次に葉野菜を取り出す。

 スープを作っている間にサラダでも作るといいよ、とマーサに教えてもらっていた。

 リズミカルに野菜を切っていくと、気持ちが晴れる。


(アイビー様は薬草学専攻。……そういえばクロード様は魔法局で何を専門にされていたのかしら)


 ティナが野菜を切る向こうで、クロードはロッキングチェアに腰をかけて魔術書を読んでいた。



・・

 

「今日も変化はないな」


 ティナの首筋に定規を当ててクロードは大きさを確認している。

 ここにきてから毎日行われていることといえ、首元に触れられることにティナは未だ慣れず、毎回落ち着かない気持ちになる。

 丁寧に測り終えると、手帳に記入するためにクロードの身体はティナから離れた。

 クロードの視線と体温から解放されたティナはほっと一息つく。


「大きさも色や形も特別に変化はない」

「そうですか……」

「君の魔力を吸いきっているから、変化はこれ以上ないのかもしれないな」


 道具を片付けながら「念のためこれからも測り続けるが」とクロードは付け加えた。


「種が何なのか、はまったくわからないのですよね」

「そうだな。術者独自の魔術で、文献などはない」

「五年前の種はどうだったのですか? 可能であれば教えていただきたいのです」


 ティナの実直な問いにクロードは少し考えてから「わかった」と頷いた。


「以前も話したが、五年前の種は一瞬しか観測できなかった。そのなかで今回と前回の共通点を話そう。

 

 まず一つ目に共通していることは首に種を埋め込まれていることだ。人の魔力の核が首に存在するから、という理由だろうが、一応共通点として置いておく。

 

 そして二つ目。この種が出てくるひと月前から魔力は徐々に失われていく」


 ティナは夜会のひと月前から徐々に魔力を失っていた。五年前も同様らしい。


「種が植えられてすぐに魔力がなくなるわけではないんですね」

「そうだ。ある程度魔力を奪うと表に出現するみたいだ」


 種を埋め込まれたから魔力を失った、ではなく、魔力を失ったから種が出てくる。ティナは頭の中で整理してみる。


「僕の仮説としては、この種は最初は見えないくらいの大きさなのではないかと思っている。君はヒルという生き物を知っているか?」


「先日森の中で見ました。図鑑でも確認したのですが、血を吸う生き物なんですね」


「そうだ。ヒルは人の血を吸えば吸うほど身体が大きくなっていく。それと同様に種も魔力を吸えば膨らみ、目視できるほどの大きさになるのではないかと思っている」


「ということは、私の首はひと月前から種が埋め込まれていた。しかし侍女が気づく程のものではなかった、と」


「そういうことだ」


「では今ここには魔力が溜まっているのでしょうか」


 ティナは首を撫でてみる。ゴリッとしたこの中に自身の魔力が含まれているのだろうか。


「……そこにはないと思った方がいいだろう。それについてはまた説明する。三つ目の共通点は、種を埋め込まれるような特別なきっかけが思い当たらないということだ」


「きっかけですか」


「君はひと月前に何も特別なことはなかったと言っただろう。たとえば、首に痛みを覚えたりだとか、誰かに襲われたとか」


「はい」


「地味な共通点だが、これも同じだ。共通点は以上だ」


 クロードの意見をティナは頭の中でまとめてみる。


 種の共通点

 ・種は首に埋め込まれる

 ・種に気づくひと月ほど前から魔力は徐々に失われていく

 →種が魔力を吸うごとに肥大化しているのではないか

 ・種が埋め込まれたのがいつかは思い当たらない


「あまり手がかりになる共通点ではありませんね」

「そうだな。逆に異なる点もある。五年前の種はすべての魔力を奪えなかった。種を植えつけられた人間が首から種を取り除いたんだ」

「取り除いた……?」

「ああ。首に種を発見して、皮膚ごと抉ったんだ」


 生々しい話に驚きの声をあげそうになったティナは手で口を抑えた。


「その結果、それ以上魔力を奪われることはなかった。そして首から取り出された種は消滅してしまった。君がさっき言ったように種の中に魔力が蓄えられているのではないかと思ったが、種が消えても魔力は戻らなかった」

「種自体に魔力を蓄える力はないということですね」


 ティナはもう一度自分の首元を撫でる。ゴリっとした存在が手のひらのなかで主張している。この中に魔力はもうない。

 

「ひとつ質問してもいいですか?」

「なんだ」

「前回種を植えられた方はどういった方だったのでしょう? 私とその方の共通点などがあれば調べたいと思ったのです」


 ティナの質問に、唐突にクロードは白衣を脱いだ。シャツの首もとをぐいとひっぱる。今まで意識して彼の首元を見たことがなかったティナはさらけ出された肌に気恥ずかしさを覚えながら――。


「あっ」


 クロードの首筋には赤黒いアザが見えた。


「五年前に種を植え付けられたのは僕だ」

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