捜査ファイル:アイビー・ドラン
【アイビー・ドラン】
最後はアイビー・ドラン。
かなり疲れてきていたコーディだったが、入ってきたアイビーを見てしゃんと背筋を伸ばした。
彼女は誰とも異なる雰囲気のご令嬢だった。ピンクブロンドの柔らかい毛質、ぱっちりとしたグリーンの瞳。ふんわりとした雰囲気を醸し出している。
でっぷりと太ったドラン侯爵は、ゴテゴテとした装飾品を身に着けていていかにも成金と言った雰囲気だ。
そんな彼の娘とは思えないほど、アイビーは儚げな美少女だった。
「この度はアイビーを婚約者候補に選んでいただきありがとうございます」
汗を拭きながら彼は笑みを浮かべる。
ドラン家といえば、ここ数年で力をつけてきた家だ。
薬草学に長けた家で、調合薬の売買で金銭的にかなり潤っているのだという。
その功績が認められたとはいうが、男爵から侯爵まで数年でのぼりつめるなど聞いたことがない。王族の誰かの命を救った功績ではないかと噂されている。
アイビー自身もそれなりに優秀な魔術師ではあるが、家柄のことを考えれば、別の女性が選ばれてもよい気がした。
(何か政治的な問題がからんでいるのかもしれない)
アイビーを見ると目が合った。にこりと微笑まれ、きらきらした瞳に見つめられてコーディは落ち着かない気持ちになる。
(いや、候補になったのはアイビー様の容姿が理由かもしれないな)
ティナを忘れられないアルフォンスには、家柄や真面目、有能さよりも、新たな恋に落とした方が良いかもしれないと国王は考えたのかもしれない。そう思うほど魅力的な女性だ。
ドラン侯爵は、ベレニスの父・エイリー侯爵と雰囲気は似ていた。当たり障りのない会話の中に、自分の娘をぜひ妃に、という主張をところどころに押し込んでくる。
第一王子の婚約者の席というものは、貴族にとっては喉から手が出るほど欲しいものに違いない。
「殿下、例の件でお話があるのですが」
話が一段落ついたところでドラン侯爵は真剣な表情になる。
「わかりました。——コーディ。ドラン侯爵と仕事の話がある。先にアイビー嬢を見送ってくれるか」
「承知しました」
「アイビー嬢、ありがとう。また魔法局で」
「お時間ありがとうございました」
会話に加わらず、ずっと話をにこにこと聞いていたアイビーは、素直に立ち上がると丁寧に礼をした。
コーディは緊張しながらアイビーをエスコートした。
彼女からは甘い香りがする。薬草学を専攻しているといっていたから、何かの香りなのだろうか。
何か話をしたいと思うが、彼女に微笑まれるとドキマギしてしまう。
(ティナ様も美しい方だったが、彼女はまた違った魅力があるな)
「ティナ様は魔力が徐々になくなっていたと伺いました」
緊張しているコーディにアイビーから話しかけてきた。
「そのようですね」
「……なぜ、魔力は減ってしまったのでしょうか?」
潤んだ瞳がコーディを見つめる。
確かに言われるまで考えていなかったことである。
魔力が大幅に減少するなどあまり聞いたことはなかった。
それもティナは人の倍ほどの魔力があったのだから。
「……魔力を手に入れたのは、誰なのでしょうか」
ピンクブロンドの髪が揺れて、アイビーは切なげに呟いた。
「どういう意味ですか」
彼女の蠱惑的な表情にコーディは固まる。
「いえ……。本日はありがとうございました」
コーディが緊張しているうちに城門まで着ていたらしい。コーディはあまり周りが見れていなかったようだ。
アイビーは笑顔を浮かべながら馬車に乗り込む。甘い香りを残して、去って行った。
・・
すべての面会を終えて、アルフォンスもさすがに疲れたのだろう。執務室で頬杖をついていた。
「コーディはアイビー嬢をどう思った?」
「すごくかわいい方ですね」
「はは、君は正直だな」
おかしそうにアルフォンスは笑った。
「あのあと、ドラン侯爵と少し話をしたんだが……少し彼には注目したほうがいいかもしれない。……アイビー嬢にも」
「と言いますと」
「彼は、魔力測定をもう一度やり直してほしいと言ってきた」
「先日測定ばかりではないですか」
「そうだ」
魔力測定の結果、ビヴァリーとレジーナの魔力が二割ほど増えていた。どちらも通常では考えれないほどの増加だ。
「どうやらアイビーも最近魔力が増加した、と訴えているそうなんだ」
コーディは先ほどのアイビーの言葉を思い出した。
『魔力を手に入れたのは誰なのでしょうか』
それは自分のことを言っていたのだろうか。いやしかし、疑われるようなことを自ら言うだろうか。
「再度、魔力測定を行うのですか?」
「それでドラン侯爵が納得するならね。もし本当に魔力が増えていたのなら、それはそれで怪しいだろう。彼らが何を考えているのか調べたい」
アルフォンスはドラン侯爵家について訝しんでいるようだ。
四名それぞれに気になるところはある。今後も調べていこう。コーディは気を引き締めた。
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