捜査ファイル:ベレニス・エイリー


【ベレニス・エイリー】


 最初の面会は、今回の事件の被害者ベレニス・エイリーだ。彼女も容疑者の一人になるのだろうか?


 コーディは緊張した面持ちで、部屋の隅に控えた。


 王城の応接間。アルフォンスと向かい合う形で座っているのは、ベレニスと父親であるエイリー侯爵だ。


「先日はお時間を作っていただきありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。ベレニス嬢、体調はいかがですか」

「医局のみなさまにはよくしていただきました、問題ありません」


 婚約者候補との面会といっても「うちの娘は婚約者にどうですか」「それではアピールポイントを教えてください」など直接的な会話をするわけではない。

 表向きは世間話から、今後の魔法局の話などで、その中にいかに自分の娘が優れているかを織り込んでくる。


 エイリー侯爵は、彼女の傷跡に触れて婚約者にしてほしいと遠回しに訴えているようだ。アルフォンスは傷については、専門の魔術師を派遣し、かかった費用は全額王家で負担すると流していたが。

 

 コーディはベレニスを見た。

 ベレニスは十六歳とは思えないほど落ち着いた雰囲気の少女で、率直に言うと暗い赤髪の地味な令嬢だ。

 薄紫色のドレスは首元までレースが続いていて、傷跡は見えないようになっている。父親にとっては婚約を迫るアイテムとなったこの傷も彼女からすると隠したいものだろう。


 エイリー侯爵は神経質そうな男だった。鶏ガラのように細く、笑っていても眼鏡の奥の瞳は冷たさを感じる。貴族にはこういった雰囲気の男は多い。


(だけど、ベレニス様からも同じ雰囲気を感じるところがある)


 コーディは部屋の隅からベレニスをじっくり観察する。

 アルフォンスと父のやりとりを見て、控えめに微笑んでいるベレニス。しかし時折アルフォンスを見る目にじっとりとした熱を感じるのだ。

 

(ベレニス様は、アルフォンス様に恋い焦がれているのかもしれない。と、なると動機は十分にある)



「コーディ。ベレニス嬢をお送りして」


 じっと観察しているうちに話が終わったようだ。作戦通り、コーディがベレニスと二人きりになるタイミングがやってきた。


「表に馬車をつけていますから。お送りしますね」


 コーディは人懐こい笑顔をベレニスに向けた。丸い顔に丸い瞳、えくぼが浮かぶ優しい顔立ちだから、騎士の中では誰よりも話しかけやすい男かもしれない。


「あの……コーディ様」


 応接間から少し離れた場所まで歩くと、ベレニスは小さな声で控えめに話しかけた。


「ティナ様が脱走された、というのは本当なのでしょうか」

「……なぜそう思われるのですか」


 どうして彼女が知っている?と言いそうになるのをコーディはぐっとこらえてた。そんなコーディの動揺を肯定とベレニスは受け取ったらしい。


「やはり、そうなのですね……それで今ティナ様はどちらにいらっしゃるのですか?」


 先ほどまで大人しい印象だったベレニスの表情がガラリとかわり、厳しくなる。


「いえ、ティナ様は……」


 コーディがごまかそうとするが、ベレニスはもう「ティナは逃げた」と断定して話を進めている。

 

「ティナ様は……私から魔力を奪うつもりなのだわ……! 追いかけてくる……追いかけてくる……」


 顔面蒼白になったベレニスは震え始めた。彼女の変貌ぶりにコーディは驚きながらも


「ベレニス様、落ち着いて……!」


 あまりにも挙動がおかしい彼女をなんとか落ち着かせようと手を伸ばすが、ベレニスは「きゃっ!」と声を上げ、コーディの手を払い除けてその場にうずくまった。


「ベレニス様?」


 ベレニスは歯をガチガチ鳴らしながら震えている。


「ティナ様がいなくなれば……幸せになれるのに……」

「落ち着いてください」

「……あのかたは、魔力を奪う……恐ろしい魔女なのだわ……」

「魔女?」

「ええ……アル、フォンス様と……私が、結ばれるのに……はあ、はあっ……!」


 息を荒く吸い続けて、呼吸が乱れている。


「誰か! 来てくれないか! 急病人です!」


 うまく息を吐けないベレニスはますます顔が青くなっていく。コーディの叫び声を聞いた王城の人間が集まってきた。


「アルフォンス様を、助けて……アルフォンスさま……アルフォンス……さまが……アルフォンスさまを」


 髪の毛を振り乱し血走った目のベレニスは、コーディの肩を掴んだ。必死の訴えに戸惑いながらもコーディは落ち着いた口調で返す。


「大丈夫ですよ。私はアルフォンス様の騎士ですから。必ず守ります。ですから、まずはベレニス様が落ち着いてください」


 錯乱したベレニスは意識を失い、医務局へ運ばれていった。


 大人しく見えた彼女の変わりように、コーディは心臓を落ち着かせながらベレニスを見送る。


「一体どうしたんだ……」


 コーディはすぐに応接間に戻り、アルフォンスとエイリー侯爵に報告をした。話はちょうど終わったところらしく、エイリー侯爵は慌てて医務局へと向かった。


「申し訳ありません。私がついていながら」

「いいんだ。どうやら上位貴族にはティナの逃亡は薄々気づかれているようだな……。先ほどエイリー侯爵にも聞かれたんだよ」


 アルフォンスは疲れた顔を見せた。


「ベレニス様の先ほどの状態は演技には思えませんでした。彼女は心からティナ様を恐れているようです」


 実はコーディはまっさきにベレニスとエイリー侯爵を疑っていた。彼らの狂言と考えるのが一番早いからだ。


「そうだね……。ベレニス嬢はひどい目にあった。

 あの夜会にいた者は誰もがティナの犯行だと思っている。被害にあったベレニス嬢もね。だからティナに恐れを感じるのも無理はない」


「しかし、エイリー侯爵の独断の計画で娘には知らされていなかった、ということはあるかもしれませんよね?」


「なぜそう感じたんだい?」


「自分はエイリー侯爵は冤罪事件を仕組んでもおかしくないようには思えます」


 コーディは先ほどの狡猾そうな男を思い出して正直に言った。

 

「そうか。エイリー侯爵をそうみるか」


 アルフォンスはくすくすと笑った。

 

「すみません……失礼なことを」

「いや、いいんだ。私は彼らとは付き合いが長いからね。君の素直な印象が役立つこともあるよ」

「それなら良いのですが」

「でもエイリー親子が罪を着せた犯人ではないと思うな」


 アルフォンスは笑みを浮かべる。


「エイリー侯爵はベレニス嬢を溺愛している。傷を治さないのは一時的なパフォーマンスだけれど、命を脅かすような攻撃まではしないよ」

「……そうなのですか」

「ベレニスの傷の状態を聞いたのだけど、魔力の核ギリギリだったみたいだ。あれは彼女を殺してもいいという思い切りがないとできない」 


 アルフォンスはエイリー親子を疑っているようには思えなかった。


(だけど自分だけは疑っておこう。そういう危機感も大切だ)


 コーディはこっそり決意する。


「ベレニス嬢がなぜティナをそこまで恐れているかは気になるな。見舞いに行って話を聞いてみよう」

「殿下、ベレニス様は殿下のことを愛されているのではないでしょうか」


 見舞いに行く予定を確認しながらコーディは尋ねた。


「ベレニス嬢は幼少期から付き合いがあるからね」


 アルフォンスは困ったように微笑んだ。否定しないところを見ると、彼も薄々ベレニスの気持ちを察してはいるのだろう。


(やはりベレニス親子は怪しい部分がある。ベレニス様は殿下を深く愛し、ティナ様に消えてほしいと思っていそうだ。

 殿下は人が良い。エイリー親子とは付き合いが長いんだ。やはりこの親子を疑うのは自分の役目かもしれない)

 

「では次の面会に行こうか」


 一件目から疲れたコーディはこっそり息を吐いた。

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