王都にて コーディの調査開始
「……ティナがいなくなって十日か」
報告書に目を通してアルフォンスは呟いた。
彼のことを腑抜けだとはコーディはもちろん思わないが、アルフォンスの心労は事実だ。目の下の隈はさらに濃くなっている。
「力及ばず申し訳ございません……」
「十日あれば、もう捜索はなかなか難しいだろうね」
ティナ・セルラトはいまだ見つかっていない。地道に捜索を続けてはいるが、表向きには彼女は幽閉されていることになっている。大々的に彼女を尋ね人にすることもできない。
「今は王都からほど近い町や村を中心に探していました。それらしき目撃情報から逃走ルートも考えたり、彼女のわずかな魔術で転送できる範囲から予測もしていたのですが。今後は捜索範囲を広げてみます」
「ありがとう。引き続きよろしく頼んだよ」
「宿屋を中心に聞き込みを続けているのですが……もう十日になりますから、どこかで誰かに匿われている可能性があるとみています」
コーディの言葉に、報告書をめくるアルフォンスの指がぴくりと止まる。
「事件当時の彼女を考えれば、金も持っていないでしょうし野宿をしているとも思えません」
「まさか誰かに攫われて……監禁されているということは……」
アルフォンスの唇が震える。コーディも厳しい顔になり、慎重に言葉を続けた。
「そうですね。親切な方が面倒を見てくれているのならいいのですが、貴族は狙われやすいですから……」
彼女は枷をつけたまま消えた。枷をつけられた本人以外であれば外せるものだが、逆に言うと本人は外せない。
夜会の途中に消えた彼女は華やかなドレスを着ていたし、貴金属だって身に着けていた。夜盗になど狙われていれば……。
「捜索数を増やせるか」
「国王からはもう諦めた方が良いのでは、と言われています」
「そうか……」
「なんとか掛け合ってみます、私からも」
コーディはアルフォンスを励ますためにつとめて明るい声音を出した。
心のうちではすでに罪人になった令嬢など捨て置けばいいと思っている節もあったが、自分の主が深く傷ついていることについては心が痛い。なんとか彼の救いにならねばと感じていた。
「すまないな」
「いえ。ティナ様が見つからないことにはアルフォンス様のお心も休まらないでしょうから」
「誰かといるのだとしたら……助けないといけない」
真剣な表情でアルフォンスはコーディを見つめた。
「ひとつ、私に考えがあるんだ。私はティナのことを信じている。最初こそ疑ってしまったが、彼女を信じて考えればこの事件は怪しいところも多いんだ」
「怪しいところ……ですか」
「ああ。もし君が魔力を失ってしまって、魔力を誰かから奪おうと考える。もちろん魔力の譲渡は禁止されていて方法もわかっていない。だけど、何かのきっかけで魔力を奪う方法がわかり、実行しようとした。
……だとしても、奪う場所を夜会に選ぶだろうか?」
「それは……そうですね」
コーディはアルフォンスの言葉に頷いた。
もし誰かから魔力を奪うのなら、目撃者の多い夜会は選ばない。さらに被害者と二人きりになってしまうバルコニーを犯行場所に選ぶのだろうか。すぐに捕らえられてしまうだろうし、実際彼女はその場で捕まった。
「ティナ様が追い詰められていて判断力が鈍っていたとも考えれますが……普通なら、夜会は選ばないでしょうね」
「だろう。彼女は侯爵家のご令嬢で、誰かを動かすだけの力もあるんだ」
「ということは、誰かが彼女に罪を着せようと仕組んだことだと……?」
「そういうことだよ、コーディ」
アルフォンスは報告書とは異なる書類を取り出した。
「ティナは個人的な恨みを買うような人ではない。彼女に罪を着せるとしたなら……私の婚約者の立場を狙った可能性がある」
アルフォンスの手にあるのは婚約者候補の女性たちの資料だ。それを見てコーディがごくりと唾を飲み込む。
今日はこのあと、四名の婚約者候補との面会の予定が入っているのだ。
「まさか……」
「可能性の一つとしては考えられるだろう? 王妃になりたい家はいくらでもある。
彼女の魔力が著しく低下していたのは、皆が知っていたことだ。婚約者の席が空くのでは?と期待していたのに、そうはならなかった。それならばティナを罪人にすればいい」
「筋は通っていますが……」
コーディは言葉に詰まるが、貴族にはそういう側面がある。表向きは華やかで上品だけれど、裏では不必要な人間を処分していたりするのが常だ。
「私は魔力がすべてなくなったとしても、ティナと婚約解消するつもりなどなかったからね」
そう言ったアルフォンスの瞳は寂し気だった。
ティナが殺人未遂の犯人として捕らえられ、自然と婚約は解消された。ティナが消えてしまった後、彼がひとり悲しみに打ちひしがれていた姿をコーディは見ている。
スチュアートはティナの魔力しか見ていなかったが、この人はティナ様自身をきちんと愛していらしたのだ。ますますコーディの胸は痛みを感じる。
「このまましらみつぶしに国内を探すよりも、彼女の無罪を主張して堂々と帰ってきてもらえばいい。その方がずっと早いと思わないか?
――それに無罪を証明できれば、婚約解消など無効にできる。私にはやっぱりティナしかいなんだよ。魔力などどうだっていい」
「殿下……」
主君が心からティナの無罪を信じ、大切にしているのであれば。自分もティナを信じなくてはならないとコーディは思った。
「婚約者候補の四名は国王が選定した。どのご令嬢も立派な方で私の妻になりたいと言ってくれている。彼女たちとその家族を疑うのは申し訳ないのだが……真犯人が見つかるまでは婚約者は選定できない」
アルフォンスはジャケットを羽織った。
「コーディも協力してくれるかい?」
「私に出来ることならなんでも……!」
「今から四組と面会の予定がある。私が彼らと会話をしている間、彼らの表情などに注目してほしい」
どの貴族と面会するときも、コーディは必ず部屋の隅に控えることになっている。
今回はそれを利用して、会話に集中するアルフォンスのかわりに細かい動作を見逃さない役、というわけだ。
「面会の途中で令嬢を帰らせるから、城門まで見送ってほしい。城門までそれぞれのご令嬢と世間話をしてみてくれないか?」
仕事関係の話があるから、と途中で娘を帰宅させる。
娘がいない場面のほうが、父親は何かを話すかもしれない。令嬢もコーディの前でなら、気軽に話してくれるかもしれない。そう考えたアルフォンスは途中で令嬢を帰らせることにしていた。
「ではそろそろ行こうか。私の婚約者候補に会いに」
婚約者となる人間と面会するのに、まるでこれでは犯人探しだ。
コーディは内心苦笑しつつも、小説のような展開にどきどきしてしまう気持ちもあった。
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