王都にて スチュアート・アズモンド


 その頃、王都にて。


「兄上、こんにちは。ご機嫌いかがですか」


 金色の髪を揺らした美少年が廊下に立っていた。第二王子のスチュアートである。

 彼の存在に気づいたアルフォンスも立ち止まり、笑顔を浮かべる。どうやらスチュアートはアルフォンスを待ち構えていたらしい。


「やあ、スチュアート」

「……ティナ様は見つかりましたか?」

「まだだ。――すまない、スチュアート。私は今から予定があって少し急いでいるんだ」

「聞きましたよ、婚約者との面会ですよね。新しい婚約者を選定されるのですね。どうせ選出しなおすなら、ティナ様の魔力がなくなった時点で、婚約者を選び直しておけばよかったのですよ」


 アルフォンスのすぐ隣までやってくると、スチュアートは口角を上げた。


「早い段階でティナ様を妃からおろしておけば、こんな事件など起こらなかったでしょう。貴方からの圧で彼女は事件を起こしたかもしれませんね?」


「私はティナは無実だと思っている」


「ええっ、それはさすがにお花畑過ぎませんか? 兄上が彼女を愛していたことは知っていましたけど」 


「……スチュアートもティナを妃にと考えていただろう」


 アルフォンスが固い声を出せば、スチュアートはくつくつと笑った。


「僕がティナ様を妃に考えていたのは、単純に彼女の魔力の多さですよ。魔力がなくなってしまえば、特別な価値はなくなります。ああでも、彼女の美しさなら愛人くらいにはしてもよかったですよ」


「スチュアート……!」


 アルフォンスから低い声が漏れる。声は抑えているものの、普段の彼からは想像できないほど鋭い声だった。そんなアルフォンスを見てスチュアートは満足気な表情を浮かべる。


「兄上はティナ様のことになるとからかいがいがありますね。ふふ。必死にティナ様を探されているようですけど、どうですか、しばらく国内を旅してこられては?」


「……何が言いたい」


「この国は僕に任せてください、ということです。今の僕は貴方より魔力も魔術も上回っています。最近の兄上の腑抜けっぷりを見て、王の座につかせるにはどうなのか、という声だってあがっているんですよ」


 スチュアートが意味ありげに片眉を上げたところで


「失礼します。アルフォンス様、そろそろお時間です!」


 アルフォンス付きの騎士コーディが、柱の後ろから顔を出した。どうやらずっとこの場にはいて、いつ割って入るか悩んでいたらしい。気まずそうな顔を浮かべていた。


「すまない、コーディ。行こうか」

「兄上、重責が苦しくなりましたら……いつでも僕がいますからね」


 スチュアートの歌うような声が、アルフォンスの背中まで届く。


 自室に入り、扉を閉めるとコーディが頭を下げた。


「申し訳ございません、殿下。もっと早く会話に入れていれば」

「いやいいよ。君もあれが限界だっただろうし。スチュアートと顔を合わせれば、いつものことだ」


 アルフォンスが苦笑いを見せた。


 スチュアートはアルフォンスと常に張り合う節がある。目上の人や有力者には取り繕うが、それ以外の者の前で彼がああなのは今に始まったことでもなく、コーディは苦々しく思っていた。


「それにしても、失礼ではないですか」


「いいんだ。今は私よりもスチュアートのほうが優れている。彼の言い分は間違っているわけではない」


「しかし……」


「だからこそ父は妃となる人に魔力を厳しく求めてしまったのかもしれない。……この事件は私の不甲斐なさから来ているんだよ」


 アルフォンスが自己卑下するように笑うから、コーディは力強く首を振り反発した。


「アルフォンス様には魔力や魔術だけで測れないお人柄があります。私が仕えたいのは、国民が慕うのは、あなたのような方です! どうかご自身を否定なさらないでください」

「……コーディ、ありがとう」


 優しく微笑むアルフォンスにコーディは心が痛くなる。アルフォンス付きになって五年が経つが、彼は偉ぶることもなくいつも公正で誠実だ。

 そういったところを国王だって判断して、次の王をアルフォンスに決めたのだ。スチュアートには王の器などないだろう。とコーディは思う。

 

「すまない、気を遣わせてしまって。

 でも事実、今の私は腑抜けてしまっている。未来の王たる者、心を揺らしてはならなかった。君の信頼に応えるためにもしっかりしないといけないな。ありがとう、気づかせてくれて」

「私が少しでも力になれるのなら」

「こうして話を聞いてくれるだけでもありがたいよ。ところでそれは報告者かな?」


 コーディが胸に抱いた書類を見てアルフォンスは訊ねた。慌ててコーディはアルフォンスに書類を手渡す。

 

「失礼しました! こちらティナ様の捜索の件です」

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