捜査ファイル:ビヴァリー・ウェイト
【ビヴァリー・ウェイト】
王妃としては彼女が一番適任なのではないだろうか。コーディが最初に抱いた感想はそれだった。
先ほど面会したベレニスが気弱そうだったのに比べて、彼女は自信満々で、花が咲いたような華やかな令嬢だった。
艶やかな金髪を丁寧にカールしていて、意志の強そうなエメラルドグリーンの瞳。
堂々としている美しいご令嬢だ。受け答えも明るく、爽やかな印象を与える。
アルフォンスの隣に並んでいても、見劣りのしない人だ。
「アルフォンス様、お久しぶりです。この度は大変でしたね」
彼女は四年前の婚約者候補でもあり、アルフォンスとは幼少期からの付き合いだ。臆することなくアルフォンスとも会話を始めた。
彼女の父親であるウェイト侯爵も、筋肉質でがっしりとした大柄な男性ではきはきとしゃべる。彼が攻撃魔術専攻なのも頷ける。
「それで殿下。今回こそ、ビヴァリーが婚約者に決まるんでしょうな」
ウェイト侯爵はストレートにそう言った。
先ほどのエイリー侯爵が当たり障りのない会話から始め、ところどころで自分の娘をアピールしたのと正反対で直球である。
「候補は四名と聞いていますが……エイリー家はともかく、他の家はどうして選出されたのですか。四年前で選出されていない方もいるでしょう」
これまた直球な質問にアルフォンスも苦笑いを浮かべる。
「既に結婚された方もいますからね」
「なるほど、そうか。四年前の候補でまだ未婚なのは、エイリー家とうちでしたか。まだ結婚していなくてよかったな、ビヴァリー」
はははと朗らかな笑いを娘に向けると、ビヴァリーは曖昧な笑顔を浮かべた。
「しかし殿下。今回こそお願いしますよ。ビヴァリーは魔術師としても優秀ですし、今回は魔力も負けていない。そうでしょう」
真剣な表情をしてウェイト侯爵はアルフォンスを見た。
(魔力測定の結果、魔力があがっていた一人)
コーディは測定結果を思い出した。そして魔力測定をするべき、と声をあげたのはウェイト侯爵とも聞いている。
王妃の条件に、魔術師として優秀なことは必須である。
だから、魔力を測定するべき、というのはわかる。
しかしそれをウェイト侯爵が自ら言い出すのは気になった。彼が何事も公正に、と考えるタイプなのだとしてもリスクが大きい。
この四名のなかでビヴァリーは最も有力な候補ともいえる。
家柄も、ビヴァリー自身の人柄もよく人望がある。それだけで他の三名より特出していると言える。
魔力測定をすれば、他の者よりも魔力が劣っている可能性があるのに。わざわざウェイト家から申し出るのは違和感があった。
……そしてビヴァリーは魔力が半年前よりも上がっていて、四名のなかでもレジーナと並んで一位の魔力量だ。
「私の一存では決められませんから。最終決定権は国王にあります」
「しかし四年前は、ほぼビヴァリーに決まっていたはずですよね。国王の決定で」
「正式な決定ではありませんでしたよ。学園入学時の魔力測定としばらくの学園生活を見てから確定するとお伝えしていたはずです」
アルフォンスは涼やかに言葉を返す。
「殿下はティナ様を特別視されていましたからね」
朗らかだったウェイト侯爵の声に棘が生まれた。ビヴァリーを見ると彼女もわずかに眉根を寄せる。
「ティナ様の魔力が上がっていなければ、我が娘か、ポーラ家に内定していたのではないですか」
「ティナ嬢の魔力が上がり、国王が彼女を婚約者と定めた。それだけが事実です」
「……そうですね。しかし今回、ビヴァリーは魔力だって高い。……お返事、期待していますよ」
最後まではっきりと要望を伝える男だとコーディは思った。アルフォンスはそれを笑顔で受け止める。
「王に申し伝えます。今回に関しては私の意志はあまり期待なさらないでください」
「ティナ・セルラトの時はあれほど訴えられていたというのに」
「申し訳ありません。あの頃の私はまだ未熟な子供でしたから。今回は公正に対応しますよ」
「ビヴァリーとは旧知の仲ですから、今回こそ私情を持ち出してほしいものですがね」
ウェイト侯爵は、はははと朗らかに笑って話は終わった。
言動に注視しても、彼の歯に衣着せぬ物言いは、裏表のない素直な性格にしか見えなかった。
「ウェイト侯爵、この後少しお時間いただけますか? 南の防衛箇所についてお話が」
「もちろんです」
「コーディ。ビヴァリー嬢をお見送りして」
コーディはビヴァリーを城門まで見送ることになった。
ビヴァリーは明るそうな令嬢だが、侯爵家の令嬢なだけあり、父とアルフォンスの会話に入り込むことはなかった。彼女の人となりは話してみないとわからない。
アルフォンスは彼女との会話を探った。
「馬車はどこまで頼みましょうか」
「魔法局に戻りますので、馬車は結構ですよ。お気遣いありがとうございます」
王城の庭園を抜ければ、魔法局と学園に繋がっている。このあとも業務があるのだろう。
「そうですか。では門までお見送りいたします。……ビヴァリー様は魔力が増加されたのですよね。
ご体調はいかがですか? 魔力量が変化すると体調を崩される方もいらっしゃいますから」
ビヴァリーは少し怪訝な顔になる。
それもそうだ。騎士が見送りの際にべらべら話しかけるなど、普通はありえない。
しかし彼女の朗らかな人柄もあるのだろう。ほんの少し眉をひそめながらも、
「ありがとうございます。ですが昨年から徐々に増えていたからでしょうか、体調の問題は全くございません」
はきはきとした声で答えてくれる。
彼女の人柄に安堵したコーディは、愚鈍な騎士の振りをしてさらに突っ込んでみることにした。
「以前からビヴァリー様のお噂は聞いておりました。正直あなたが一番王妃に近い方だと思っています」
その言葉にぴくりとビヴァリーは足を止めた。微笑みを浮かべたままだが、あまり快く思われなかったようだ。
「ありがとうございます。ですが、あまりそう言ったことは口になさらない方がよろしいかと」
見え透いた世辞を疎ましく思うタイプかもしれない。笑顔を浮かべながらも、これ以上会話はしたくないという拒絶の色を感じる。
「それでは失礼したします」
ビヴァリーは城門を出ると優雅に一礼をして去って行った。彼女が王妃には一番向いている。コーディの中で印象は変わらないままだった。
ビヴァリーは魔法局に向かいながら唇を噛んでいた。
「……皆、そう言うのよ。四年前だって……」
小さな呟きは誰にも聞かれることはなかった。
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