3-2 情報屋の考える容疑者



 翌朝、家の隣の畑にて。ティナは指示された薬草を抜いていた。

 魔法が使えないので、手作業で一つ一つ土から抜いていくのだが、これはなかなか楽しい。すぽ、すぽっと根っこが抜けていく感覚を手で感じるのは気持ちいいのだ。


 「ん……」


 引っこ抜こうとして、ぐっと何かがつっかえている感覚がある。どうやら根が張っているようだ。

 ぐ、ぐ、と力を込めてみるがなかなか抜けず。


「わ……」


 薬草が抜けた拍子にティナは後ろに反り返り、仰向けに転がってしまった。先ほど水をやったばかりだったから地面はぬかるんでいて、起き上がろうとすると後頭部からぬちょり、と音がする。

 後頭部に泥を感じながらティナは起き上がる。お目当てのものは手に入れることができたが、代償が大きかった。


「畑の収穫は初めての経験なのだから仕方ないわ」

 

 ティナが自分を励ましていると、

 

「あはは……はは」


 耐えきれないと言ったような大きな笑い声が聞こえてきた。クロードに笑われたのだと思って、後ろを見てみると――。

 全身真っ黒の服を着たすらりとした黒髪の男性がティナを見て大笑いしていた。


「ど、どなたですか……」

「俺こそ聞きたいけどね、君だれ?」


 男性が笑いを止めた。真顔でも彼の目の細さは糸のようだ。


「こちらでお世話になっているティナと申します」

「え? クロードに? ……ん? ティナってどこかで聞いたことがあるな」


 長い指を顎にかけて男は考え始めた。整った顔立ちはその姿がやけに似合う。


「何を騒いでいる」


 クロードが家から出てきて、ティナのべったりと泥にまみれた後ろ姿を発見し、大きなため息をつく。


「すぐに洗い流せ」

「あっクロード! どういうことだよ、女の子と暮らしているなんて! 教えてくれないなんて水臭いじゃないか!」


 男性からは絶対にからかってやろうという意図を感じる。その意図に気づいたのかクロードは眉を寄せると、


「後で話す」とぶっきらぼうに呟いた。


 どうやらクロードと男性は知り合いのようだ。弾むような足取りで男が家に入っていくから、ティナが続こうとすると


「君は家に入る前に泥を流せ。……いや、僕が流そう」


 後頭部はべっとりとしている。ティナはクロードに従うことにした。クロードは畑の水やりに使う水栓をひねり、ティナの頭を洗い流してやる。


「おいおい、クロード。女の子にそれはないんじゃないか? 水をぶっかけるなんてさ」

「ぶっかけてはいない、洗っている。天気はいいから問題ない。彼女は元貴族だ。今は魔力も失っているから、生活を送るのが下手すぎる」

「女の子のことはもっと丁寧に扱ってあげなよ」

「畑の泥には虫もいるんだ。しっかり洗い流さないと」

「ありがとうございます」

「……てかなんで貴族がここに?」


 男性は不思議そうな顔をしてから、頭を洗われているティナをじっと観察し


「ああ! わかった。君、魔力目的の殺人起こしたティナ・セルラトだ?」


 男性の目がさらに細くなった。


「なんで彼女がこんなところに? クロードが王都の事件を知りたいだなんて珍しいとは思ったんだよ。なんで? なんで?」

 

 無邪気に男声が訊ねたところでクロードは水を止めた。泥がきれいにとれて、さっぱりとしたティナも男性を見上げる。


「面白そうなことに首つっこんでいるね。詳しく聞きたいな。罪人のご令嬢、初めまして。俺はイリエです。クロードから言わせると情報屋です。よろしく」


 糸のように細められた瞳に、ティナは少しだけ鳥肌が立つのを感じた。……ただ単に、頭から水を被って冷えただけかもしれないけれど。



 ・・


 

「へえ、ふーん?」


 おかしそうにイリエが眺めているのは、ティナの髪の毛を乾かしてやっているクロードだ。クロードはこの作業は嫌いではないようで毎日義務のように乾かしてくれる。クロードの長い指がさらさらとティナの髪の毛を乾かしていく。


「クロードが人と暮らしていて、さらに髪の毛まで乾かす面倒まで見ているなんて。面白いものが見れたなあ」

「彼女は魔力がなくて、風を起こすことが出来ない」

「それなら丸刈りにしちゃえばいいのに。ちゃんと乾かしてあげてるなんて。クロードにも慈愛の心があったんだね」


 髪が乾いたティナは髪の毛に薬油を塗りこんだ。自分で乾かすことは出来ないが、その後に櫛で梳く方法はクロードから教わった。

 髪の毛を乾かすのも魔力があれば自分でもやってみたのに。とティナは思う。


 今まで当たり前のようにやってもらっていたことは、実は自分でも簡単にできるのだと、ここに来てから初めて知った。

 ドレスのコルセットを締め上げるのは自分では難しいかもしれないけれど、ここではコルセットも必要ない。美しく着飾らなくてもいい。ここでの生活を送るくらいのことならば、自分でやりたかった。

 

「確かに髪の毛が長いのはここでは不便ですね。短く切るのはいいかもしれません」

「冗談だよ。君のこの美しい髪の毛を切るだなんて、もったいない」


 イリエはティナのもとまでやってくると、ティナの髪の毛を一房掬う。


「長い髪は不便なのですよ。私は自分ではうまく結い上げられませんし」


 侍女が作り上げてくれる髪型はどれも繊細で素敵だった。ティナはそこまで器用には出来ず、一つにまとめることしかできないでいた。


「くだらない話はどうでもいい」

 

 二人の間に割って入ったクロードが薬草茶を配る。クロードはお茶を振る舞うことも嫌いではないようだ。


「ありがとうございます」

「それでイリエ、王都の様子はどうだった」





 

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