3-3 情報屋の考える容疑者
「まずティナちゃんを血眼で探してるね、結構な人数を投入して」
イリエは薬草茶を飲むと報告を始めた。
「彼女が幽閉されていないことに気づいた者がいるのか?」
「いや~、そういう感じではなさそうだったけどね。ティナちゃんを連行していた騎士たちも責任を恐れて口を噤んでいるし、被害者家族が面会を望んだわけでもなさそうだけど」
「そうか」
クロードはあまり気にした様子はなかったが、ティナの顔は青くなる。
「クロード様にご迷惑をおかけすることにならないでしょうか?」
「別に? 追手が来るまでにさっさと冤罪を晴らせばいい」
「驚いた、クロードはティナちゃんが冤罪だと思ってるんだ。
ねえ、ティナちゃんはなんでベレニスちゃんの魔力を奪って殺そうとしたの?」
イリエの瞳が光った。彼に同情心などは何もなく、強い好奇心が瞳をきらきらとさせている。
「イリエ。彼女の首に〝種〟があった」
割って入ったクロードの言葉に、イリエの目がさらに細くなる。
「えー、本当に?」
「そうだ。種関係で今回のベレニスの事件も起きたのかもしれない」
「ふーん? なんだかおもしろくなってきたね。じゃあ本当にティナちゃんはベレニスちゃんを襲っていないの?」
「さあ? しかし個人的には種絡みで彼女は巻き込まれて、ベレニス事件も彼女に罪を着せようとした黒幕がいると考えている」
「なるほど。クロードはそう思いたいんだね」
イリエは二人を見比べてから
「いいね。そっちの方が面白そうだし。俺も乗った、黒幕探しを手伝うよ」
にんまりと笑って見せた。
クロードはイリエの笑顔から顔を背ける。
「ひとまず彼女に罪を着せた人物から考えていきたい。僕たちが考えたことの裏付けや情報収集をイリエには頼む」
「人使いが荒いなあ。かわりに例の件、考えてくれる?」
「まず彼女への恨みの線から考えていきたい」
イリエの言葉を流して、クロードは本題に入った。
「一番疑わしいのは、第一王子の婚約者を狙っている人物周りだと考えている」
「まあ、そうだよね。誰が一番得をするかっていうと、婚約者の席を狙っている人だろうね。実際に今、次の婚約者の選定をしているところみたいだよ」
先日も話していた内容ではあるが、ティナは身体を固くさせた。
「婚約者候補にベレニスは入っているのか?」
「詳しい候補者は今調べているところだけど、彼女は入っているんじゃない?」
「なるほど」
「ベレニスちゃんが一番怪しいよねー、黒幕として」
イリエの楽しげな言葉にティナは思わず「えっ」と声をあげた。
「あれ、意外? 一番怪しくない?」
イリエがニヤニヤしながらティナを見る。ティナがクロードの方を向けば、彼も頷いた。彼も同じことを思っていたらしい。
「しかし……ベレニス様は被害者ですよね」
「自演の可能性もある」
「自演……」
「ベレニス、もしくはベレニスの両親が、第一王子の婚約者の座を狙っていたならあり得る話だ。王子は人格者なのだろう? 余程のことがなければ、君との婚約を解消したりなどしない」
「誠実っぽいもんね。色仕掛けしても、浮気すらしなさそう」
その言葉にティナも頷く。ティナの魔力が減り続けても、彼は婚約を解消しようとせずに、様々な方法を試してくれようとしていた。
「ベレニスが疑わしい理由は他にもある。彼女は怪我を負いながら『魔力を奪おうとした』と言った」
「はい」
「君の話を聞く限り。当時の様子から考えて『事故が起きた』と思うのではないか? さらには『攻撃された』『殺そうとした』でもなく『魔力を奪おうとした』。少し不自然だ」
「それは確かに、そうですね……。ただ、首元をケガされましたし、私の魔力の減少について彼女もご存知だったと思います。そこから結びつけた可能性はあります」
それに四年前、魔力が増加したティナは誰かから不正に魔力を奪ったのではないかと思われていた。
「後々考えてそう結びつけるのはわかるが、あの場で瞬時に『事故』でも『襲われた』でもなく『魔力を奪った』と叫んだのは気になる。それくらい混乱していただけかもしれないが」
ティナはベレニスを思い出してみる。彼女が自分から魔力を奪い、王都から追放した人物なのだろうか。大人しくいつも優しく微笑んでいる気弱そうな少女だった。
「ベレニス様が狂言を……とても信じられません」
「貴族なんて腹で何を考えているかわからないからな。で、ベレニスはどんな人間なんだ?」
クロードがティナに目線を寄越す。説明しろと言っているのだろう。
「彼女はエイリー侯爵家のご令嬢です。エイリー家も魔力が強い家系で、ご両親もお兄様も魔法局に勤務されています。ベレニス様は回復魔術専攻で私と学部は違いますし年齢も一つ下ですから、学友としての親交はありません。家の関係でお互い、お茶会や夜会など招待しあう仲ではありました」
「つまり貴族っぽい繋がりってわけだな」
「そうなりますね。特別親しいわけではありませんが、逆に家同士が敵対していたこともありません」
ベレニスが自分を陥れたのだろうか? 彼女の穏やかな雰囲気からは想像できずティナは薄ら寒さを覚える。
「第一王子とベレニスの関係は?」
「クロード様の仰るような、貴族同士のつながりはあったと思います」
「他に何か思いつくことは? 君との共通点とか」
「そうですね……。共通点は、アルフォンス様の四年前の婚約者候補でしょうか。私が十三歳で婚約者に内定するまで、婚約者候補が何名かいて、ベレニス様はそのなかのひとりです」
「じゃあティナちゃんへの恨みはそこから出てきたかもしれないよね? 自分だけずるいって」
「それは……あるでしょうね」
ティナの魔力が倍増したことについて知らないイリエに、クロードは簡単に説明を行った。彼女がそれにより恨まれている可能性も。
「アルフォンス王子は学園でも憧れの的だったからねえ。政治的なものだけじゃなくて単純にご令嬢たちの恨みもあるかもしれないもんね」
イリエはニコニコと楽しそうだ。ゴシップネタが好きらしい。
「ティナちゃんも婚約者に内定した時は嬉しかったんじゃない?」
「殿下のことは尊敬していましたし、幼い頃から交流がありましたから安心感もありました」
「幼い頃から交流があったんだー?」
「はい。月に一度ほど面会の機会がありました。私だけでなく婚約者候補のご令嬢は皆そうだったのではないでしょうか」
「王子への幼い頃からの憧れが婚約者への恨みに変わる。ありえそうなことだよねー?」
イリエの納得した声にティナは心当たりを思い出してうつむいた。婚約者候補たちから向けられた目線の厳しさを。
「ベレニス以外の婚約者は?」
「数人いるみたいだよ。四年前の婚約者候補のうち二人は既に別の人と結婚しているから、それ以外の人と、新しい候補者もいるんじゃないかな」
「彼女の失脚で最も得するのは、次に婚約者になる人物とその家だ。そして種で彼女の魔力を奪っているならば……」
「なるほど? 魔力が高ければ、次の婚約者に選ばれやすいだろうね」
「次回までに婚約者候補たちの情報を頼む。彼女たちの魔力量の変化は特に注意をして。それからベレニス・エイリーとエイリー侯爵家についてさらに深掘りを」
次々とお願いするクロードに、イリエは「ええ〜っ」と子どものような声をあげる。
「ほんとうに人使いが荒いなあ。ま、種の謎を解かないことにはクロードは俺のもとに来てくれないし、ちゃんとやりますよ」
そして椅子から立ち上がったかと思うと「じゃさっさと行ってきますか」と腑抜けた声を出した。次の瞬間、彼の姿は黒い大きな鳥に変化した。一メートルはあるだろう艷やかな黒い羽を大きく広げる。
「ええっ」
ティナが驚愕の表情を浮かべているうちに「それじゃあね、ティナちゃん」と鳥から声が聞こえて、出窓からすぐに飛び立っていった。
「イリエは獣人だ」
「初めて出会いました。……ということはイリエ様は隣国の方なのですか?」
ティナは床に落ちた大きな羽を拾ってまじまじと見つめる。隣国に獣人がいることは知っていたが、ほとんど他国と関わりのないこの国で隣国の者に出会ったことはなかった。
「そういうことだ。情報屋としては足が早くていいぞ」
ここは王都まで一週間はかかるのにクロードが情報を得るのが早い意味をティナは理解した。
「ひとまず容疑者探しはイリエに任せた。数日もすればまとめてくるだろう」
席を立ち上がるとクロードはさっさとお茶を片付け始めた。
「今からは調合薬をつくる。君も手伝え」
「わかりました!」
容疑者について考えていると心が暗くなる。手を動かし続けよう。ティナは無心となって、調合薬作成の手伝いをし続けた。
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