王都にて アルフォンスの憂鬱
その頃、王都のアルフォンスの私室にて。
アルフォンス付きの騎士であるコーディは、報告書を届けたところだった。
デスクに座ったアルフォンスはサラリとした金髪を耳にかけながら、報告書に目を通す。
「長々と言い訳が述べられていますが、端的に言えばティナ様は見つかっていないということです」
「そうだろうね。ありがとう……」
アルフォンスは力なくコーディに笑いかけた。青い瞳の下にはクマが色濃く、彼がほとんど眠れていないことは明らかだった。
「ティナはどうしているんだろうか。無事だといいけど」
「……殿下。彼女は罪人ですよ」
「しかしティナがそんなことをするはずがない。よく考えればわかることなんだ。それなのに私は……」
「殿下はお優しすぎるのですよ。彼女の心のうちなどわかりません。魔力が日に日になくなるというのは恐ろしいことですから、人が変わってしまうこともありえます」
「私もあの時はそう思ったんだ。だから彼女を疑ってしまった。その結果、こんなことに――」
後悔するようにアルフォンスは息を吐いた。
「私の知っているティナは、誰かを傷つけたりするような人ではない。……ティナが逃亡するとは……あの時、私がきちんと話を聞いておけばよかったのだ」
「いいえ、あれは騎士の失態です。殿下はあのあとティナ様と面会を設けようとしていたじゃありませんか」
「しかし私の一瞬の疑いが彼女を追い詰めたのかもしれない……。あの場でのティナの失望した瞳が忘れられない。その場でまず話を聞くべきだったんだ」
アルフォンスは顔を手で覆った。その後悔の強さを感じ、コーディは目を伏せる。
「しかし、転移魔術は相当魔力がないと難しいのではないでしょうか。彼女の魔力はほとんどなくなっていたのですよね」
「そうだね。しかも近隣の街でも見つからないなんて、どういうことだろうか。今は三日も経ったから、さらに逃亡範囲は拡大しているだろうけどね」
「どうされますか」
「そうだね……。私としては彼女が無事なら本当はそれでいいんだよ。彼女はやっていない、と私は信じているわけだしね」
アルフォンスはぱらぱらと報告書をめくりながら、もう一度ため息をつく。
「だけどティナの無罪を証明するためにも、彼女の話を聞きたい。どちらにせよティナの不在は表沙汰にはできないんだ。水面下で探し続けてくれるかな。人員はもう少し割いてくれていいから」
「承知しました」
「……というのは建前で、本当は私がティナの無事を確かめたいだけなんだ。もう婚約解消はされたというのに、未練がましいだろ」
アルフォンスは声を詰まらせて、眉を下げて笑んだ。幼い頃からアルフォンスの騎士として、ティナのこともよく知っているコーディは胸が苦しくなる。
二人はお似合いに見えたし、アルフォンスが彼女を大切にしていたことを知っている。コーディから見てもティナは人から魔力を奪うような人間には思えなかった。
「殿下のために必ず探し出します」
「ありがとう……。私は彼女に魔力がなくとも、彼女と一緒にいたかったのに。難しいものだね」
「はい。――そしてそんな殿下にこのお話をするのは心苦しいのですが……」
「いいよ。わかっている」
コーディが渡した報告書には、婚約者候補の資料もまぎれているのだ。
「候補は四名か。失恋に浸る暇も与えてくれないとは」
「申し訳ありません」
「コーディのせいではないから、謝る必要もないよ。……それでベレニス嬢の容態は?」
資料の中にベレニスの名前を見付けたのだろう、アルフォンスは訊ねた。
「三日ほど魔法局の医院で様子を見ていましたが、もう問題はなさそうです。首の核も傷ついておらず、魔力も減少していないということでした。ただ……傷が残ってしまうかもしれないということで」
「傷は深くなかったけど範囲が広かったんだっけ」
「はい。首から胸元にかけて、長い線のような傷が」
「回復魔術は?」
「もちろんかけていますし、きっと問題ないとは思います。しかし……」
コーディの歯切れは悪い。
「なるほど。エイリー侯爵が、その傷をもとに婚約者候補に娘を推しているのかな?」
「そうですね。目立つ場所にありますから」
「わかった。後日面会するよ」
「……まさか。責任を取られるおつもりですか? あなたがつけた傷でもないのに」
アルフォンスは書類を揃えるとコーディに返した。彼の瞳は諦めが浮かんでいる。
「正直なところ、ティナと一緒になれないのであれば今は誰も同じなんだ。彼女は罪人で逃亡者だ。それなのに過去の優しい思い出に浸るのはこの国の第一王子として情けないね」
「そんな」
「今の話は私と君の仲ということで、ここだけの話に留めておいてくれないか」
「それはもちろんです!」
コーディが退室すると、アルフォンスも席を立ち暗い窓の外を見る。
「ティナ……、どこにいるんだ……」
アルフォンスは小さく空に向かって祈った。
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