2-3 同居のはじまりとベレニス事件
「最初から整理していこう。あの日、エイリー侯爵家で夜会が開かれていた。ゲストは五十名程。君は婚約者のアルフォンス第一王子と共に招待されていた。この夜会や招待に不自然なところは?」
「特にはないと思います。エイリー侯爵はよく夜会を開かれる方で、ひと月に一度ほどお邪魔させていただいています。エイリー侯爵は殿下のことを毎回招待されていて、殿下が参加されるのであれば私も同伴していました」
「なるほど。逆に言えば、君が参加することは誰でも予想がついたわけだな」
「そうですね」
あの日招待されていた貴族ならば、ティナが参加することは予想もついたはずだ。
それにしても、クロードはどこから詳細を調べてきたのだろうか。
「バルコニーが事件現場だと聞いた。そこに君とベレニスは二人きりだった。君たちはなぜ二人でそこに?」
「元々は私一人がバルコニーにいました。私は人に酔いやすいので、外の空気を吸うのはいつものことです。そこへベレニス様が心配してきてくださったのです。気分が悪いなら、と回復魔術をかけてくれました。最初は柔らかな光が包んで……そこから光が強くなって目がくらみ……気づいた時には彼女が血を流して倒れていました」
「なに?」
クロードがコップから口を話し、驚いてティナを見つめる。
「それは、情報としてあがっていなかったな」
「あのときベレニス様も錯乱されていましたし、彼女からすれば回復している隙を狙い、私が攻撃したと思ったのでしょう」
「なるほど。では事件が起きたときに、魔術を使っていたのはベレニスの方なんだな」
「はい」
「それで君も何が起きたかはわからない、と」
クロードはコップを置くと、考えを巡らせた。
「君や周りの視点は一度置いて、まず事実だけで話そう。ベレニス・エイリーはバルコニーに君と二人きりでいるときにケガを負った。これは間違いないな?」
クロードの静かな問いにティナは頷いた。
「何らかの攻撃によって首元から胸元にかけて真っすぐに切り裂かれたらしい。凶器は落ちておらず、魔法攻撃だと推測される。確実なところはこれくらいか」
「…………」
ケガをした状況を伝えられると、血に濡れたベレニスを思い出してティナの唇が震える。
「現場にいたのは君だけで、魔力の核がある首元が狙われた。状況から判断して、動機もある君が犯人だとされたわけだ」
「そうですね」
ティナも素直にうなずいた。やっていないとわかるのは自分だけで、状況的に見ればティナが犯人としか思えない。
「君がやっていないとして。彼女を攻撃するならば、誰かが遠くから攻撃したか、事故か」
「事故……ですか」
「たとえば、君の魔力が喪失する間際に、なんらかの形で魔力が暴走した可能性はある」
そう言われてティナは唇を噛んだ。ティナの魔力はすべてなくなっているし、不思議な種が埋まっている。ティナの身体に何か異変が起こり、結果的に彼女を巻き込んで傷つけてしまった可能性は否定できなかった。
「まあ単なる不幸な事故の可能性もあるが……、一度『君が誰かに罪を着せられた』と仮定して、考えていきたい」
「ありがとうございます」
「別に君のためじゃない。故意的なものであれば犯人がいるだろう。そうすれば種の解明がしやすいだけだ」
頭を下げるティナにクロードは冷めた目線を向けた。
「それでもありがとうございます。冤罪だと思っていただけるだけで心が救われます」
「そうか。それで、君を恨んでいるものに心当たりは?」
「恨み……ですか」
「そうだ。君から魔力を奪って、さらには罪を着せるなんて、どんな恨みを買っているんだ君は」
ティナはうつむきながら、何と言おうか迷っているようだった。そして意を決したように重い口を開く。
「私に恨みを持つ人は大勢いるかと思います」
「なぜ?」
「私が婚約者に決まったとき、反発された方は多かったのです」
「つまり第一王子の婚約者になったことで恨まれていた、と」
「元々私のセルラト家はあまり政治には熱心に関わらない家でしたから。国の重役に就きたい家からすれば、娘を妃にと強く望むはずです」
「それはそうだな」
ティナはその後の言葉をしばし悩んでから、暗い顔で続けた。
「そんな私が婚約者に決まったのは、魔力が倍増したからです。元々婚約者候補ではありましたが……他のご令嬢に比べて内定する確率は低かったと思うのです。ですから、その……私が魔力を不正に手に入れたと噂も立ったのです」
ティナは苦しそうな表情で吐き出した。
ティナが婚約者に決まったとき、周りの大人は何度も魔力を測定し直したし、両親の魔道具に不正な点がないかなども調べられたりもした。結局理由はわからなかったが、セルラト家に一時的に疑惑の目は向けられたのだ。
「婚約者に正式に決まってからは、表立って私やセルラト家を非難する人間はいなくなりました。ですが内心私をよく思っていない方がいるのも事実です。
今回も、あのティナがまた魔力を奪った。そう思われたのでしょう」
「なるほど。で、君は魔力譲渡の方法を知っているのか?」
「いいえ。本当に知らないのです。四年前の魔力が増えた件も本当に心当たりはありません」
淡々と説明していたティナもそれは即座に否定した。
「まあそこを今追求しても仕方ないな。とにかく君を恨んでいる人間はわかった」
クロードはさらりと流した。四年前にティナの魔力が増えたことも気になるが、それは後回しだ。それにもし本当にティナが魔力譲渡方法を知っているのなら種の解明に繋がる。ひとまずここは彼女と仲間になっていて損はないだろう。
「妃になり権力を得たい人間もしくはその家族が、君を失脚させる目的で罪を着せた可能性はありうるな……他に心当たりは?」
「政治目的でなくとも、アルフォンス様を慕われている方は多かったと思います」
ティナはアルフォンスの顔を思い浮かべた。第一王子というだけでなく、優しく聡明で美しかった。学園で偉ぶることもなく、ただの同級生のように接してほしいと、誰にでも分け隔てなく接していた。彼を慕っている女性は多かった。
「君への恨みをこじらせた人間で思いつくのは、アルフォンス関係ということだな。
――今後事件を調べるにあたって、僕たちは王都へはいけないし、当時の状況証拠を探せない。まずは君が罪人となることで、得するよう人間から考えていこう」
「わかりました」
二人の最初の目標が決まった。
ティナの気分は暗くなる。自分への恨みを持つ人間を探す。人の暗い部分に切り込んでいくのは正直恐ろしい。しかしそこを考えていかなくてはならないのだ。
「君との婚約が破棄されれば、どうなる? 新たな婚約者が選ばれるのか?」
「それはそうなると思います」
「そこで選ばれた人間は疑っていいだろうな。
ところで君は幼い頃から王子と交流があって、十三歳から正式に婚約者だったんだな?」
「はい」
「君、魔力や未来の職だけでなく。恋人まで失ったんだな。さすがに同情も芽生えてきた」
クロードが憐れむような目で見た。ついでにいうと、王妃としての席、住処、王都での家族との生活も失われていた。
それでも彼女は冷静に受け止めて淡々としている。しっかりしているのか、少し人間味がないというか……未来の王妃として教育されているのであればそういうものなのかもしれないとクロードは思った。
「……殿下は恋人という関係ではありませんでした」
「君は王子のこと、愛していなかったのか?」
「どうでしょう……尊敬してお慕いしていましたし、一生添い遂げる未来を想っていました。ですが、幼い時から共に過ごしていたので兄のような印象が強いかもしれません。私は兄も二人いますから」
アルフォンスとの出会いは物心つく前からで、いつも優しく朗らかな彼は兄のような存在だった。とティナは語る。
「それに恋、というのもよくわかりません。一緒にいて嫌な気持ちになることはありませんでしたから……それを恋と呼ぶのでしょうか」
ティナは瞼を閉じて、アルフォンスのことを思い出してみた。あの優しい笑顔がもう自分に向けられないと思うと、胸が少しだけ痛んだ。
「さみしい気持ちはあります。これを失恋というのですか?」
クロードは「どうだろうな」と返すだけだった。
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