第11話 クロウの正体

 キッチン、子供部屋、リビングで、それぞれまた影のような悪霊もどきと対峙する。

「フウタ、よろしく!」

 リビングでは、すばやく逃げ回る影を、フウタの風が追い詰める。

 風に巻き上げられた影は、ネネとココに切り刻まれた。

 私とクロウは活躍できていないけど、チームとしては順調そう。

「今日のフウタ、調子いいかも」

「ハナちゃんも、いまのところ怖がってないね」

 桃瀬くんとマチ子ちゃんは、少し自信がついたみたい。

 油断は禁物だけど、精神は安定してるのかな。

 そう思うと、低いところから徐々にレベルをあげていくやり方も、悪くはなそう。

 鍵がかかってる扉を除いて、1階すべてを見終わると、どこかから声が聞こえてきた。

『おつかれさまです。みなさん、自分のできることをしっかりこなしていて、チームワークもいいようですね』

 黒川先生だ。

 どこかにカメラやスピーカーがあるのかな。

『次が最後の敵です。金星さん。いまのところ、他の3人でなんとかなっていますが、地下ではそうもいきません。無理は禁物ですが、これも訓練と思って、積極的に参加してください』

「あ……は、はい」

 こっちの声が届いているのかどうかわからないけど、返事をする。

 サボるつもりはないんだけど、あまりにもみんなが強くて、戦う隙が……。

 ううん、積極的に動けないのは、クロウになにができるのか、私が把握していないせいかもしれない。

『奥にある扉のロックを外します。そこから地下に行けますので、がんばってください』

 黒川先生がそう言うと、奥でガチャンと、鍵が開くような音がした。

 がんばろうって、クロウに声をかけようと思ったけど、それより先に、影山くんが、クロウと向き合った。

「お前……なんでそんなやる気ねぇの? ずっと人の姿で狐にもなんねぇし」

「その、クロウは狐の姿で炎を操るのが苦手で……」

 なんとかフォローしようと思ったけど、訓練中、人の姿で炎を操っていたわけでもない。

 みんなが順調すぎてなにもできていない私たちを、見逃してくれる影山くんじゃなかった。

 空気が張り詰める。

「お前がやらなくても、俺たちがなんとかするからか?」

「……きみたちの実力ならなんとかなる。そう思ったのも事実だが、別にサボりたいわけじゃない」

「だったら……!」

 クロウは、影山くんじゃなく、桃瀬くんの方を見た。

「影山は強い。それなのに、桃瀬はどうして戦う?」

「うーん。いくら強くても、全部を任せるわけにはいかないでしょ~。僕だってがんばりたいし」

「影山1人でやれとは、思わないんだな」

「お前……!」

「まあまあ、かなた。落ち着いて。これから1人じゃ戦えないレベルになるんだろうけど、もし、かなた1人でどうにかなるレベルだったとしても、1人でやれとは思わないよ~。これは4人でやることだから。ね?」

 クロウってば、桃瀬くんにそんなこと聞いて、どうするつもりだろう。

「ねぇ、クロウ。やる気……ないわけじゃないよね?」

 クロウの肩を掴んで、私の方を向かせる。

 クロウは、私の目をジッと見て、ゆっくり頷いた。

「勝手な期待が嫌いなだけ。嫌味のように羨ましがられ、期待され、できればそれが当たり前。できなければ必要以上にバカにされる」

「あ……」

 私はクロウの言葉を聞いて、思い当たることがあった。

 もともと似てる気はしてたけど、やっぱりクロウは私と一緒なんだ。

 金星神社の子だからって、変に期待されて。

 でも、レア度の低い子をパートナーにしただけで、なんかがっかりさせてしまったような気にさせられて。

 実際、受験もパスしてるし、期待されちゃうのもしかたないことなのかもしれないけど。

 たぶん私は落ちこぼれなのに、名前だけで期待されたくない。

 影山くんみたいに、本気出せって怒ってくれた方がずっといい。

「一緒だね、クロウ」

「ひかりちゃん……」

 マチ子ちゃんが、不安そうに私を見つめる。

「名前も家も変えられないし、そういう目で見られても、少しはしかたないよ。でも、その先は自分次第。マチ子ちゃんは、私が金星とか関係なく仲良くしてくれたし、オリガミすら折れない私を、ハナちゃんは、がっかりしないで、笑ってくれた。だから、大丈夫。大丈夫だよ、クロウ」

 クロウに言いながら、自分に言い聞かせてるのかもしれない。

 クロウは、私を見て、みんなを順に見て、ふぅっと大きく深呼吸する。

「1人でやれと押しつけるようなメンバーは、いないようだね」

 桃瀬くんのさっきの答えが、響いていたみたい。

「誰がお前に押しつけるんだよ」

「まあまあ、かなた。クロウ……もしかして、そういうことされた?」

 桃瀬くんが、クロウに尋ねる。

 クロウは、なにも答えなかったけど、否定しなかった。

「押しつけられて嫌だったんなら、今度はお前がやらなきゃいい。だいたい4人でやることを、Cランクのお前1人にやらせるわけねぇだろ」

 影山くんに言われて、クロウは少し笑っていた。

「……Cランク。うん。少なくとも、狐や、この姿でいる以上、期待されることはないと思っていたが。こんな私がパートナーで、ひかりには、嫌な思いをさせた」

「ううん。そんなことないよ」

「過剰な期待はやはり嫌いだが、ひかりを鼻で笑った者たちを、見返すくらいのことはしよう」

 そう言うと、一足先に、奥の扉へと向かう。

「やる気でたってことか? つーか、意味わかんねぇ」

 その後ろを、影山くんが追う。

「僕は、今の話を聞いて、期待し始めちゃってるけど。クロウの実力は、こんなもんじゃないってことだよねぇ」

 桃瀬くんの言う通り、きっとクロウは、やればできる。

 そう私も期待し始めていた。


 クロウがドアを開けると、先は階段になっていた。

 人が3人並べばいっぱいになってしまうような幅で、ネネとココは小さな猫の姿に戻る。

 フウタも、イタチの姿で桃瀬くんの肩に乗っかった。

「ハナちゃん、一緒に行こう」

 少し不安になっているハナちゃんに気づいてか、マチ子ちゃんはハナちゃんを抱きあげる。

 先頭のクロウに続いて、私も薄暗い階段を降りていった。

 1段、また1段と降りていくたび、さっきまでと比べ物にならない悪霊の気配が漂ってくる。

 チームのレベルに合わせてくれるみたいだったけど、1階はやっぱり準備運動だったのかもしれない。

 後ろからついてきてくれる影山くん、桃瀬くん、マチ子ちゃんも、警戒した様子で、かなりゆっくり階段を降りてきた。

 階段を降り切ったところにまた扉があって、この先は、なにがあるのかわからない。

 少し狭いけど、全員でドアの前に立つ。

「開けるよ」

 クロウの言葉に、みんなが息をのむ。

 扉を開けると……真っ暗な世界が広がっていた。

 電気はないみたい。

 見えるのは、1メートルくらい先まで。

「う、うぅ……」

 すぐ近くで、なにかを敏感に感じ取ったハナちゃんが、泣き出しそうになっていた。

 その声を聞いて、私たちは警戒心を強める。

「ひかり、火出せるか?」

「う、うん。クロウ!」

 狐姿のとき、小さいけれど火を出していた。

「これを。上に向けて」

 クロウは、どこからともなく取り出した羽を、1本ずつ私たちに配ってくれる。

 言われるがまま、先を掴んで上に向けていると、先端にポウッと火が灯った。

「これで5分か10分は持つ」

「ありがとう!」

 私だけじゃなく、みんなもクロウにお礼を言う。

 火は小さいけど、ずいぶん明るく感じた。

 そうして明かりを手にした私たちは、地下室の暗闇に足を踏み入れる。

「……!」

 誰かが息をのむのが聞こえた。

 私たちが持つ火が、暗闇を照らした瞬間、壁に張りつく無数の悪霊が視界に入る。

 大きく見えるのは、私たちが持つ火の影響?

 無数の大きい影たちが、いっせいにこちらを見る。

 ちゃんとした目玉があるわけでもないのに、見られている感じがして、体が強張ってしまう。

「心が揺らげば、飲み込まれる」

 クロウに言われて、私はぐっと不安な気持ちを抑え込んだ。

 今度こそ、私の番。

 ここで力を見せるしかない。

 大丈夫。

 悪祓いをして欲しいって、悪霊と共にうちに来る人を何人も見てきたし、少しは見慣れてる。

 みんなと協力して……!

 そう思いながら数歩、足を進めて後ろを振り返る。

「え……?」

 そこには、これまで見たことないくらい、不安そうな表情を浮かべるマチ子ちゃんと桃瀬くん。

 影山くんも、動揺しているみたいに見えた。

 ハナちゃんは、こちらを見ることなく、マチ子ちゃんの胸に顔を埋める。

「ふ、フウタ。フウタの風で、あの影を一か所に追いやることは……」

「追いやれるサイズじゃネー。擦り傷くらいは与えられるだろうけど。あとは、えっと……うう……こいつは、やべぇ」

 桃瀬くんの不安を感じ取っているのか、フウタが珍しく弱気だ。

「これ……逃げるべき相手?」

 桃瀬くんが言う。

 逃げることは悪いことじゃない。

 でも、まだ私、なにも挑戦できてない。

 もう少し――

「逃げてたまるか!」

 まるで私の思いを代弁するみたいに、大きな声を出した影山くんが、部屋に飛び込んでくる。

 その瞬間、私やクロウ、影山くんの周りを影たちが取り囲んだ。

「な……!」

 前も、後ろも、天井も、揺らめいた真っ暗な影たちで、灰色っぽい目や口らしきものが不気味に笑う。

「ひかりちゃん! 影山くん!」

 マチ子ちゃんの声が、遠くに聞こえた。

「外から少しでも攻撃するよ!」

 今度は、桃瀬くんの声。

 ひゅんひゅんと、風を切る音がしていたけれど、風圧がこちらまで届くことはない。

「悪霊の壁だね。外からと中から、同時に攻撃を仕掛ければ、人が通れる隙間くらいはできるだろう。そこから外へ逃げるか?」

 クロウが、私と影山くんに問いかける。

「逃げねぇ。逃げねぇ。俺はもう、絶対、目をそむけねぇ!」

 影山くんは、クロウや私を見ることなく、影を睨みつけていた。

 もう、絶対、目をそむけねぇ……って?

 もうって、どういうこと?

「ネネ、ココ!」

 影山くんに呼ばれたネネとココが、肩からおりて巨大化する。

 1階で戦ってきたときより、なぜか小さく見えた。

 疲れがたまってるのかもしれない。

 でも、逃げる気はないんだよね?

 影山くんがその気なら、私も……!

「クロウ! お願い! ここにいる悪を祓う! そのために力を尽くして!」

 なにができるのか、わからない。

 パートナー失格かもしれないけど、しっかり戦って欲しい気持ちだけは必死に伝える。

「受け取った」

 クロウがそう言った直後、何本もの火の筋が、影に向かって飛んでいった。

 少しだけ隙間が開いて、そこにネネとココが飛び込む。

「お、落ち着いて……!」

 マチ子ちゃんの願いが届いたのか、隙間は塞がることなく留まってくれていた。

「炎よ、風を浴びてより高く……」

 クロウが呪文のように呟くと、背後から……クロウの方から、ぶわっと風が流れ込んできる。

「くっ……」

 思わず、目を伏せてしまったけど、そっと薄目を開いて確認した瞬間、炎の渦が影を散らした。

「僕も……フウタ!」

 フウタの起こした風が、追い風となって炎の勢いがさらに増す。

「くっ……ネネ、ココ、とどめだ!」

 散らされた影が、また手を取り合う前に、ネネとココが攻撃をしかける。

 いける……!

 そう理解した瞬間、思った以上に強気になれた。

「クロウ、全力で蹴散らせて!」

 私の強い思いが伝わったのか、クロウが笑う。

「ふふっ……はは! いいだろう、全力で蹴散らす!」

 その声がいつもと違って聞こえたけど、いまはそんなことを気にしている場合じゃない。

「悪よ、散れ!」

 クロウの掛け声と共に、放たれた火の粉が大きく育つ。

 炎となり、影を包み、一瞬、部屋全体が昼のように明るくなった。

 炎に飲まれて、黒い影は消滅する。

 真っ暗だった部屋は、私たちが持つ羽の火と、影を飲み込み終えた火、そしてクロウがいつの間にか手にしていた団扇に灯る火で、明るく照らされていた。

 そもそもあんなに真っ暗だったのは、悪霊たちのせいだったみたい。

 その悪霊も影の姿も気配も、すべてなくなっていた。

 代わりにいたのは、3匹の狐たち。

「降参だよ、降参! もー、反則だよぉ」

 もしかして、悪霊に擬態していた狐たち?

「すごい……本当の悪霊みたいだったのに……!」

 擬態の技術に、思わず感心してしまう。

「まあ、ボクたちだけの力じゃなくて、ホログラムも組み合わせているからね。っていうか、ここでいきなり本気出してくるとか、聞いてないよ、もう」

 狐たちはぶつぶつ文句を言っていたけど、私たちが想定外の強さだったってこと?

 想定外になったのは、クロウのおかげかもしれない。

「クロウ、ありがとう!」

 活躍してくれたクロウに視線を向ける。

「え……」

 私のすぐ傍で、火がついた団扇を仰いでいたのは、和服を身にまとった……カラス顔の……えっと……少年?

「クロウ……クロウなの?」

「全力で、なんて言うから。変化を解いただけ」

「変化を解いたって……それじゃあ、これがクロウの本来の姿なの?」

 頭はカラス、体は人……よく見ると、背中に翼が生えているみたい。

「狐じゃ……」

「鴉天狗。この学校では、レア度5に指定されているようだね」

 レア度高いし、男の子ぽいし、なんか強そうだし!

 最初からこんな雰囲気だったら、声をかけていなかったかもしれない。

「天狗様と同じチームなんて嬉しいねー」

「ねー」

 ネネとココが嬉しそうに呟く。

 この2匹は、いつから知ってたんだろう。

「……天狗というだけで、あやかしも、人も、一目置いてくれる。その過剰な期待や自慢の道具に使われるのは、こりごりだからね」

 そう言い残して、クロウはまた、狐の姿に戻ってしまった。

「そ、その姿になるのは、疲れないの?」

「歩かなくて済むと思えば」

 歩く気がないのか、私の肩に登る。

 まあ、よくがんばってくれたし、今日はこのまま、乗せてってあげよう。


『終了です。逃げることも視野にいれたレベルになってましたが、誰1人逃げることなく、よく戦いました。では、館から出てきてください』

 黒川先生の声が響いて、これが最後の敵だったと理解する。

 これ以上は厳しそうだったし、よかったかも。

『金星さん、あとでランク調整しますので、そのつもりで』

「は、はい……」

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