第10話 訓練開始

 翌日、午後。

 パートナーのあやかしと校舎裏の平原に集まる。

「それでは、チーム決めをしてもらいます。すでに話し合っている子もいると思いますが、決まり次第、チームでまとまって座ってください」

 黒川先生がそう切り出すと、私とマチ子ちゃんのところに、桃瀬くんと影山くんが来てくれた。

「昨日、話した通り、この4人チームでいいよな?」

 影山くんに言われて、私とマチ子ちゃんはもちろんだと頷く。

 あやかし同士の相性はまだわからないけど、チームを組むことは理解していたみたい。

 いまの時点で文句を言う子はいなそうだ。

 私たち4人とパートナーのあやかしは、みんなから少し離れたところで腰を下ろす。

「え、金星さん、影山くんと一緒? あのチーム、強すぎじゃない?」

「金星さん、そうでもないみたい」

 なんだかこそこそウワサされてるんだけど。

 私が神社の子だからできるみたいなイメージ、まだあるのかな。


 しばらくして、無事、4人チームが5つできあがる。

「それでは、これからチームで訓練を行っていきます。実戦に近い形でどのような技が出せるのか、うまく連携が取れるのか……自分の役割を確認してください。今回の訓練を通して、チームの変更や、パートナーの変更を考えてもいいでしょう。チームやパートナーが自分に合っているかどうかは、実際に、チームで悪霊と戦ってみないと見えづらいですからね」

 悪霊……その言葉に、みんなが少しざわついた。

「もう悪霊と戦うの?」

「いきなりすぎじゃない?」

 さすがにみんな、戸惑っているみたい。

「今回は、ホログラムや、悪霊に擬態したあやかしを相手にしてもらいます。みなさんのパートナーであるあやかしの能力を感知し、悪霊のレベルも変化しますので、極端な戦力差はありません。強制的に僕の方で調整することもできますが、思うように戦えず厳しいと思ったときには、逃げてください。逃げることも訓練のうちです。目的は、実戦でどう戦えるか。今後、いまのパートナー、チームでやっていけるかどうかの確認です」

 それって、うまくいかなかったらチーム解散ってこと?

 チームが解散したところで、他に組める相手もいないと思うんだけど。

 それこそ、先生が合いそうなメンバーで組み直してくれるのかな。

「が、がんばろうね、クロウ」

 しゃがんで、クロウに視線を合わせて声をかける。

「……なかなか厄介な訓練だ。これでは手を抜きづらい」

「ぬ、抜かないでくれると嬉しいんだけど」


 まず、準備を終えた1組目のチームが、施設内の洋館に入っていく。

 黒川先生は、平原の隅にある休憩所みたいなところで、パソコンを開いていた。

 私たちからは見えないけど、洋館内部の映像を確認してるみたい。

 他のチームは、どう動くか話し合ったり、技の練習、確認をする時間にあてられた。

「かなたのレベルに合わせて、強い敵が出てくるのかな」

「そこはチーム全体の戦力に合わせてくれるだろ。俺だけじゃどうにもなんねぇレベルになってるはずだ」

 協力しないとってことだよね。

「私とハナちゃんで、相手の戦力を少しでもさげれたら……」

 そうマチ子ちゃんが言う。

「敵が1人じゃないなら、強いのを見極めてもらった方がいいかもしれないな」

 影山くんの言うように、強いのを弱らせた方がスムーズに進みそう。

「ハナ、強いの怖い」

 話を聞いていたハナちゃんが、不安そうに呟いてマチ子ちゃんにしがみつく。

「弱いのやつの戦意を喪失させてくれるだけでも十分、ありがたいよ~」

 怖がるハナちゃんに無理をさせるわけにはいかない。

 桃瀬くんの言葉に安心したのか、ハナちゃんの顔に笑顔が戻る。

 影山くんも、相手が小さい子供にしか見えない座敷わらしだからか、さすがに本気を出せみたいなことは言わなかった。

「フウタ……あ、このかまいたちの名前なんだけど、フウタは攻撃だけじゃなく、風を起こすことで、相手の攻撃をいなすこともできると思うんだよね~。複数いたら、一か所に追い詰められるかも」

「しっかたねぇナー。暴れてやるゼ!」

 桃瀬くんからやんちゃなパートナーだとは聞いてたけど、たしかにそんな感じだな。

 でも、和を乱すってほどではなさそう。

「俺のパートナーは、こいつら……」

「ネネだよー」

「ココだよー」

「ネネとココって名前だったんだ」

 名乗る2匹を見て答えると、桃瀬くんが感心したように声をあげた。

「やっぱりすごいね、ひかりちゃん。僕には、ちゃんとした言葉に聞こえなかったよ」

「わ、私も……ナァナァ言ってるようにしか……」

 どうやら、マチ子ちゃんも、2匹の言葉は理解できないみたい。

「じゃあ、いまだけ特別―」

 そう言うと、ネネとココは、人の姿に変化してくれる。

 小学4年生くらいの男の子2人だ。

 一応、人の姿ではあるけれど、猫のよう耳と2本の尻尾がそれぞれついていた。

「これなら、わかるー?」

「あ、わかるよ~。ありがとう」

 どうやら人型なら、桃瀬くんにも言葉がわかるみたい。

「攻撃するときは、ネネもココも本来の姿に戻るけど。爪や牙で、実体を持っていない悪霊も、弱らせたり祓えたりするらしい」

 影山くんがそう説明すると、ネネとココは誇らしそうに胸を張る。

「僕たちに任せてー」

「決めちゃうよー」

 子供っぽいけど、頼もしい。

「ひかりのパートナーは……」

「クロウだよ」

「なにができんだ?」

 影山くんがそう言うと、みんなの視線が一斉にクロウに集まった。

「……いろいろと。訓練で見せるよ」

「弱いのは構わねぇ。けど、能力を感知されてる以上、1人がサボれば、他のやつの負担が増える。わかってんな?」

 影山くんに釘を刺されてしまうけど、もちろん、サボるつもりはない。

 みんなが頷く。

 どこまで正しく感知されているのかわからないけど、クロウも、さすがにサボらないでくれるよね?


 一応、話がまとまると、私たちは黒川先生のところに向かった。

「もうすぐ2組目が終わります。2組目の子たちが出てきたら、状態がリセットされますので、その後、洋館内にいる悪霊もどきを倒してください。悪霊に擬態しているあやかしは、擬態を解いた時点でクリア扱いになります。それ以上の攻撃はやめること。まずは1階、その後、最後に地下に行ってもらいます」

 あの洋館、1階建てだと思ってたけど、地下室があったんだ?

「それと……」

 黒川先生が、クロウを見下ろす。

 そういえば昨日、本気出してないとか、真面目に取り組んでないって注意されたんだよね。

 影山くんみたいに、サボるなって言われちゃうのかな。

「想定以上の敵が出てくる可能性も大いにあります。無理に戦えとは言いませんので、逃げることも考えてください」

 たしか、さっきもそんなようなこと言ってたけど、なんでクロウを見て言うんだろう。

 クロウはクルンと回ってみせると、その場で人型に変化した。

「逃げたくなったら、逃げるよ。当然ね」

 え、まさかの逃げる宣言?

 もちろん、逃げてもいいんだけど、影山くんが不機嫌そうにクロウを見つめる。

「お前……」

「みんな次第だよ。1人で逃げたりはしない」

 そうこうしている間に、2組目の子が戻ってきてしまう。

「それでは、行ってください」

 黒川先生に促されるようにして、私たちはすぐそこの洋館に向かった。


 玄関から中に入ると、少し異様な空気を感じ取る。

 近くに悪霊がいる空気感。

 うちの神社で、ときどき悪霊に取りつかれた人や人形を祓ってるんだけど、そういう人たちが来るときは、決まってこの空気を感じるんだよね。

 ホログラムでも、その辺はしっかり作られているみたい。

「それじゃあ、探しに行くぞ」

 影山くんも妙な空気を感じ取ったのか、真剣な口調で私たちに言う。

 それに合わせて、ネネやココも、猫の姿に戻った。

 チームのメンバーみんなと話すことも大事だけど、不意打ちでこられたら大変だし、すぐ対処できるようにしてるのかもしれない。

 まず1階の手前の部屋に入ると、暗い人の影のようなものが、ベッドの上に座っていた。

 影は激しく揺れている。

「ナニ……ナニシニ、キタ……?」

 ガサガサした声で、静かだけど、悪意を感じる。

 倒しにきた、なんて正直に言うつもりはない。

「遊びにきたんだよー」

 そう答えたのはハナちゃんだった。

 ハナちゃんは、どこからともなく毬を取り出すと、ぽーん、ぽーんとつきはじめる。

 全然、空気が読めていないって思ったけど、きっと、それがハナちゃんのいいところなんだよね。

 眠気を誘うような心地よい音が辺りに響いて、人影の揺れが少しずつ収まっていく。

 苛立ちや戦意を、喪失させてくれているみたい。

「い、いまのうちに……」

 マチ子ちゃんが、小さい声で呟く。

「ネネ、ココ!」

「任せてー」

 影山くんに呼ばれたネネとココが、体を巨大化させて、影に襲い掛かった。

「ナ、ナニヲ……ウァ、ウァアアアア……!」

 影は切り刻まれるようにして、あっという間に消滅する。

「……これって、倒せたってこと?」

 桃瀬くんの問いに、影山くんが頷く。

「まずは1体。準備運動みたいなもんだろ」

「能力を察知するとか言ってたし、こうやって、僕たちのデータを収集してるのかな」

「じゃあ、うまくいけばいくほど、敵は強くなるってこと?」

 つい思ったことを口にすると、

「だからって、わざと苦戦するとか、手抜くとかやめろよ」

 影山くんに、またもや釘を刺されてしまう。

「そ、そんなことしないよ。ここでラクしても、訓練にならないし。ただ……このシステムだと、疲れが出てきちゃったりしたら、結構大変……だよね?」

「たしかにねぇ。全力出しきった後に、さらに強い敵が現れたら、結構きついかも」

 桃瀬くんが、うんうん頷いてくれる。

「黒川先生、やたら逃げるよう言ってたし、最後は、絶対負けちゃうくらいのレベルになってるのかな」

 マチ子ちゃんの考えを聞いて、腑に落ちる。

 精神力は、ずっと持続するものじゃない。

「ちっ。そういうことかよ」

 影山くんは、あまり逃げたくないみたいだったけど、いけるとこまでいって、どこかでそういう選択をしなくちゃいけなくなるのかもしれない。

「とりあえず、次の部屋行ってみようか~」

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