第5話 狐のあやかし

 マチ子ちゃんとハナちゃんに手を振って別れたあと、私は小さな鳥居のある場所に向かった。

 地図を見て、気になってたんだよね。

 敷地内に神社みたいなものがあるのかな。

 お狐様は、神様の使いだって言われることもあるみたいだし、鳥居の近くにいるかもしれない。

 さっきお昼に残したご飯で、俵型のおにぎりも作ってきた。

 これも、コンちゃんの好物ってだけだけど……。


 鳥居はかなり小さいもので、人が通れる大きさではなかった。

 小さな鳥居の奥にはほこらがあって、付近には、何人かの生徒が集まっている。

 みんなお狐様目当て?

 あ、影山くんもいる。

 鳥居に目を向けると、金色で星のマークが入っていた。

 金星神社のマーク?

 この鳥居、金星神社が寄付したのかな。

「お嬢だ!」

「お嬢!」

 なにかに気づいた様子の声が聞こえてきた。

 あやかしの声?

 木陰に隠れるようにして猫が2匹……声の出どころはそこみたい。

 猫又に違いない。

「お嬢って……もしかして私?」

 自分に言われた気がして答えると、あやかしたちより先に、生徒が振り返った。

「なんだ、独り言かよ」

 男子生徒が、そうつまらなそうに呟くと、鳥居の傍にあるほこらに向かって手を合わせる。

「金星神社の神様、どうかあやかしと会えますように」

 そういうお願いをしに来てたのか。

「できれば、レア度高めのかっこいいやつで!」

 まあ、願う気持ちはわかるけど、それ聞いちゃったら、レア度低めに設定されてる子たちは、意地張って、もう出てこないんじゃないかな……。

「ボクたちの声すら聞こえてないのに、そんなの無理だよ」

「でも、ランクの高いあやかしは、人間に言葉を届ける力が強いから、そっちの方が聞こえるってこともあるのかも」

「えー」

 2匹の猫が好き勝手に話す中、お参りを終えた男子は、その場を去っていく。

 他の生徒も、同じようにお参りしたり、辺りを見渡したりしていたけれど、猫たちには気づいていないみたい。

「あれ、金星さんだよね」

「金星さんなら、お参りなんてしなくても、あやかしの方から寄ってくるんじゃない?」

「うらやましー」

 去り際にそんなことを言われたけれど、本当に羨ましがられてるのか、イヤミなのか、ちょっとわからない。

 ただ、あまりいい気はしなかった。

「お、おい。さっきの話、本当か?」

 影山くんが、少し大きな声をあげる。

「さっきの話って……もしかして、あやかしの方から寄ってくるってやつ?」

 そんなことないって言いたいとこだけど、実際、お嬢だって私のことを呼んでくれるあやかしが、すぐそこに2匹いる。

 寄ってきたわけじゃないけど。

「金……ああもう、ひかりに言ったんじゃねぇ」

 金星って言いたくないのかな。

 私も、あまり目立ちたくないし、そっちの方が助かるかも。

「ボクたち?」

「ボクたちの声、聞こえるの?」

 木陰で、2匹の猫はお互い目を見合わせる。

「さっき、ランクの高いあやかしの方が、聞こえることもあるとかなんとか……」

「どっちとも言えるんだけど、力のあるあやかしは、聞こえるように話すことも、聞こえないように話すこともできるからね。つまり声が大きくて、見つけやすくても、それが低ランクとは限らないってこと」

「ボクたちの声すら聞こえない人間は、低ランクだよねぇ」

 ちょ、ちょっと口悪いなぁ。

 でも、私たちもあやかしのこと、レア度とか、ランクで意識しちゃってるし、あやかしの方が、私たちをランクで見ていてもおかしくはない。

「その点、キミの耳は合格だよー。あとは早く見つけてくれないかなぁ」

 猫の言葉で気づく。

 影山くん、さっきからあやかしの方、見ていないみたい。

 どこから話しかけられてるか、わからないんだ……。

 中性的な男の子の声って感じで、猫の声には聞こえないし、難しいのかも。

「お嬢、教えちゃだめだからねー」

「わ、わかった。教えないよ」

 影山くんを試したいのかな。

 声を聞いて欲しくて、姿を見つけて欲しいなんて、なんだかかわいらしい。

 邪魔しちゃ悪いし、ここは任せよう。


 鳥居の近くを探してみたけれど、お狐様はいなかった。

 生徒がたくさんお参りに来ていたし、お昼寝し辛い場所になっていたのかもしれない。

 それ以外の場所も歩き回ってみたけれど、今日、見つけることができたのは、かまいたち、座敷わらし、猫又、河童……それと生徒のフリをして紛れてたあやかしが、何人かいたくらい。

 3日間は、本来の姿に近い形でいてくれるって話だったけど、その理由は『能力を判断するため』だ。

 能力が判断できるなら、人に擬態していても、たぶん問題ないってことだろう。

 最初から人の姿に近い雪女とかかもしれないし、擬態がちゃんと見破れるか、試してるってことも考えられる。

 擬態したあやかしと勘違いして、生徒に声をかけちゃったりしたら最悪だし、よっぽど自信がない限り、声はかけられそうにない。

 いつしか日も落ちて、ところどころ外灯があるとはいえ、だいぶ暗くなってしまった。

 夜行性のあやかしは、この後、姿を現してくれるかもしれないけど……。

 ここで帰ったら、残すはあと1日。

 厳しいな……そう思っていると、目の前を大きな蜘蛛が横切った。

「わっ!」

 蜘蛛……ううん、蜘蛛女?

「あら、あらあら。もしかして、ウワサになってる金星の子?」

 私、ウサワになってるんだ……?

「い、一応、そうです」

「それなら、少しくらい話してあげてもいいわ。考えごと?」

「その……お狐様を探してて。この辺で見なかった?」

「うーん。狐は、あんまりいないわ」

「でも……」

 レア度は星2のはず。

 ただ、あやかし相手に、レア度とかランクみたいなことを伝えるのは気が引ける。

「パートナーを見つけられなかった子の多くは、狐と組むの。それは知ってる?」

「第一候補ってことなら……」

「そう。だから、狐たちの多くは、別のエリアに隔離されてるのよ」

「え……」

「教師たちのもとで、特訓でもしてるんじゃないかしら。というか私を前にして、狐の話? やだやだ」

 蜘蛛は、そう言い残して私のもとを去っていく。

 どうやらプライドを傷つけてしまったみたい。

 やっぱり、あやかしと仲良くなるのって、難しいなぁ。

 金星の子じゃなかったら、話す機会すらもらえなかったかもしれない。

 私から金星を取ったら、なにが残るんだろう。

「はぁ……」

 川辺にあるベンチに腰掛けて、お弁当箱に入れておいたおにぎりを取り出す。

 お狐様がほとんどいないなら、私の計画は台無し。

 先生も、ちゃんと教えてくれたらいいのに。

 あやかしとコミュニケーションを取って、自分で情報収集するのも課題なのかな。

 おにぎりを一口かじると、柔らかい風が、私の頬をくすぐった。

 風が吹いてきた方に目を向けると、大きな木。

 枝の上には……。

「え……狐?」

 思わず立ち上がる。

 カラスでもとまりそうな位置に、なぜか黒い狐が乗っかっていた。

 黒い狐も珍しいし、木の上にいるのも珍しい……よね?

 なんで、あんなところに……。

 降りれなくなっちゃった?

「だ、大丈夫?」

 声をかけると、黒い狐は、勢いよく木の上から飛び降りた。

「危ない!」

 抱きとめようと手を出したけど、狐は私の腕をすり抜けるようにして、地面に着地する。

 そ、そうだよね。

 ここにいるってことは、普通の狐じゃないんだろうし、これくらいの高さは平気か。

 仲良くなれるかな。

 でも、どう話しかけたらいいんだろう。

 自己紹介?

「えっと……その、私、ひかりって言います。あなたは?」

 黒い狐は、私を見あげて、少し首をかしげる。

 もしかして、言葉、伝わってない?

 私には聞き取れない声で話してるってことも考えられる。

 会話ができないんだとしたら、さすがにパートナーには選べない。

 選べないけど……。

「……おにぎり、食べる?」

 自分が口をつけていない方のおにぎりを1つ差し出すと、狐は、私の目の前で、人の姿に変化してくれた。

 黒髪のかわいい女の子だ。

 同い年か、少し年上くらいに見える。

「ありがとう」

 女の子は、そう私から、おにぎりを受け取ってくれた。

 これってもしかして……いい感じ……?

「あ、あの……」

 とりあえず、他にパートナーがいないか確認しないと。

 そう思っていると――

「金星神社の子……だね」

 また言われてしまう。

 気づいてたんだ……。

「うん……」

「じゃあ、こんな平凡な狐より、もっとランクの高いあやかしに声をかけたらいい。レア度も低いしね」

「私は、あなたがよくて……」

「どうして?」

 どうしてって。

 どうしよう。

 狐がいいとは思ってたけど、その中で、なんでこの子にしたかって、ただ偶然、会えたからでしかない。

「ないんだね」

「あ……会って、私としゃべってくれたから!」

「誰だって話すよ。きみとなら」

 そうかもしれないけど。

「まあ……低ランクの狐に、わざわざおにぎりをくれるのは、きみくらいかもしれないね」

 おにぎりを食べる女の子の横顔が、少し微笑んでいるように見えた。

 やっぱり、仲良くなれる……かも。

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