第4話 座敷わらし
今日の授業は午前だけ。
国語と数学と社会の授業を終えて、迎えた4時限目、ついにあやかしについての授業が始まった。
「みなさん、タブレットでいろいろと調べていると思いますが――」
黒川先生は、レア度や友好度、主な活動時間帯なんかを教えてくれる。
「パートナーになったら、夜行性のあやかしもある程度、こちらに合わせてくれるでしょう。ただ、昼寝しているあやかしを起こして交流を取ることが、いかに難しいか、そこは理解しておいてください」
もし夜行性のあやかしをパートナーにしたいなら、夜に探すとか、昼なら寝起きだから注意しないといけないってことね。
お狐様は、たしか夜行性だけど、夕方なら大丈夫なはず……。
「自分がどういった戦い方をしたいのか、考えることも大事です。簡単にいうと、攻めたいのか、守りたいのか、支援したいのか……そういったことを意識してください。近い考えを持つあやかしが、相性のいいパートナーと言えるでしょう。この辺の考えが合わないと、戦闘時、思うように力を発揮することができません」
私は攻めたいのに、パートナーは守りたい……みたいな状態じゃ、うまく戦えないってこと?
「役割分担するとかじゃ、ないんですか?」
男子生徒が手をあげて質問する。
「人が守りを固めて、その間にパートナーのあやかしが攻める……といったやり方もありますが、それは高いレベルにいる者同士……上級者の戦い方だと思ってください。たとえば……」
黒川先生は、ホワイトボードに長方形を書くと、左右に小さい四角を書き足す。
これって、サッカーコート?
「あなたがゴールを守っている間に、向こうのゴールに点を入れて来て欲しいと向かわせるのではなく、2人で一緒に点を取りに行くといった感じです。もしくは、一緒にゴールを守ってもいい。2人だけですべてを解決するのではなく、他のポジションは、別のチームメンバーに任せることになります」
丸や星で、人やあやかしを表現しながら、サッカーに置き換えて説明してくれる。
「じゃあ、チームで戦うってことですか?」
再度、質問をする男子に黒川先生が頷く。
「はい。これはいずれ伝える予定でしたが、パートナーが決まったら、次にチームを作ってもらいます。ただし、現時点では、チームバランスのことまで考える必要ありません。あくまで自分の考え方にあったあやかしを見つけてください」
小学校でも班決めはあったけど、ここでは一緒に戦うチームって扱いみたい。
「パートナーが見つからなかったら、どんなあやかしと組むことになるんですか?」
別の生徒が、先生に質問する。
「基本的には生徒に合わせますが、レア度星2以下のあやかしと思ってください。たとえば狐のあやかしは、戦闘を行うにもバランスがいいので、第一候補です」
レア度星2以下……その上、狐のあやかし?
それじゃあ私、お狐様をパートナーにしても、認めてもらえないんじゃ……。
どうしよう……。
午後は、各自パートナー探しをしていいらしい。
その前に、私とマチ子ちゃんで食堂に向かった。
少し多めによそってもらったご飯を持って、席につく。
「お狐様にあげるおにぎりの分だね」
マチ子ちゃんに聞かれて頷く。
「うん。少し多めにご飯を入れるくらいならいいって、昨日言われたんだけど……」
ついため息を漏らしそうになる私を、マチ子ちゃんが心配そうに覗き込む。
「どうかした? ひかりちゃん」
「パートナー、お狐様でいいのかなって……」
マチ子ちゃんは、私の心境をなんとなく理解してくれているみたいだった。
「あやかしが見つけられなかった子も、お狐様が第一候補だって、先生言ってたもんね」
「昨日は、影山くんと勝負する気ないし、それでいいつもりだったけど。見つけられなかった子と一緒じゃ、みんなに認めてもらえないような気がして……」
だからって、無理に合わないあやかしとパートナーになるのがいいってわけでもないけど。
「私も、受験ではラクしちゃったから、ちゃんと認めてもらわないとって思ってたけど……昨日、ひかりちゃん言ってくれたでしょ。あやかしの姿が見えて、声がちゃんと聞こえたことには変わりない。私の本気が伝わったんだって。みんなが認めてくれるかどうかはわからないけど、私たちのことは、きっとコンちゃんが認めてくれてるよ」
「コンちゃんが……」
マチ子ちゃんを受からせたのは、コンちゃんだ。
親の推薦だって思ってたけど、私を推薦してくれたのも、コンちゃんかもしれない。
「……よし。コンちゃんのこと信じよう!」
「うん!」
もちろん、みんなが認めてくれたら嬉しいけど、パートナーは、みんなを認めさせるための道具じゃない。
「私たちが次に認めさせる相手は、パートナーのあやかしだね」
私がそう言うと、マチ子ちゃんも、うんうん頷いてくれていた。
お狐様が動き出す夕方まで、まだだいぶ時間もあるし、私は、マチ子ちゃんと一緒に、敷地内の家を覗いてみることにした。
「売店で買ったオリガミと、紙風船……あとは、シャボン玉と、あやとりくらいしか用意できてないんだけど。大丈夫かな」
マチ子ちゃんは心配そうにしていたけど、座敷わらしと仲良くなりたいって気持ちが伝わってくる。
「昨日は、それ使わなかったんだよね?」
「うん……。一応、家も少し覗いてみたんだけど、他の生徒もいたし、そんな中、1人で遊ぶ勇気が……」
たしかに、なにしてるんだって変な目で見てくる子もいそうだし、周りの目を気にした状態じゃ、楽しそうだって座敷わらしに思ってもらえないかも。
「今日は、がんばってみる!」
「私、少し時間あるから、一緒に遊ぼう!」
「いいの?」
「うん! 座敷わらしがいる場所さえわかれば……」
校舎の裏には、庭園や森、小さな小川が広がっていた。
タブレットで地図の確認はしてたけど、やっぱりかなり広い。
「この家と、この家が、日本のおうちみたいで、いるとすればこの2つかなって思うんだけど。こっちは一応、昨日覗いた家だよ」
マチ子ちゃんが、地図を開いて2つの家を指差す。
「両方覗いてもいいかもしれないね。先に行ってない方の家、覗いてみようか」
2人で、1つめの家に向かっていると、大きな声が聞こえてきた。
「どこだよ、出てこい!」
「隠れてんじゃねぇ!」
あまりにも大きな声で、私もマチ子ちゃんも思わず足を止める。
「あ、あんな大声出されたら、座敷わらし逃げちゃうよ……」
「だね。あんな風にあやかしのこと探してたんだ……」
この中で1人で楽しく遊ぶ勇気は、私もないかも……。
座敷わらし以前に、あやかしじゃなくても警戒する。
さすがにちょっと呆れていると、突然、突風が彼らを襲った。
「うわっ、なんだよ」
「家ん中、入ろうぜ!」
この調子じゃ、見つからないのも当然だ。
「私が行く予定だった家……」
「うーん……そっちの家は、かまいたちの住処なのかも。風を起こして、あの子たちを呼び込んだんじゃないかな」
「それじゃあ、さっきの風って……」
「屋根まで伸びてる木に、イタチみたいなのがいたから、その子のしわざかな」
大声を出してた男子たちが原因とはいえ、かまいたちの方も、ちょっと気性が荒そうだし、パートナーになるのは難しいかも。
ああいう攻撃的な子が味方だったら、心強いとは思うけど。
「あ、もちろん一緒に住んでる可能性もあるけど……」
「あの男子たちとかまいたちがやりあってる場所で、遊ぶのはちょっと……」
「うん。座敷わらしも、同じ気持ちだと思う……」
「もう1つの家、行ってみようかな。昨日、遊べなかったし」
「そうしよう」
マチ子ちゃんの提案を聞き入れる形で、もう1つの家へと向かう。
なぜかカラスが少し離れた位置から私たちを追ってきてたけど……偶然かな。
そうして辿り着いたのは、縁側のある大きな家だった。
「すごい、立派なお家……!」
感動して思わず声が漏れる。
「そうなの。でも広すぎて、どこをどう探せばいいのか」
「手当たり次第、探しても見つからないだろうし、とりあえず……遊ぶ?」
「うん!」
私の提案に賛成してくれたマチ子ちゃんが、カバンからシャボン玉を取り出す。
「えっと……縁側、おじゃましていいかな」
マチ子ちゃんが、きょろきょろとあたりを見渡す。
「いいよ」
どこからともなく声が聞こえてきて、私はほっと一安心した。
「いいって!」
「え? いいって……誰か言ってくれた?」
「あ、うん。そう聞こえた気がしたんだけど……もしかして、気のせいだったかな」
誰の声かはわからない。
「誰かが招いてくれてるのかもしれないね。それじゃあ、お邪魔します」
シャボン玉、オリガミ、あやとりをして、マチ子ちゃんと遊ぶ。
「私、オリガミとかあやとりとか、全然わかんないんだよね」
マチ子ちゃんは、そういう遊びをよく知ってるみたい。
「これがバラだよ」
「ええっ? オリガミでバラとか折れるの?」
私は、ツルの折り方すらあいまいなのに。
「すごい……」
私が感心していると、近くに置いてあった紙風船が、コロコロと転がってくる。
風……?
ううん、座敷わらしが近くに来てる?
座敷わらしも、オリガミのバラが気になるんだ……!
「マチ子ちゃん、もう1回、バラ、折ってくれる?」
「うん、もちろん」
マチ子ちゃんの真似をして、私もオリガミを折っていると、近くを通りかかった女の子たちの声が聞こえてきた。
「なにあれ。寮でやればよくない?」
「遊びに来てるの?」
遊びに来てるわけじゃ……いや、遊びに来てるのかな。
そもそも遊びに来ててもいい場所だと思うけど、この3日間は、たぶんみんな課題のために来てるんだよね。
「あ、あの子、金星神社の子か。なるほどねー」
なにがなるほどなんだろう。
やっぱり、余裕ぶってるとか思われてるのかな。
「……ごめんね、ひかりちゃん。私につき合わせちゃって」
「ううん。気にしなくていいよ。私ももう少ししたら、仲良くなれそうな子探してみるし」
マチ子ちゃんのせいじゃない。
「ありがとう。遊んでるだけに見えるかもしれないけど……それじゃあもう少し、一緒に遊ぼう」
「うん!」
落ち込んだりはしていないみたいでホッとする。
引き続き、私はマチ子ちゃんの真似をして、バラをしあげていく。
「で、できた……?」
マチ子ちゃんの真似をして折ったはずの私のバラは、なんだかぐちゃぐちゃで、明らかに失敗だった。
「へたっぴ」
すぐ近くで、誰かが私のオリガミをバカにする。
「なっ……!」
たしかに下手だけど!
「くすくす。へたっぴ、へたっぴ!」
「バラなんて、はじめてだったんだもん!」
「難しいよね。私も、うまく教えられなかったかも……」
思わず言い返しちゃう私を、マチ子ちゃんがフォローしてくれる。
……って、あれ、いまの声……。
「くすくす」
気づくと、マチ子ちゃんのすぐ後ろから、和服姿の小さな女の子が、笑いながら顔をのぞかせていた。
座敷わらし……!
「え、えっと……」
マチ子ちゃんも気づいたのか、振り返りながら少し戸惑っていた。
そんな私たちとは対照的に、お人形みたいに小さくてかわいらしい女の子は、すでに心を開いてくれているみたい。
「ハナも作った。見て、見て!」
自分をハナと名乗りながら、オリガミのバラをマチ子ちゃんに見せる。
「わぁ、きれいに折れてる!」
「バラを折るのは、ハナもはじめてだったけど」
う……なんか、勝ち誇られてしまったけど、仕方ない。
本当に、私の負けだもん。
「教え方じょうず!」
「あ、ありがとう」
たしかに、私が不器用なだけで、マチ子ちゃんの教え方が下手だったわけじゃない。
座敷わらし……ハナちゃんなりに、マチ子ちゃんをフォローしてるのかな。
この2人、うまくいきそうかも!
「他にもハナに教えて」
「うん! なにがいいかな」
よかった!
ここは2人にしておいた方がいいよね。
私も、自分の方のあやかし、見つけないといけないし。
「マチ子ちゃん、私、そろそろ行くよ。マチ子ちゃんは、ここでゆっくりして」
「私の方だけ、つき合ってもらって……」
「ううん。大丈夫! それじゃあまた!」
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