第2話 このことはみんなには秘密

 ひとまずマチ子ちゃんと一緒に寮に戻ると、少しだけ荷物整理をして、その後、食堂に向かった。

 時刻は昼の12時を過ぎたところ。

 他の生徒たちも、ちらほら見かける。

「2組も、やっぱり最初の課題はパートナー探しなのかな」

 私は、テーブルに運んできたご飯に箸をつけながら、正面に座るマチ子ちゃんに尋ねた。

「パートナーに関しては受験前に聞いてたから、2組も同じだと思うよ。みんな入学前から、どんなあやかしと組みたいか、いろいろ考えてたんじゃないかな」

 マチ子ちゃんも座敷わらしがいいって考えてたみたいだし、急いで教室を出て行った生徒も、もしかしたら前々から考えていたのかもしれない。

「私は、今日のうちに、どんなあやかしがいるのか確認して、明日の授業を聞いてから、考えようかな」

 マチ子ちゃんみたいに、自分自身の戦闘スタイルも決まってないし。

「ひかりちゃん、あまり知らずに入学することになったんだよね? だったら、迷うのも当然だし、それがいいかもしれないね」

「どんなタイプの子が自分に合うか、把握してからで……」

 そんな話をしていると、隣のテーブルから、ひそひそ声が聞こえてきた。

「あの子、明日考えるって……めっちゃヨユーじゃん」

「さっき1組の子に聞いたけど、金星神社の子でしょ。推薦入学らしいし、そりゃあヨユーにもなるって」

 私のこと、噂してる?

 隣のクラスの子かな。

 推薦入学っていうか、受験はパスしちゃったんだけど。

「ひかりちゃん……」

 心配そうにマチ子ちゃんが私の顔を覗き込む。

「余裕なんて、ないんだけどね……」

 隣のテーブルの子たちには聞こえないように、小さい声で呟く。

 余裕がないからこそ、ちゃんと自分に合うタイプを見極めたいんだけど。

 あやかしにだって相性はある。

 人と一緒……誰とでも仲良くなれるわけじゃない。


 昼ご飯を済ませると、私たちは部屋に戻って荷物整理を再開させた。

「マチ子ちゃんは、この後、座敷わらし探しに行くの?」

「ちょっと見てこようとは思ってるんだけど、どこを探せばいいのか……」

 私は荷物整理の手を止めると、タブレットで、学校の地図を開いた。

 座敷わらしは、民家の一室に住み着くなんて言われてるけど、敷地内には、校舎と寮以外にも、4つほど家が建っている。

「いるとすれば、この4つの家のどこかかな」

「そうだね。1つは訓練施設で、あとの3つは出入り自由らしいよ」

「出入り自由かぁ。座敷わらしは、そんなに気にしないだろうけど、お狐様は、突然押しかけたら、機嫌損ねちゃうかもしれないね」

 なにか手土産でも用意しないと。

「さすがひかりちゃん。そういうことまで考えるんだ……」

「え?」

「みんな、気にしないで押しかけちゃうんじゃないかなぁって。入っていいって言われてるわけだし、空き家でしょ。遠慮せず入っちゃいそうじゃない?」

「たしかに……空き家だったら、私もそこまで気にしないかもしれないけど、あやかしの家だって思って」

「そっか。空き家じゃなくて、あやかしの家だって思った方がよさそうだね」

 マチ子ちゃんは、手帳サイズのノートを開くと、わざわざメモを取っていた。

 すごく真面目で、がんばり屋さんみたい。

「ひかりちゃんって、あやかしのことちゃんとわかってる感じだね」

「うちの神社にもいたから、少しは馴染みあるけど。気難しい子多くて、仲良くできたのは一部だよ」

 そう言う私を見て、マチ子ちゃんは噴き出すみたいに笑った。

「あはは。それ、すごいことだから、みんなの前ではあまり言わない方がいいかも」

「え……?」

 マチ子ちゃんは、整理していた荷物の中から、大きめの封筒を取り出す。

「これ、受験マニュアルなんだけど、見る?」

 封筒から取り出されたのは……冊子?

 見せてもらうと、そこには受験の手順のようなものが書かれていた。

 1時間以内に、あやかしと接触を図ること。

 会話を成立させること。

 触れること。

 あやかしに、入学を認めてもらうこと。

「影山くんが、どんな気持ちで、受験突破してきてると思ってんだって言ってたけど、受験って、こんなのだったんだ……? あやかしが試験官ってこと?」

「そんな感じかな。面接もあったし、これは試験の一部だけど。訓練場を使ってやったの。そもそも、あまり見えない子は見つけるのに苦労していたし、見えても声が聞こえない子はダメでしょ。そういえば、無理に触れようとして、失格になってる子もいたような……」

「無理に触れるのはよくないよ」

 それくらいは、私でもわかる。

「時間制限もあったし、焦っちゃったんだろうね。なんか、触れた瞬間、意識を失っちゃった子もいたみたい」

「あやかしの力が強かったのかな。触られるのがイヤで、気絶させたとか……」

「詳しくはわからないけど。人によっては、探し回ったり、すごく大変な受験だったんだよ」

「マチ子ちゃんは?」

 やっぱり、大変だったのかな。

「実は……6人くらいで一緒に受けたんだけど、みんなが急いで飛び出してったあと、私も急がなきゃって焦って、うっかり転んじゃったの……。しかたなくゆっくり歩いてたら、大丈夫ですかって、声をかけてくれた金色の狐がいて。私に寄り添ってくれたんだよね。それが……試験をしてくれていたあやかしで、受かっちゃった」

「そんなことが……」

「ケガしてる子なんて、ほっとけないよね。それで私、自分であやかしを見つけたり探したりしてないから、ちょっとずるい受かり方しちゃったなって思ってるんだ。内緒だよ」

 マチ子ちゃんは、人差し指を口元にあてながら、そう内緒の話を教えてくれる。

 なにもせずに入学した私にだからこそ、話してくれたのかもしれない。

 当然、私はマチ子ちゃんのこと、ずるいだなんて思わなかった。

「あやかしの姿が見えて、声がちゃんと聞こえたことには変わりないよ。マチ子ちゃんの本気が、伝わったんじゃないかな」

「ひかりちゃん……」

 マチ子ちゃんは、なにか思うところがあったのか、まるで私の言葉を噛み締めるみたいに一呼吸置いて、

「ありがとう」

 そうお礼を言ってくれた。

「金色で大きな尻尾が2本あって、すごくかわいい狐だったよ」

 金色で大きな尻尾が2本?

「うちの神社にいる子も、金色で尻尾が2本あって、すごくかわいいよ。コンちゃんって言うんだけど、かわいいって撫でると、人の姿になって『私は男ですからね』って、むっとしてくるの」

 かわいいより、かっこいいって言われたいのかもしれないけど、あれはたぶん、照れてるんだと思う。

「金色の狐って、よくいるのかな」

「どうだろう。コンちゃん、自分だけ珍しい色してるから、ちょっと得意げになってたし、そんなにいないかも」

「じゃあ……もしかして……」

「え……もしかして……」

 私はカバンの中からスマホを取り出すと、お正月に撮った家族写真を表示させる。

 そこには、お父さん、お母さん、お兄ちゃん、私。

 それと、人の姿になったコンちゃんが映り込んでいる。

 高校生のお兄ちゃんより少し大人っぽい。

 そういえば、お兄ちゃんは別の中学校に通ってたはずだけど、あやかしの手を借りなくても、悪祓いできる力を持っているってことなのかな。

 もしそうなら、この学校に入れられた私って、金星家のおちこぼれ?

 もちろん、ここに来ているみんなの前でそんなこと、言えないけど。

「ひかりちゃん?」

「あ、ごめん!」

 少し黙ってしまっていたけど、慌てて表示した画面をマチ子ちゃんに見せる。

「これがコンちゃん。狐の姿のときは映らないことの方が多いんだけど、人の姿で映りたがるんだよね」

 どうも人の姿の方が、人間の目に馴染みやすいみたい。

 当然、画像にも、狐のときよりはっきり映っている。

「この人……! 受験のときにいたよ。金髪で和服だし、人とはちょっと違うなぁって思ってたんだけど、この人、狐のあやかしだったんだ……」

 というか、コンちゃん、試験官だったんだ……!

「今度、お礼言わせて欲しいなぁ」

「うん。コンちゃんも喜ぶよ」

「ひかりちゃんが受験パスしたのも、納得だね。普段から、試験官のコンちゃんと普通に話してるんだもん」

「ふふ。そうかもしれないね」

 一応、受験に受かるだけの素質はあったみたい。

 でも、やっぱりこのことはみんなには秘密にしておこう。


 ひとまず、私はタブレットで情報を確認することを優先した。

 もちろん、実際に会うことも大事だけど、いきなり知らないあやかしが出てきたら、焦って失礼な態度を取ってしまうかもしれない。

「うーん。やっぱり狐のあやかしかなぁ」

 タブレットを操作しながら呟くと、それを聞いたマチ子ちゃんも、タブレットで情報を確認する。

「レア度は、星2。ちょっと低めだね。影山くんに、負けちゃうかもしれないけど」

 そういえば、私よりすごいあやかしをパートナーにするって、言われたんだっけ。

「勝負する気、ないんだけどなぁ。合わない子をパートナーにするわけにもいかないし」

「そうだね。その点、狐のあやかしなら、ひかりちゃん、慣れてそうだもんね」

「コンちゃんのおかげで他のあやかしよりは、わかりそうだよ。もちろん個人差はあるだろうけど、日にちもあんまりないし……」

 やっぱり3日って、短すぎ。

 でも、一緒に訓練してみなきゃ、どのみちわからないってことかな。

「仲良くなれなきゃ、いくらレア度の高い子を見つけても意味ないもんね。私、大丈夫かな……」

 そう言いながら、マチ子ちゃんは、少し不安そうな表情を浮かべていた。

 不安にさせるつもりはなかったけど、これくらい慎重でもいい気がする。

「座敷わらしは、遊ぶのが好きみたいだから、なにかオモチャとか持っていくといいかもしれないね」

「そうだね。売店、行ってみるよ。お狐様は、なにか好きなものとかあるの?」

 お狐様が好きな物……かぁ。

 なんだろう。

「コンちゃんは、おにぎりが好きみたいだけど……狐がみんなおにぎり好きってわけじゃないのかも。なにもないよりいいかな」

「食堂で、少しならご飯わけてもらえたりできるかもしれないね」

「夜、食堂で聞いてみるよ」

 それから、マチ子ちゃんは売店へ。

 私はタブレットで見れるあやかしの情報を、ひたすら頭に詰め込んだ。

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