美少女の正体は

 おかしい。俺の中の何かがおかしい。

 まるで時代劇の殺陣たてのように俺も覆面男達もよどみなく動き、バタバタと覆面男達が倒れ死んでいく。

 俺に格闘技の経験はない。喧嘩の経験もない。でも今の俺はアクション映画の武術の達人のように迷いなく躊躇ちゅうちょなく動き、容赦なくとどめを刺す。

 拳が痛い。人間の体は腹部を除くと何処を殴っても骨に当たる。

 折れてはいないみたいだが、指をほんの少し動かしただけで針で刺されたような鋭い痛みが走る。

 遠くでパトカーと消防車のサイレンの音がした。

 「吾妻あづまさん……」

 吾妻さんは肩で息をしている。倒れたまま動かない覆面男達を呆然とした顔で眺めながら。

 サイレンの音が近づいてきている。吾妻さんの車が爆発した音を聞いた誰かが通報したのかもしれない。

 「吾妻さん。どうしますか。たぶん、警察と消防がここに来ると思うんですけど」

 呆然とした吾妻さんの顔が俺の方へ向いた。

 「あんんたはどうすんの?」

 「俺は……」

 映画やドラマなら逃げるのかもしれないが、逃げてどうすると言うのか。無実の罪を着せられたわけではないし倒さなければならない敵が居る訳でもない。俺が逃げる理由としてあげるなら、この覆面男達を殺した罪を問われたくないから逃げるだろうか。

 しかしそうなると吾妻さんが疑われるかもしれない。爆破されて黒煙を上げている車は吾妻さんのものなんだから。

 「おれは……残りますよ」

 吾妻さんがじっと俺を見て言った。

 「そう。なら私も残るわ。逃げても行く当てなんて無いし」

 俺も吾妻さんも天涯孤独の身で頼れる人が一人もいない。

 

 ****


 「どういうこと?」

 パパに頼んでいた久我君の指紋照合の結果を聞いた私の眉間に自然としわが寄る。

 「顔認証では9割一致という結果が出たが、指紋は全くの別人だ」

 「そんなことってある?実は双子でしたって言うつもり?」

 「いや、久我健人くがけんとに双子の兄弟はいない」

 「じゃあどう言う事?」

 「言った通りだ。顔は本人の可能性が高いが、指紋は本人じゃない」

 「つまり、誰かが彼の顔をかぶっているってこと?指紋を取り損ねたと言われた方がまだ納得が出来るんだけど?」

 こんな事なら髪の毛を何本か毟り取っておくんだった。そしたらDNA鑑定で確実に本人確認が出来たし居所を探知する事も出来た。

 でもまさか目の前に現れるなんて。もう死んでると思ってたのに。ありえないでしょ。綾小路さんなんて、未だに心臓のバクバクが止まらないって言ってるのよ。何か嬉しそうだからいいけど。

 とにかく「探して確かめて。本当に別人なのか」

 「パパも警察ももっと重要な事件の捜査で忙しいんだけど」

 「それでもやってくれるなんてありがとう、パパ」

 「いや……すぐには無理だぞ」

 「分かってる。私が家に帰るまでに探してくれたらいいから」

 「いや待てそれは——」

 パパとの通話を切った私は、お風呂に入っている綾小路さんが出てくるのをネット動画を見ながら待つことにした。

 

 スマホが鳴った。見るとパパからだった。

 「見つかったぞ。というか、捕まったぞ」

 私は少しだけ考えて聞いた方が早いかと尋ねた。

 「どこで何で捕まったか教えて」

 「とある資産家が持つ山の上にある別荘の前で車が爆発して、その音を聞いた付近の住民が通報して、警官と消防士が現場に駆け付けたら彼と大学生の女性がいて――」

 大学生の女性?

 「——覆面をした9人の男たちの死体が転がっていた」

 覆面をした、9人の、死体……?

 「彼等の話によると、自分を悪人だという井ノ原という男とその仲間に襲われて、やむをえず反撃をして……殺してしまったらしい。信じられない話だが、その現場に駆け付けた警官によると……嘘と断定することは出来ないそうだ」

 「何処に居るの?会いに行くから先生に電話して私の外出許可を出して貰って」

 「今日はもう遅いから明日にしなさい」

 「とある資産家って誰?車が爆発したのは何で?何でそんな所でそんな事が起きたの?どうやって9人の男達を2人で殺したの?」

 「取り調べは明日の朝からだ。今から行っても無駄だ」

 「パパも気づいてるでしょ。この事件が表に出ることは無いって」

 警察にいるのは善人だけではない。善人の振りをした悪人もいる。上にも下にも。厄介なのは、善人でも悪人でもない、ただ最低限の仕事だけをこなすやる気のない人間。そういう怠惰な人間は余計な仕事や面倒事を嫌う。真面目に働いている警官からしたら鼻つまみ者だが、悪人からしたらとても扱いやすい人間だ。

 「手順させ合っていればろくに確かめずに手続きをしてくれる間抜けは何処にでもいるものね」

 浴室から聞こえていたシャワーの音が消えた。

 「私がお風呂から出て来るまでに外出許可と迎えを用意しておいてね」

 数分後、浴室から出て来た綾小路あやのこうじさんと入れ替わりで浴室に入った私は手早く体を洗って、部屋着と言えなくもない私服に着替えた。

 「え、もう終わったの?」

 「ちょっと急ぎの用があって出かけるから」

 「出かける?どこへ?外出禁止だよ?」

 「大丈夫。先生には許可もらってるから。だよね、パパ。準備出来てる?」

 「ああ。フロントに八島やしまという私服の女性警官がいる。写真と経歴を送るから確認してくれ」

 「了解。それじゃ、綾小路さん。行ってくるね。朝には戻ると思うから」

 「え、え?うん、行ってらっしゃい。気を付けて」

 「うん。行ってきます」

 困惑顔の綾小路さんが可愛い。

 

 椅子に座って通路を監視している先生に会釈をしてエレベーターに乗る。

 向かいに来ている八島という女性警官の顔写真と経歴を確認してエレベーターを降りる。

 「府警の警備部警護課の八島千鶴やしまちずる巡査部長です」

 身長171センチ。26歳。髪は黒のベリーショート。柔道やってそうな顔をしているけど、体格とか立ち方が空手っぽい。

 「公安調査局の特任捜査官、如月千代きさらぎちよです」

 互いに身分証を見せ合い確認する。

 「急ぎますか?」

 「急ぎます」

 ホテルの前に止まっていた高級セダンの窓ガラスはぶ厚く、拳銃の弾や散弾銃の散弾なら防げそうに見えた。

 「私の任務はあなたを守る事です」

 「私の任務は法の外にいる悪党を見つけ出しその手下もろともこの世から消し去ることです」

 「……ガシャドクロ?」

 無念を抱いて死んだ死者の骨が集まって出来た巨大な骸骨の妖怪。

 「トイレの花子さんは存在しますか?」

 「存在しません」

 「それは良かったです。小学生の時に友達に誘われてやったことがあるので」

 「……知ってる。やっと会えたね、千鶴ちゃん。何して遊ぶ?」

 「美人の真顔って何でこんなに怖いんでしょうね」

 「千鶴ちゃん私お人形さんで遊ぶのが好きなの」

 「真顔でこっち見ないで下さい」

 「ねえ、何で遊んでくれないの?遊ぼうって言ったよね?」

 「やめて下さい。真顔で恨めしい声を出さないで下さい」

 「ねえ何で?何でなの?何で私と遊んでくれないの?!」

 「本気で怒りますよ!」

 かわいい。

 

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