知らないオジサンだ
下着と靴下以外の服と持ち物を没収されて渡されたのが、引っ張ったら簡単に引き千切れそうなくらいペラペラに薄いスウェットの上下。
「もう就寝時間だから布団を敷いて寝るように」
「はい」
この警察署には女性用の留置場が無いということで吾妻さんは別の場所にある留置場に連れて行かれた。次に会えるのはいつになるのだろう。もしかしたら、もう二度と会う機会はないのかもしれない。
お手紙でも書こうかな?あて先は聞いたら教えてくれるのかな?
「入りなさい」
感動を覚えるほど想像通りの鉄の檻の中には折り畳まれた一組の布団だけが置かれている。
ガチャンと鍵を掛ける音が響く。
言われた通りに布団を敷いて横になる。
(あー、今日は本当に長い一日だったなぁ)
眠気はすぐにやって来て俺の意識はすぐに落ちた。
****
特任捜査官の私に捜査権は無い。捜査官なのに捜査権が無いと言うのはおかしな話だが、非正規かつ非合法の捜査官が現場であれこれと権利を行使をすると後でいろいろと面倒な問題が起きて始末が大変、だかららしい。
「捜査一課の
警部は捜査現場で一番偉い役職だから、いろいろと融通が利くし捜査の決定権もあるから他からの横やりが入りにくい。
協力的じゃない場合?その場合は全ての利点が欠点に変わる。
「公安調査局の特任捜査官、
長谷部警部の視線が私の顔から足の先までを見て私の顔に戻って来る。
「これはまたずいぶんと若くて可愛らしい捜査官だ」
そういう長谷部警部は40半ばのおそらくはノンキャリのたたき上げだろう。
「如月さんは公安に入って何年です?今年高校を卒業したばかりと言っても驚きませんよ」
「
「いいえ。まだですよ」
「急いでください。一条隼人の身柄を少しでも早く確保する必要があります」
「この事件はうちの管轄なのに、何で公安がしゃしゃり出てくるんですかねえ?下っ端の如月さんに聞いても分かりませんか?」
「私が電話を掛ければあなたの階級を定年までずっと巡査にしておくことが出来ますが、それでもまだ下らない嫌味を言って私の邪魔をしますか?」
「……いいえ。手続きは後10分ほどで終わりますので椅子に座ってお待ちください」
嫌味で嫉妬深くて用心深い。長谷部警部はさぞや有能な取り調べ官なんだろう。
「八島さん」
「何ですか」
「やっぱりこのスウェットにパーカーが良くないんですかね、オジサンには特に」
「何も知らない人が見たら、今の如月さんは私が補導してきた不良少女にしか見えませんからね」
「不良美少女ね」
「はいはい。不良美少女ね」
「寝ている人間を起こすのは重大な人権侵害だと思うんだけど。今すぐ弁護士を呼んでくれる?」
長谷部警部に連れて来られた手足に手錠がついている吾妻香織は八島さんにそういった。
「お嬢ちゃんは何?リアルなストリートにしか居場所が無い家出少女?」
「公安調査局の特任捜査官、
「ふーん。それで?弁護士は誰が呼んでくれるの?」
「あなたと一条隼人の身柄を公安警察に移します」
「こうあん?中国人を怒らせるような事をした覚えは無いけど?」
「日本の警察です。移送します。ついて来て下さい」
「弁護士は?」
「移送が終わるまで待って下さい」
ここまで乗って来た防弾仕様の高級セダンの運転席に八島さん、助手席に長谷部警部、後部座席に私と吾妻香織が乗る。
「事件現場にいた警官から聞きましたが、あなたと一条隼人は現場にある豪邸と言ってもいい大きな家に住んでいたそうですね」
「ええ」
「とある病気の治療後の経過観察のためとか」
「ええ」
「何の病気かは秘密保持契約で言えないそうですが、司法取引で罪が軽くなるとしても言えませんか?」
「あの時は夢中だったから私が何人殺したか覚えてないけど、それでどれだけ罪が軽くなるの?5年?10年?」
「なるべく軽くなる様に善処します」
「無罪にして。私とあいつは自分の身を守っただけなんだから。だいたい、自分の身を守ったら罪に問われるってどういう事よ?襲われても抵抗せずに死ねって事?私には自分の身を守る防衛権があるんだけど?全員返り討ちにしたら適用されないってどういう事?」
感情的になり始めた彼女を落ち着かせるために私は彼女から事件のことを聞くのをやめた。
「嘘を吐くな!二人で男9人も殺せるわけないだろ。他に仲間がいるんだろ?正直に言え!」
長谷部警部の
「だったら調べればいいじゃん。私が嘘ついてるって証明すればいいじゃん。本当のことだから無理だけどねー。私が信用出来ない人間だって捏造でもするー?それなら私のことを嫌いな人を何人か集めるだけですむから楽だもんねー。あーあ、バカらしい。言っても無駄なら言う必要なくなーい。だからもうなーんもこたえませーん。バーカ」
そういって吾妻香織はひと眠りするようにシートにもたれ掛かって目を閉じた。
「さすがは長谷部警部。素晴らしい手腕です」
私の嫌味が車内に響き、助手席から舌打ちがして車内は静まり返った。
****
ガタン。
車が段差を越えた振動が心地いい。走行中の
「日本の警察ってどうなってるんですかね?」
留置場にいる誰かの独り言か。うんうん、どうなっているんだろうね。おやすみ。
「そうは思いませんか、一条隼人君」
目を開けると、俺の枕元で
俺はそっと目を閉じて、引っ張り上げた掛け布団で頭を
(え、なに?何なの?何で知らないおじさんが俺の枕元に座って俺を見てんの?マジで意味が分からなさ過ぎて怖いんだけど)
「びっくりさせてしまったかな?だとしたら申し訳ない。予定では君が目を覚まして朝食を摂った後ぐらいに会う事になっていたのだが、それよりも先に邪魔が入りそうだったのでね、こうして無理やり連れて来ることになってしまったのだが、思いのほかうまくいってね、もちろんうまくいった方が良いのだが、少々複雑な気分だ」
知らないオジサンが立ち上がる気配がして車が少し揺れた。
「ESP波を感知!
「時間がありませんでしたからね。完璧にとはいきませんでしたか。ルート変更。プランBに移行します」
「アイサー。ルート変更。プランBに移行します」
「一条隼人君。運転が荒くなる前に座席に座ってシートベルトを締めた方が良いよ。最悪、この車は横転する可能性があるからね」
その発言を証明するように車のエンジンが唸り声を上げて俺が寝ている布団がバックドアまで滑った。
「おはよう、一条隼人君」
「おはざーす……」
布団から出た俺は、知らないオジサンが座っている座席の反対側にある座席に座ってシートベルトを締めた。
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