美少女は二股されたことに気づいた
ニュースでたまに取り上げられる遭難事故は、関係の無い人たちにはどうでもいい話題で私もその一人だった。会ったことも見たことも聞いたことも無い人の安否なんて一度だって気にした事が無い。
「どんな奴か知ってる?」「学校サボって山登りに行くとか意味わかんないんだけど」「良い奴だったよ」「いやいや、まだ死んだとは決まってないから」「いやさすがに一週間も経ったら死んでるでしょ」「捜索を打ち切るってニュースで言ってたしね」
たとえ気にしている人間は居ても心配している人間は彼の親族くらいだろう。
いつも無愛想な顔した男。私をうざいと言った最初にして最後の男。見た目に反した愛想のいい下心の無いお人好し。知り合ってから行方不明になるまでの一週間にも満たない短い付き合いしかないが、もうすぐ一年が経つ今でも私の記憶の片隅に残る男。
「如月さんは明日のコース、どっちにしたの?」
学校一の美少女である私の可愛さに発情して顔を赤らめているクラスメイトの一人が言った。
「国宝巡り」
修学旅行の三日目は2つのコースから選べるようになっていて、聞いた話では同級生の7割が日本で二番目に大きい遊園地に行くコースを選んでいるらしい。だから私が参加する国宝が展示されている神社仏閣を巡るコースに参加するのは残り三割の同級生たち。
目の前の発情した猿のような赤ら顔のクラスメイトは私とは別なのだろう。期待が外れた顔をしている。
(私が遊園地に行くかもしれないと思っていたの?)
家族や親しい友人と遊ぶための場所に。
(あまつさえ、私と一緒に遊ぼうと思ったの?)
下心が丸分かりの発情顔をした奴と一緒にいるなんて、恥ずかしめ以外の何ものでもないというのに。
(身の程知らずめ)
自然と口からため息が漏れた。
この世の中にはもうまともな男は生き残っていないのか、と。
有名なお城の近くにある駐車場を出た観光バスが今日宿泊するホテルに向かって走り出す。
「あ、あの」
隣の席を見ると、私と同じボッチの
「食べる?」
差し出された綾小路さんの手には、さっき観光したお城で買ったであろう、お城の形をしたサブレが乗っていた。
「ありがとう」
私が受け取ると、綾小路さんは嬉しそうにはにかんだ。
(かわいい)
頭を抱き寄せてなでなでしたいくらい可愛い。
ほんと、世の男共は見る目が無い。女共も何で誰もこの綾小路さんの魅力に気付かないのか。
首の後ろで一つ結びにした、陽の光に照らされると赤銅色に変わる黒髪。
化粧をしなくても白磁のように滑らかな肌。
冗談が通じそうにない仁王様のように力強い目元。程よい高さの真っ直ぐに伸びる鼻筋。食いしばる様に固く閉じた口。バレーボール選手のように高い背とそれに似合う肉付き。
バスの座席は彼女には狭いらしく、時折小さなケージに入った大型犬のように身をよじらせている。
「綾小路さんは明日どっちに行くの?」
「あ、えーっと、あの、私は、あの、同じです。
「そうなんだ。じゃあ、一緒に見て回る?」
「え?あ、はい。あ、いやでも、いいんですか?」
「なにが?」
「いやだって……私といても、つまらないでしょ?」
「そうなの?私は綾小路さんと一緒にいてつまらないと思ったことは無いけど」
そう言うと、綾小路さんの食いしばる様に固く閉じている口が嬉しそうに小さくはにかんだ。
(かわいい)
私が男だったら絶対に綾小路さんを口説き落とすのに。
観光バスから見える町並みは田舎に住んでいれば珍しい光景なのかもしれないが、都会へ気軽に行けるような所に住んでいる私にとっては見飽きた光景だ。
雑多な看板を掲げる細長いビル。1ブロックごとに見えるコンビニ。4車線の道路の上に架かる4車線の高架道路。観光バスの窓から見上げても天辺が見えない超高層ビル。誰が何をしていようと知った事かというような態度で信号待ちをしている人達。
このつまらない光景のどれもが必要なさそうに見えて、そのどれもが必要とされている。
そう思うようになったのは、あのいつも無愛想な顔をしている男が行方不明になってから。
「あの」
窓の外を眺めていた顔を隣に向けると、心配そうに私を見ている綾小路さんの顔があった。
「あ……ごめんなさい。何でもないです」
何で私をそんな顔で見るのか分からないけど、彼女が私を心配して声を掛けようとしてくれたことは分かる。
「ありがとう、綾小路さん。でも心配しなくても大丈夫だから」
「あ……うん」
照れる綾小路さんが可愛すぎて大型犬に抱き着いて撫でまわす様に綾小路さんを撫でまわしたい欲求に駆られた。
「ホテルに着いたら昨日の続きを一緒に見ようね」
昨日は綾小路さんがお勧めしてくれたアニメ映画の一作目を見ていた。面白かったから今日はその続きの二作目を見ようと思う。
(コンビニに行きたいな)
ホテルに行く前にちょっとしたお菓子と飲み物を買いたいと思った私は、このバスをコンビニ横の道路に停めてくれないだろうかと思ったけど、どんなに頼み込んでも絶対にそんな事はしてくれないのは分かっているから、ホテルの売店に欲しいお菓子と飲み物が置いてあることを願った。
「あっ!」
隣の綾小路さんが大事な物が失くなっている事に気づいたような驚き声を上げた。
顔を向けると綾小路さんが窓の外に見える何かが通り過ぎて行くのを目で追っていた。
「どうしたの?」
「あ、いえ、知っている人に、すごく似ている人がいたので……」
といった綾小路さんが寂しげな顔したことに私は小さな驚きを覚えた。
「誰と見間違えたの?」
「え……あ、いや」
綾小路さんは変な事を言ってしまったことを誤魔化す様なぎこちない笑い方をした。
「なるほど」
その恥ずかし気に赤く染まった顔は何ですかね?
「ホテルに着いたらじっくり聞かせてね」
この恋愛マスター如月が完璧なアドバイスを致しますよ。もちろん秘密厳守。庭に開いた穴にも言いませんよ。ふふふ。
「ごめんなさい、綾小路さん。聞き間違えたみたいだからもう一回行ってくれる」
「え、もう一回……」
「勘違いしないで。
「あ、うん。じゃあ、もう一回言うね。私があの時見たのは……
これはもう私の耳がおかしくなっているのかもしれない。いや、うん。認めよう。私の耳はまともだ。
「私が一年の時に同じクラスだった人で、如月さんはもう忘れてると思うけど、去年、山で行方不明になって、まだ見つかってないんだけど」
「綾小路さんは、親しかったの?その、久我って人と」
「親しくは、ないかな。たまに、お話しするくらいだったし」
そういう綾小路さんの顔は悲し気で寂し気だった。
「私が筆箱を忘れた時に、シャーペンと消しゴムを貸してくれたの。私が授業中にノートに何も書いてない事に気づいてくれて」
あいつなら、まぁ、そうするでしょうね。
「私がお昼ごはんを忘れた時も、気づいてくれて、おにぎりをくれたの」
あいつなら、まぁ、そうするでしょうね。
「飴をくれた事もあるし——おはようっていつも言ってくれるし——い、一緒に駅まで帰った事あるし」
私は一緒に登校した事あるけどね。
「同じ電車に乗って、お喋りした事あるし——」
私もあるけどね。
「——映画を見に行ったこともあるし」
は?
「ハンバーガーを一緒に食べた事もあるし——」
は?
「——あ、ごめんなさい。つまらないですよね、こんな話」
「いや別につまらなくないが?」
「え、でもなんか……怒ってる?」
「怒ってないが?むしろもっと聞きたいんだが?」
あの野郎!私以外にもそんなことしてたのか!
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