#2

 店の奥に入ると、先程までの灰色の路地と打って変わって、暗い木の色が目立つ空間となっていた。綺麗に整えられたそれらは、外とはまた違った異様さを持ち合わせている。綺麗な内装に目を取られていると、


「こちらへおかけください」


と、案内された。少し低めのテーブルとオットマンからは、とてもではないが「頭のネジ」という人の内部的な物体を買い取る店であると認識は出来ない。向かい側に店員も腰をかけ、早速買取の話が始まった。


「本題ですが、どのようなご用で来店されたのです?」


「頭のネジを買い取ってもらいに来ました」


外ではとてもつっかえたその言葉が、ここになってするりと滑り出すように出てきた。もう、一度言ったからだろうか。


「買い取りですね。何本売る気で?」


「……とりあえず1本で」


一度にあまりにもたくさん売るのも怖い。1本くらいなら他にも売った人の話があるし、安心できる。


「1本ですね、かしこまりました。では奥の方へ来て下さい」


「分かりました、でもなぜ…?」


そう尋ねると、店員は呆れたような顔を一瞬だけ出して答えた。


「頭のネジを買い取るには、頭のネジを取り出さなければならないでしょう?」


確かにそうだ。あの机ではとてもじゃないが、頭を割り脳に触れるには足りないだろう。そう考えながら、店員の彼について行き奥へと向かう。見かけよりも相当奥行きがあるのか、心理的なものなのか、奥へと向かう廊下はとても長く感じられた。

 しばらく行き、またここに来るための路地と同じような突き当たりに着くと、


「着きました」


と店員は知らせた。


(ついに今から頭のネジを摘出するのだ)


そう思うと、何故だかもう引き返すには遅い筈なのに逃げ出したくなる。しかし、ここでやらねば結局又日銭に困るだけである。


(やるしかない)


と覚悟を決め、進められるがままに奥の部屋へと進んだ。

 先程までのしっかりと整えられた部屋とは違い、今度は病院の手術室にような部屋であった。それはそうである、実際頭を手術しなければならないのだから。

 中央に備え付けられた、今後しばらくの私の席となる手術台は、天井に付けられた厭に明るい白色灯に照らされて、強く存在感を放っていた。椅子のようになっているのは、頭を弄る為の利便性を追求した結果だろう。


「では、摘出するのでそこの台に座って下さい」


平然と、何も特別なことではないように放たれたその言葉は、何故だかこちらの現実感を奪っていった。妙に私にとっての現実とかけ離れていたからに違いない。薄荷はっか色の特等席に私は座り、目を閉じてその瞬間を待った。今から何か大切なものを失う気がしたが、気にしている場合ではない。

 静かに、「始めます」という声が宙より降ってきた。眩しいほどの光で少し橙色になっている視界からは何も分からない。その後少しチクリとした感覚が体に伝えられたのを境に、私の意識は暗闇へと転落していった。

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