頭のネジ

なめらか

頭のネジ

 今から遠い遠い未来。科学技術が魔法のように発達し、思いもよらないようなものが実現していた。読めば読む程アイデアが湧く本、心が見えるメガネ……過去では人類の夢物語として描かれていたものが物体として人々の生活に馴染んでいた。


 薄暗い雲が空を覆う午後、私は煤けた路地を歩いていた。傍には止まった室外機、崩れかけのコンクリート……見るからに人が集まるような場所ではない。ここを好んで通るのは、架空の世界に生きる探検好きの子供や、何やら表に出られない事情がある人間か、廃れた路地好きくらいだろう。私はそんな路地を、寂しく進んでいた。

 なぜそんなところを歩いているのか、不思議に思う方が大半だろう。勿論、理由があってここを歩いている。そう、「頭のネジ」を買い取ってもらうためだ。未来を考えるロボットや、自動調理器などの華々しい発明の陰で、比喩を実現しようと作られたのが「頭のネジ」。どのような物なのかは、頭のネジという単語が過去どのように使われていたのかを考えればすぐにわかるだろう。無論、大事な物なので業者に頼めば1本からでも高値で買い取ってもらえる。

 私は金に困り、こうして売りに来た。数年前、私の働いていた会社で起こった上司の不祥事により、道連れとして解雇されてしまった。以来職にも金にも困り、こうしてネジまでも売り払うようになってしまったのだ。


 路地の突き当たりに着くと、薄汚れた看板ととても丈夫には見えない木の扉があった。


『嵌ったネジを外して、柔軟に』


看板の横にはそう書かれていた。実際、柔軟な発想が欲しくてここに来るものは何人いるのだろうか。多くはないだろうと言うことは安易に想像できた。


 戸に手を掛けるが、やはりこのような場所で店に入るのは少々躊躇われる。こんないかにも怪しげな路地では特にだ。


(……やっぱやめようか)


そうグズグズと迷っている内、不意に扉の方が勝手に開いた。


「……うちに何か御用で?」


暗い扉の奥から、年齢不詳の男が顔を覗かせた。眼光の鋭い目からは、不審感か苛立ちと取れる感情がにじんでいる。


「冷やかしなら帰って頂きたいのですが………」


「………ネジを売りに来ました」


そう伝えると、途端にその店員と思しき男は、顔に営業スマイルを神の如き速さで貼り付けた。

「奥へどうぞ」

そう言って、店員は奥へと私を招いた。


 

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