第15話【君といられる幸せ】(LIVE編)

LIVEが終わり、会場全体に光が戻ると、周囲の熱気は次第に分散していき、人々は出口に向かって歩いていった。

俺はライラさんと密着し、もたれかかった状態でしばらく硬直していた。

かなり長い間…、お客さんがほぼいなくなって、撤収てっしゅう清掃せいそうスタッフさんがやって来るまでずっと、彼女は俺の背中をゆっくりでて、俺が落ち着けるようにしてくれていた。

次第に柔らかな感触が衣服越しに伝わってきていることに気づいてドキドキしはじめ、自分の意識が正常になったのだとさとった。




ライラさんは【また旅に】の途中で俺の呼吸が乱れていることを感じ取ったが、そのときにはすでに今にも倒れそうな様子だったので、それを阻止そしすべく咄嗟とっさに行動してくれたそうだ。

あの大音量と暗闇の中でよく…。

会場を出てからしっかりと感謝を伝えようと考えていると、彼女の方から意外なことを言われた。

「あんたが元気になってよかった。倒れなくてよかった。…けどさ、本当にごめん!!あたしなんかに…その……抱きしめられて、だったよな」

転校した次の日に、"べた褒め作戦"をしたときの反応からも思ったが、やはり彼女の自己肯定感と周囲の評価は不釣り合いなようだ。

俺が今まで…、まだ出会ってほんの二週間だが、ライラさんの近くにいると、彼女が男女問わず、大勢から羨望せんぼう眼差まなざしを向けられていることはわかった。

大袈裟おおげさな表現でもいい、この素敵すぎる"友人"に自信を持ってもらえるような言葉をかけてあげたい。


「ライラさん、ご褒美ほうびだよ。嫌な理由なんて絶対に無い!!だから、あたしなんかなんて悲しいこと言わないで…。ライラさんのやること全部が俺を幸せにしてくれるんだ!!」

「……あ、ありがと」

彼女の顔が徐々じょじょに赤らんでいく。

あ、やりすぎた。

きっと、ライラさんは褒められ慣れてないのだ。

「……告白…?」

「いやいやいやいやいや、違う違う違うよ!?」

「あっそ!そんなに勢いよく否定しなくてもいいだろ!!ふん!!」

「あ、ごめん…!あの…でも!!背中をでてもらってたとき、本当に気持ちよくて…ふわふわして」

「はぁ!?この…ヘンタイ!!…帰るよ」

言葉選び、どうしたよ、俺…。

なんでライラさんの前だとこんなにも本心が隠せずに出てしまうんだろうか。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

怒ってせかせかと歩いていく彼女の後ろ姿を見ながら、俺はまた"友だち"といられることの幸福感にひたっていた。




LIVEは夜21時まで行われており、バス停に着いた頃には、辺りはもう深くしずむような暗さだった。

この時間になると、バスの本数も限られている。

明日も学校があるので、晩ごはんは各々で帰宅後に食べることになっていた。

「あ、来たね」

「ああ…、ふあぁ…あたし、寝るかも」

「行きのバスで起こしてもらったし、今度は俺が見てるよ」

「ありがと」

彼女はすっかり機嫌きげんを取り戻した…、というより、眠気ねむけで先程までの怒りはどうでもよくなったようだ。

運良く空いていた席に2人で並んで座る。

俺は窓側になったので、夜道に車のライトが線をえがくのをながめながら、今回のLIVEにまつわる様々な出来事を思い返す。

はじめて家族以外とPINEでやりとりをして、LIVEに誘ってもらったこと。

緊張の待ち合わせ、普段しないメイクとファッションのライラさん。

グッズを交換して、トロスのメンバーをコンプリートできたこと。

コラボカフェで談笑だんしょうしたこと。

夢のようなLIVEを共に楽しんだこと。


…ライラさんに会えて、俺は幸せ者だ。

今日だけでいくつもの素敵な思い出をもらった。

「…ん?」

肩に重みを感じて隣を見ると、ライラさんがすやすやと眠っていた。

「かわいい」

誰にも聞こえないように、つぶやく。

言葉にした方が、この瞬間がよりえる気がしたから。




「じゃあ、今回もここで。またね。…送っていかなくて本当に大丈夫?」

「あたしは平気。あんたこそ、大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ!!……また明日、学校で」

「…うん。……茂道しげみちくん!…あたしも、茂道しげみちくんといると…幸せ…。……う~!やっぱりなんでもない!忘れて!」

「ライラさん…。名残なごしいな」

「ねえ、目をつむって」

「は、はい」

かがんで」

「こ、こう?」

この流れは!まさかまたお姫様抱っこ?!

用心して、目をつむる力を更に強める。

その瞬間、シトラスの爽やかな香りがふわりと広がって、何かが俺のあごに触れた。

柔らかく、そして少し湿しめのある何かが。

「…なんかついてたから…。またね」

俺はそれからしばらくの間、思考を放棄ほうきして、ただ呆然ぼうぜんとその場に立ち尽くしていた。



         


         LIVE編 完





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