第4話【君を見つけた】(動物園編)

「と~うちゃ~く!」

千歌ちかは元気だなぁ」

早朝から電車でそこそこの距離を移動したのに、妹は一切、疲れたそぶりを見せない…若いってすごい。

「さあ!お兄ちゃん!早く見てまわろうよ!!」

「待った!こういうのは事前に、絶対に観たいポイントを押さえるんだ」

「わ~っ!!あれ、すごいよ!!おサルさんいっぱ~いっ!!」

って、聞いてないし…。

まあ、入り口からこんなに気合いが入っているとわくわくもするか。

「…よし、こうなったらとことん楽しむぞ!!童武どうぶ動物園!!」

「うんっ!」





「兄ちゃん、ちょっとトイレ行ってくるから。絶対にここから動いちゃダメだよ」

しばらく動物たちを見ているうちに、便意に襲われて、やっと見つけたトイレだ。

もっと、あってよ。

……しかし、混みすぎでは?


「…ふぅ」

固形石鹸は使いづらいよ。

…それにしてもこの動物園、サル山、爬虫類洞窟、水棲生物展示…、流石に有名なだけあってバラエティーに富んでいる。

なんだ、結構面白いじゃん。

さて、千歌ちかを待たせてるから早く出ないとな。

「お待たせ!ごめん、遅くなった!おじさんがお腹くだしてたみたいでトイレにこもってて…」

千歌ちかがいない!!



待つように言いつけた場所から、妹が消えていた。

…近くのコーナーに興味を持って、少し移動しただけかも。

そうだとしても、この人ごみの中から小さい子ども一人を見つけ出すのは難しいだろう。

そうだ!園内アナウンス!

アナウンスに向けて移動しながら呼びかけよう!

「お~い!!千歌ちかぁ!!!!」

声を限りに叫ぶが反応がない。

そもそも俺の発声では大声を出したつもりでも、大勢に届けるには不十分かもしれない。

千歌ちかぁ!いるなら返事してくれ!!」

返事はない。

どうしよう、もしもなにか危険な目に巻き込まれていたりしたら…。

千歌ちかぁ!!!!!兄ちゃんはここにいるぞ!!!!!千歌ちかぁ!!!!!千歌ちかぁ……ゲホッ」

大声一つも出せない己の肉体を憎む。

「…千歌ちか

…情けない、咳き込んだのと同時に涙まで。

…でも、探さないと。

「…お兄…ちゃん…」

声を聞いて後ろを振り向くと、千歌ちかとその手を握る1人の女性が立っていた。

千歌ちか…!よかった!ごめん!!兄ちゃんが遅くなったせいで!!」

「ううん、わるいのは千歌ちかなの!待ってるように言われたのに鳥さんたちの鳴き声が気になって…」

「無事でよかった」

「お姉ちゃんがたすけてくれたの」

「ああ、ありがとうございま…って!!宍嶋しししまさん??!!」

こんな偶然って…。

そこにいたのは隣の席の宍嶋しししまさんだった。

茂道しげみちってあんたのことだったのか」

制服じゃないから、全然気づかなかった…。

宍嶋しししまさんだと認識して、改めて彼女を見る。

英語が印刷されたキャップにスタイルのよさが際だつ半袖+カーディガン。

ズボンは…それはもうショートもショートで、ほっそりとしてハリのある生足があらわになっていた。

ショルダーバッグも全体の雰囲気を締めるのに一役買っている。

色味は青と白で統一されていて、爽やかつ、軽やかだ。

極めつけはサングラス…漫画でイケメンがつけてるタイプの茶色丸型グラス…。

やっぱり、宍嶋しししまさんはおしゃれだなぁ。

スポーティーで…かっこよくて…かわいい。

「…お兄ちゃん?」

「…はっ!」

「…あのさ、見すぎな!」




ベンチに座って話を聞くと、宍嶋しししまさんは動物が大好きで普段から休日にはこの動物園によく来ているらしい。

そういえば、エサで猫を釣ってたな。

「で、迷子の女の子を見つけて、一緒に兄貴を探してあげてたら、それが俺だった…と」

「あたしもびっくりしたよ。ていうかあんた!こんなかわいい妹さんを泣かせんなよな」

「はい、反省してます…」

「お姉ちゃん、いいの、悪いのは千歌ちかだから」

「…それで宍嶋しししまさんはこれからどうするの?」

「あたしはサファリゾーンに行くつもり」

「お姉ちゃん…いなくなっちゃうの?」

千歌ちか?」

「わたし、お姉ちゃんとお兄ちゃんといっしょに動物さん見たい!!」

「だめだよ、千歌ちか。ただでさえ時間を奪っちゃったんだから…ね、宍嶋しししまさん」

「あたしはいいよ、こんなかわいい子と一緒に動物を観れるなら癒し効果2倍だし」

「お兄ちゃんはお姉ちゃんといっしょはいや?」

「そ、そんなことはないよ!むしろ、あ、いや」

「いや、いやなの?」

「違う!この場合のいやは言葉をにごすときに使うものであって…」

いつも通りの妹とのやりとりに、いつもはない笑い声が交じる。

「ぷっ、あははは、仲良し兄妹なようでなによりだ、ふふっ」

どうして、どうして君はそんなにも…。

千歌ちか…。兄ちゃん、今度は先に謝っておくよ。

普段目にする制服とは異なるファッション。

イレギュラーなシチュエーション。

自然体で笑う彼女を前にして…、俺はきっと冷静ではいられない。




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