⑭必要不可欠
「和純ちゃん……おでこに薄い傷跡出来てる…」
「それは…家出する前、母の彼氏に殴られて跡が出来ちゃって…」
「……そっか。なんかごめんなさい。実は私もね……」
ランジェリーショップでの買い物を終え、フードコートの席に座って談笑していると、雫さんは自身のコンプレックスについて話し始めた。彼女も兄と同じ、美容系YouTuber……美容の発信をしてるとはいえ、予想外のコンプレックスを抱えていたのだ。過去に雫さんの動画を見たことがあるのだが、彼女は美容整形をしていたことと、素の顔をネットで公開した。それによりファンの間では意見の食い違いもあり、賛否両論であった。が、今の彼女を見ると自然な美人ともいえた。
「……過去に、動画で見ました」
「…見てたんだ。ありがとう………私ね、こう見えて家庭環境が最悪でさ…詩喜君や和純ちゃんの気持ちも痛いほど分かるの。その…両親に放置されていたの。まともにご飯も食べれなったし、当時は人権ないと思ってた。でも今は違う。こうして私を必要としてくれる人がいる」
「……そう、ですね」
「メイクで、人によってはファンデやアイシャドウやリップ、アイブロウパウダーが要らなかったりするでしょ?人によって必要なものや不要なもの、似合うものやその逆が必ずあるの」
「へぇ……」
「脱毛でいうと…体毛が薄い人もいれば、体毛濃い人だっている。人によって、何かが違うんだよ」
「そうそう。骨格や体質によって控えるべき食べ物やするべき筋トレだってあるよ……和純さん、何度かLINEしたのに……既読つかないし探したよ…矢間さんに電話しないと…」
人によって何かが必ず違ってくる。まさに十人十色の意味を指す。私達のいるサロンの名前は……イタリア語で"自分らしく"を意味した、ア・モード・ミオだ。サロンを建てた張本人の矢間さん曰く、個性の強い彼らとお客様への励ましを意味し、その名前に決まったが、それを決めたのは…兄だという。暫く雫さんと話していると、虎哲さんが現れた。彼の言う通り、携帯を見ると彼からのLINEが何度も来ていた。彼は矢間さんに電話し、数分後に彼らも来た。
「しず氏…探したぞ?」
「いやごめんごめん!つい話し込んぢゃって…」
「まぁいいけどさ…とりあえず腹減ったから何か食わね?」
何とか人数分座り、ちょうど腹も空いていたこともあり、そのまま昼食へとなった。さっきも食べたのに、久しぶりに遊びに行ったからか、すぐにお腹が減ってしまった。
「賛成〜!じゃ、とりあえず二郎系ラーメンかな」
「矢間…お前昼から二郎系ラーメンはキモ過ぎ」
「そういう玄ちゃんも…大盛りカツカレー頼もうとしてるじゃん」
「……俺は…この定食かな…この料理の味、気になる。再現出来るかも」
「じゃあ俺はチーズ牛丼〜」
「やめとけチビ…お前はお子様ランチが一番お似合いだ」
「詩喜君、この前チーズ牛丼食べた後吐いてたよね?カロリーもエグいし、やめといた方が…」
それぞれ食べたいものを注文しては、フードコートの席に座っていた。矢間さんは二郎系ラーメン、玄牙さんは大盛りカツカレー、兄はチーズ牛丼、虎哲さんはご飯大盛りの鮭の南蛮漬け定食、私と雫さんは天ぷら蕎麦を注文した。しかし…あることに気付いたのだ。なんと先程まで一緒にいた龍聖さんがいない。
「和純…?キョロキョロしてるけど…」
「あ、先輩なら……急に仕事入ったみたいなんだよ……すぐ終わるらしいけどね」
「そうなんですか……」
「あ〜、さっきから気になってたんだけど、その龍聖さんってどんな人?」
「俺の一つ上で大学の先輩。海外の大学院出て和純ちゃんにゾッコンな人だよ」
「見る限り背も高かったし……和純ちゃん、いい男と出会ったね」
「……歳の差ありますけどね…でも、龍聖さんのお陰で兄達のサロンは復活したんですよ」
「うげぇ…流石高学歴……てか和純ちゃんにゾッコンかぁ……想像出来やすい」
矢間さんがいうには、急に仕事が入ってしまったらしく、途中で抜けてしまったのだという。すぐに戻ってくるらしいが、元々今日入れていた有給が取り消しになってしまうのが心配だ…。
「いずみん元気出せよ…ほら、俺のカツやるから」
「そうだよ…俺のチャーシューも、虎哲君の鮭もこのチビの肉もあげるから」
「なんなら温玉ごとやるよ……うえっ吐きそ…」
「詩喜君…君はチーズ牛丼禁止ね……それと和純さん、鮭の南蛮漬け美味しいよ」
「お兄……ここで吐いたらダメだよ…あと皆さん、ありがとうございます」
私達はご飯を食べ終えたものの、兄はチーズ牛丼の温玉乗せを食べ終えるのに非常に時間が掛かっていた。ただでさえチーズと温玉のボリュームが凄く、兄は意外と少食なのにも関わらず、とにかく食べたいと聞かないばかりチーズ牛丼を注文していたのだが……
「やべぇ…もう…無、理……」
「ったく…だからお子様ランチ頼めって言ったのに……トイレまで連れてくから頑張れよ」
「矢…間………」
「あー、もうっ!」
「あはは……詩喜君、相変わらず少食だよね…」
「しかも料理が壊滅的に下手…虎ちゃんも呆れてるよ…」
「はい…ハンバーグ作らせたらダークマターが出来ましたし、この前もカップ麺に水入れてそのまま電子レンジに入れて爆発……そして好き嫌いも意外と多いし少食…出来るなら詩喜君の少食と好き嫌いを治してあげたいよ」
「兄が嫌いなの……歯磨き粉とナス、人参に玉ねぎ、ブロッコリーに小松菜に……」
「野菜嫌いかぁ……お菓子に野菜入れて食べさせるしか…」
「いやあいつ食えるものほぼねぇじゃん…だからあんなにチビなんだよ…」
「うっぷ……何とかスッキリした…」
「お前本当にチーズ牛丼だけはやめとけ……少しは虎哲君を見習って欲しいよ…」
「……だって虎ちゃん、野菜とタンパク質が多めのご飯で…俺玉ねぎとブロッコリーと小松菜とナスと白菜と水菜とゴボウとキャベツと大根とトマトとズッキーニ嫌いって言ったよね……」
「君は幼稚園児より野菜の好き嫌い酷いよ…?」
「他にもいろいろあるだろ…あ、先輩仕事終わって今から戻るみたい」
その三十分後、龍聖さんは戻ってきた。そういえば出会って三ヶ月弱が経過するだろうか…今の彼は出会った当初と比べて、姿が全然違かった。元々高身長であったものの、海外留学のせいでわがままボディだった身体はだいぶ引き締まっていて、肌荒れもだいぶ改善されていた。かなりの減量をしたのもあるのか、私に大人の余裕ってものを見せてくるようになった…。
「ごめんごめん……終わったよ……有給取り消しになったけど、代わりの有給では和純さんとどこか行こうか悩んでたんだよね…和純さんインドア派だし…」
「和純……部屋にゲームとベットとぬいぐるみあれば引き込もれるからな…」
「いずみん…マイペースな割にはゲーム強いからなぁ…攻略法とか全然分からん」
「本当に龍聖さんは和純ちゃんにゾッコンなんだね……」
「それは…十年前くらいに、大学受験を終えて油断してた時に帰りに地元行きのチケット失くしてて、それを当時の小さい和純さんが俺にチケットを渡してくれて……無事に俺は地元に帰れたよ…和純さんは俺の、恩人だからね…」
「へぇ…過去にそんなことがあったんですね…」
「そう。だから生涯和純さんの傍にいたいし、例の事件を機に矢間や和純さんのことを見掛けて、俺からサロンを一から造り直そうって提案したんだ」
「俺はまだ信頼してねぇけどな…こんなにデカい義理の弟、しかも歳上だし和純にゾッコンだし…金持ちだし…」
「あはは……詩喜君が俺の義兄になるのか…違和感しかないなぁ…」
このメンバーの中で私だけが十代なのを、皆は理解しているのだろうか…。雫さんはひたすら龍聖さんに、彼が私の何を好きなのかをひたすら聞いてきては兄は呆れている。というか、龍聖さんはこんなに背が高くて、かっこよかったのだろうか。元々目鼻立ちがくっきりしていた方だったが、虎哲さんと二人三脚で二十三キロほど減量し、玄牙さん指導の元でスキンケアやメンズメイクにも拘り、矢間さんや兄にヘアセットや髪のケアまで丁寧に細かく指導されたお陰で、誰から見てもモテる男に、龍聖さんは激変してしまったのだ…。しかも彼は私を好きだとひたすら言ってくる……これは、この恋は…第三者から見て法に反しないだろうか…。兄のYouTubeに悪影響が及ばないだろうか…。激変してしまった彼を見ている…と……
「…和純さん…もしかして、変わった龍聖さんのこと……」
「…え、あぁ…いや…?そんなこと……」
「顔赤いぞ?春が来たって感じか…青春だなっ!」
「ちょっと……違いますっ!」
「へぇ?和純さん、顔赤いよ?可愛い…」
「っっ!」
龍聖さんと目が合い、私に近付いてきて、赤面を指摘されたことと「可愛い」と言われたことに私の顔がボンッ!と発火するように熱くなった。これが恋というものなのだろうか…。ずっとドキドキが止まらなく、龍聖さんのことを考えるだけでクラクラしそうだった。
「そうだ。和純さんに合う化粧品も買ってあげたい。皆、行こう」
「丁度さっき気になってた新作のハイライトやチークがあったんすよ…行きましょう」
「俺も気になってたヘアワックスあるんだよ…」
「最高っ!私口紅が良いと思う〜!行こっ!」
「雫さん…楽しそうだね」
「だって久々の休みだし、この前脱毛の施術で理不尽なことあって凹んでたの……だから虎ちゃんの作った抹茶ベーグル一個食べちゃった!」
「良かったよ……閉館時間までもう少しですし、行きましょうっ!」
この後、私達は閉館時間まで買い物や食事を楽しみ、それぞれ解散した。雫さんともLINEは交換し、その夜に今日のお礼をLINEしてくれた。
「いやぁ色々買えて良かったよぉ」
「沢山食材も買えて良かったよ…詩喜君、辛いけど野菜嫌いは克服しようか」
「ええっ…それって……」
「お前の好き嫌いはいずみんより酷いぞ……でも白菜嫌いなのは兄妹そっくりだよな…」
「…結局今日の有給は取り消しになっちゃったけど、楽しかったよ」
「……先輩、今度その有給で和純ちゃんと旅行にでも行ってみたらどうすか?」
「矢間、それ…拷問?ずっと和純さんと二人きりってことだよね?俺の理性持つかな…」
「理性は…頑張って下さい。二人で旅行にでも行けば、このチビも信頼してくれると思いますし」
やはり龍聖さんにも私が、私にも龍聖さんや兄達が必要だと思った。その夜兄や矢間さん達が寝静まった後、私と龍聖さんはその旅行の計画を立てるつもりだったが…私達も途中で寝てしまい、朝を迎えたのだ。
……To be continued
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