❾化粧前は多忙


「和純ー、起きろー……はぁっ」

「すう…あと…五分……」

「だーめっ!あと十秒で起きなかったらチューの刑だからなっ!」

「ハイハイっ!開眼したよっ!」

「………ったく……チューしたかったのに」

俺は小沼詩喜。突然だが俺には二面性がある。まずは二十歳の大学一年生だ。多くの大学生は十八歳からなるものでもあるが、俺の場合は美容専門学校を卒業してから大学に入ったのだ。ちなみにマネージャーである矢間や玄牙さんも同様だ。もう一つは、大人気美容系YouTuberである。小沼和純の兄でもあるのだが、この前俺達には事件があったので、当分活動は休止している。もちろん彼女は動画に映さないようにしている。和純はまだ十七歳で、最近美容について、サロンの皆で手分けして彼女に教えているのだ。

「とりあえず、このパックしながら歯磨いてこい」

「洗顔してな……」

「このパックな………洗顔、化粧水、乳液、化粧下地がこの一つになってんだよ」

「へぇー……凄っ!」

「だろ?五分このパックするだけで洗顔から化粧下地まで完結しちまうんだっ!便利だろ……ちなみにこのパック案件でもらったやつね」

「お兄ありがとっ!」

和純は俺が差し出したパックをし、その間に歯磨きと髪を梳かしたりしていた。五分もすると彼女の肌がつやつやと光っていた。和純は便利かつオールインワンで使えるパックに感動している。そんな彼女も可愛い。こんなに可愛い妹を持った俺は幸せである。

「着替えろよな……今日も学校だし、俺も午前中大学あるから」

「ハイハイ……」

「というか…涙袋の筋トレ、効いてきたな…」

「そうなの!これもお兄と玄牙さんのお陰っ!」

「まあまあ……とりあえず朝飯食うぞっ!」

「はあ〜い」

学校でバレないメイクも済ませた和純は、朝飯も済ませ、歯磨きや荷物の準備を済ませ、制服にも着替えた。そして、矢間と一緒に彼女の高校まで送り、俺もその後大学へと向かった。この日のサロンは、矢間と虎哲、玄牙さんが務めている。今日の玄牙さんはまつ毛パーマ、虎哲さんはジムの利用者の指導、矢間はリタッチカラーとブリーチ、ハイライトにヘッドスパの施術も入っているため、大忙しだ。元々このサロンは俺の知名度により有名で、施術も完璧で好評であり、俺にも彼らにも固定ファンが出来つつもあるため、わざわざ遠方から来たり、差し入れをくれるお客さんも少なくはない……。俺が大学で授業を受けてる間に、和純にLINEをする。

「(和純……今日もなんかされてないかな…)」

LINEの画面で嫌がらせを受けたり、変なことを言われてないか、俺達が彼女に確認している…。これは…例の事件はどう考えても俺にも原因がある。自分で言うのもなのだが、大人気美容系YouTuberである俺の妹である和純は、例の事件があったにも関わらず、今でも嫌がらせを受けることもあるのだ…。だからその罪の償いとして、龍聖さんメインで彼女を守っているのだ。

<今日は……足を踏まれたり、体操着隠されたよ……早く帰りたい>

「(よしよし……あと一限だろ?あと今日虎ちゃんがプロテインパンケーキ作ってくれるってよ)」

<パンケーキっ!この前のやつふわふわで美味しかった……楽しみっ!次の授業終わったらダッシュで帰るねっ!>

「(………やっぱり元気な和純が、一番可愛いな)」

大学の帰りに和純とLINEして、授業を終えた俺はサロンへと帰ってきた。すると矢間が飛び込んできた。

「んだよ……」

「今から…手伝えない?ヘッドスパと前髪カットだけでもいいから」

「仕方ねぇなぁ……すぐ準備するよ」

どうやらお客さんが多く、一人では前頭ブリーチとリタッチカラー、ヘッドスパやハイライトの施術の同時進行が難しく、俺の帰りを待っていたらしい。俺は準備して、ヘアメイクスタジオに足を運んだ。

「あわわわ……し、詩喜君っ!」

「どうも〜!正解はどこだ〜?本日はこの詩喜が担当させて頂きますねぇ〜!」

「きゃあああっ!幸せ……」

「こらっ!俺も撮影あるから、早速施術始めるぞ……前髪…どんなのがいい?写真ある…?」

「それが……これなんですけど…似合いますかね?」

「ほぉほぉほぉ………お姉さんおでこ狭いね…おでこ狭いと前髪は奥から作るといい感じになると思いますっ!」

「そうなんですね……お願いします…」

「おうよっ!この詩喜様に任せなっ!」

骨格により、似合う前髪や長さ、後ろ髪の長さは人それぞれである。例えば丸顔だと前髪なしのスタイル、面長だとミディアムの長さが似合う。最近は小顔に見せる、サイドバングやシースルー前髪も流行っている。撮影やサロンの皆と団欒している時もだが、施術しながら客と話したり、満足してもらった時も幸せを感じる。だから俺は、美容師という仕事も、美容も大好きなのだ。

「ありがとうございますっ!写真も撮ってくれて…似合うように切ってくださって……」

「いえ、美容師としての務めなので」

「美容で困った時はまた来ますっ!本当にありがとうございましたっ!」

客は笑顔になり、帰っていった。先程重たかった髪型が、スッキリし、見違えるほど雰囲気も変わった。やはり、美容は面白い。サロン外で客を見送っていると、和純が学校から帰ってきた。

「お兄〜っ!ただいまっ!」

「和純っ!お疲れ……今日もよく頑張ったな」

「怖かった……それよりお腹空いたよぉ…」

「あー、俺も昼食ってなかったな……」

「俺も……」

「それなら、今俺がパンケーキ作ったので是非…」

「あっ!待ってましたー!」

「ふふっ。中に入ろうか」

今日は足を踏まれたり、体操着を隠されたそうだ。そのなかで耐えた和純を抱き締め、それと同時に腹の音も鳴り、龍聖さんの部屋へと入った。今日の施術は玄牙さん以外終わり、虎哲による、おやつタイムとなった。

「わぁ〜!ふわふわ……美味しそう」

「虎哲君……本当に凄いよね…」

「ねぇ虎哲さんっ!このふわふわってどうしたらそうなるのっ!」

「これはね…メレンゲ入れてるんだよね…製菓理論上、白砂糖入ってるけど……」

「メレンゲ…………卵白泡立てたやつか…とりあえず腹減ったよぉ……」

柔らかそうな、厚さがあるパンケーキが目の前で三段重ねで更に乗せられる。その衝動でパンケーキがふるふると揺れ、カスタードクリームと冷凍フルーツも乗せられて、粉砂糖もチョコソースも掛かっていた。粉の変わりにプロテインを使ってるにも関わらず、インスタで有名なパンケーキと比べても違和感ないほどの仕上がりになっていた。

「わぁー……虎哲さんの料理って毎回天才…」

「和洋中に加えてパンもお菓子も完璧とか……」

「料理も趣味の一つさ。このパンケーキ、インスタでバズった投稿なんだよね」

「現役大学生でジムのインストラクターなのに、料理男子でもあるって、ギャップ良いよね…」

「さ、食べてみて」

そうパンケーキをフォークで一口切り、口に運ぶ。モコモコのメレンゲが入っているお陰でシュワシュワと口溶けがよく、カスタードクリームや冷凍フルーツ、チョコソースや粉糖と相性抜群で美味しい。小麦粉が入ってるとは思えないほど、粉感を一切感じない。和純も一口食べただけでほっぺが落ちる寸前になっていた。食事の際に毎回このシーンを見るが、毎回可愛いと思って見てる。

「美味ひぃ……ほっぺが……」

「あはは。落ちないように気をつけてね」

「和純、顔にクリームついてる…」

「俺が取「腹減ったー!」

「玄牙………お疲れ」

「疲れたぁ〜!お、虎ちゃんまた美味そうなの作ってる!」

「玄牙さんの分もちゃんと取ってありますよ…龍聖さんにはクッキーやマフィンも作ってあるんです……パンケーキは焼きたてが一番美味しいので」

調理師免許もあり、図体の割には甘党で、怒ると死ぬほど怖いが、現役大学生でジムのインストラクターをしている虎哲。デリカシーに欠けるが、実はメイクアップコンテストの世界大会でも活躍経験のある玄牙さん。俺のマネージャーでもあり、某美容サロン予約アプリでも予約は常にパンパンであり、美容業界でも知名度が上がりつつもある矢間。そして…チャンネル登録者数百六十二万人の美容系YouTuberでもあり、美容師の資格を持つ男子大学生の俺…詩喜である。

「虎哲さん……その、今度料理教えて欲しいです。調理実習今度あるんです」

「よし、良いよ。今度一緒にこのパンケーキとなんかご飯作ってみようか!」

「はいっ!それと…パンケーキに掛かってるクリームはカスタードクリームですよね?」

「そうだね。カスタードクリームと植物性のクリームを同割で混ぜ合わせたの。ディプロマットクリームと言ってね……」

「ディ……プロマット……?」

それに最近、和純は料理にも興味が出たらしい。調理実習がその理由らしいが、彼女のクラスには男子が四人しかいなく、また嫌がらせを受けないか不安だ。和純は俺達によって、どんどん可愛くなっている。そのせいもあり、周りの女子から嫌がらせを受けないか心配だ。でも次の日…………個人的に教えたかったメイクを、和純に教えることになったのだが……


「いずみん…化粧する前には色々準備が必要なんだよ……スキンケアもその一つで、顔の産毛も剃る必要がある。パックで肌の温度を下げると保湿もされて、メイクノリもよくなるよ」

「へぇ………」

「そうそう。俺が顔剃りしてやるよ」

剃刀で和純の顔の産毛を剃っていく。パッと見では見えないものの、光に当たるとよく見える。顔剃りをすることで肌のトーンアップもする上に、メイクノリがよくなる効果がある。だが、シェーバーと違って余分な角質も削れてしまうため、通常よりも乾燥しやすい。だから、パックや化粧水ミストで乾燥するのを防ぐ…。

「へぇ………お兄…痛い」

「ごめんな……脱毛もかなり効果あるんだよね」

「脱毛ね…和純さんの年齢的に、保護者の同意が必要だよね…」

「それなら俺が和純さんの保護者代わりになるよ」

「「「「えっ」」」」

隣の椅子の方に目を向けると、龍聖さんも座っていた。何と彼もメイクを習いたいらしい。それに、目標体重まではまだまだだが、見て分かるほど体が締まっていた。

「いやいや……無理あり過ぎだろ……」

「……そう?約束したもん。俺と和純さんはそういう関係だし」

「先輩……和純ちゃんのことが好きなのは分かりますけど…でも、いとこが保護者になったと偽れば…」

「問題ないでしょ?」

「和純はどう思うの?」

「………やりたい。でも」

「遠慮しなくていいよ。怖がる必要もない」

そう言い、龍聖さんは腕を伸ばし、私の頭を撫でてくれた。いきなりの話過ぎて正直驚いているが、とりあえず今度の休日に脱毛の説明に行くことが決まり、またメイクの話に戻った。メイクの下準備を終えると玄牙さんはテスターを幾つか取り出しては、何本か手に取っていた。

「これは化粧下地。毛穴や色ムラをカバーしたり、肌を均一にさせるものなんだ。ファンデーションのノリや持ちが良くなるものでもあるんだけど、いずみんはファンデはいらないかな…」

「綺麗…色んな色が……」

「そう。肌のくすみや赤み、毛穴のカバーはもちろん、血色感や透明感を出したい時にも使えるんだ」

玄牙さんが言うには、赤みにはグリーンの下地、くすみにはオレンジの下地、ピンクは血色感、ブルーは透明感、パープルはくすみカバーと透明感、イエローはトーンアップとくすみカバーに最適な化粧下地の色であるらしい。

「こうやって手の甲に出したら、頬、額、鼻、顎の五点置きして、顔の内側から外へと塗るんだ。よくトーンアップ系の日焼け止め見るだろ?あれも色付きで、化粧下地としても使えるんだよ」

「石鹸で落ちるやつとかね……。日焼け止めには紫外線を吸収したり、散乱する成分も含まれてるから、落とさないと毛穴に詰まって肌トラブルにも繋がるんだよ」

「日焼け止めはクレンジングで落とせるぞ……大体こんな感じかな…クマもあるから、コンシーラー使っちゃおう」

日焼け止めを落とさないと肌に悪いことを初めて知った。日焼け止めを落とさずにいると、毛穴に詰まりニキビや黒ずみの原因になるのだとか…。

「あ、でも化粧下地はこういうクリーム状なやつだけじゃないよ?和純ちゃんは…肌乾燥しやすいから、保湿効果のあるやつもいいかな。化粧下地は肌の悩みによって使い分けるのもありなんだよ」

まだベースメイクしか教えてもらっていないのに、それだけで頭が痛い。メイク前にすることや化粧下地の効果や種類……これだけでも覚えることが多い。目の前に出された化粧下地のテスターが姿を現し、顔に塗られる。果たして、どんな完成形になるのだろうか……。





……To be continued

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