❽恩返しの効果


「はぁ…はぁっ!」

「ほらあと十秒っ!よし!いいよ」

「ふぅ…はあっはぁ…虎哲…さん……キツい」

「和純さんは暫く運動してなかったんだから…ほら、もう一セットやるよ」

「虎哲君……俺も休憩したい…はぁっはぁっ」

「龍聖さん…仕方ないですね…」

この日は虎哲さんによる、ボディメイクについての勉強だった。実際にトレーニングする前は、朝起きてからストレッチやスクワットをすると代謝が上がったり、食後から二時間空けてから筋トレをすることが効果あったり、プロテインやEAAの摂取のタイミングだったり、毎日同じ部位を鍛えるのは効果ないことだったり…。私と龍聖さんは虎哲さんについていけず、バテながらトレーニングしていた。

「はぁ…はぁっ……疲れた」

「久しぶりの運動で動かし過ぎも良くないからね…」

「数年振りの運動だ……ぜぇ……これを毎日しないといけないのか…」

「さっきも言いましたけど、筋肉は破壊と回復を繰り返すことで発達するのでね、適切な休養も必要です」

「流石……ジムのインストラクターだね……虎哲君は大学生だよね?何学んでるの?」

「俺は建築学部ですよ。そうですね、調理師免許は夜間の調理学校で取りました。実は俺の家、かなり貧乏で…家庭環境も酷かったんです」

「…そっか。なんか…ごめんね」

「いえ……皆さんのお陰で今の俺があるので」

汗ふきシートで体を拭き、虎哲さんによるトレーニングは終わった。私達は彼の担当するジムを後にすると、兄と矢間さん、玄牙さんが待っていた。

「あ、矢間さんに玄牙さん…詩喜君まで…」

「いやあ…今日の予約分の施術は全部終わったし、久しぶりに筋トレしたいなぁって」

「和純ちゃん、大丈夫?龍聖さんも……」

「大丈夫だよ…俺は……でも、体動かすとお腹減らなくなるんだよね…」

「それは、運動によって自律神経やホルモンの働きが変わってからなんです。あとはアドレナリンが分泌されると、血糖が上がって空腹感が紛れるんです」

「結構理論的だね……今日でどれだけ勉強になったか…」

どうやら彼らも久しぶりに筋トレをしたかったらしい。彼ら曰く、今日の施術は全て終わり、暇を持て余していたらしく、私と龍聖さんは虎哲さんのジムに置いてあるベンチに腰掛け、兄達がトレーニングしている間、龍聖さんが色々話し掛けてきた。

「和純さん、君は運がいいね。こんなに恵まれた家族や、仲間がいるんだ」

「恵まれた……仲間……そう、ですね。でも、同性の友達は欲しいです。兄のファンの八割は女性で、年代も私とほぼ同じなので、中々友達作りにくくて…高校でもいつも一人です」

「無理して友達は作らない方がいいよ。でも、和純さんの言いたいことは分かるかも…」

「え?」

「自分で言うのもだけどさ、俺…かなりの大企業勤めじゃん?この歳になるとね…金目当てで俺に近づく人も多いんだよ」

そう言い、彼の視線は私から騒いでる兄や矢間さん、虎哲さんに玄牙さんに移った。そうだ。私にはこんなに恵まれた仲間がいる。このサロンや兄に負担を掛けたくないこともあり、高校の同級生とはあえて距離を置いているが、慣れてるはずなのにいつも一人でいて、寂しいと思う自分がいる。確かに私には同性の友達は一人もいない…。龍聖さんはそのことに対し、無理して友達を作る必要はないという…。

「せっかく実家とは疎遠になれたのに、これじゃ今までの努力が報われないままだよ…結婚したかったなぁ…」

「いやいや、龍聖さんまだ二十六ですよね?でも確かに留学経験や年収のことを話すと違う意味で女性が寄ってくるのか…」

「そうなんだよ…だから、結婚は諦めてこのサロンにいながら今の職場で働くつもりさ。」

「おいおい俺達まだ二十代だろうが…」

「詩喜君も虎哲君も、覚えておいた方がいいよ。二十代後半になると年収や学歴で男は選ばれる」

「…人間は…容姿や年収よりも、中身ですよ」

すると、龍聖さんは私の顔を見てこう言った…。嗚呼、どうせなら和純さんのような人と結婚したかったなぁ…と吐いた。それを聞いた矢間さん達も彼の元に寄ってきた。

「いやいや先輩……和純ちゃんまだ高校生ですよ?」

「龍聖さん、いずみんのことになるとすっごく必死になるんだよなぁ…確かに接し方全然違うし」

「この前二人でご飯行ってただろ…俺達が知らねぇとでも思ってたか?」

「分かってるよ…………でも俺は、どうしても和純さんじゃなきゃ嫌なんだよ」

「あんた何言ってんだっ!和純をっ!幸せに出来る自信はあるのかよっ!」

「……確かに今の俺にはない………だから、このサロンで変わる。和純さんを守る男になる」

「…ということなんだけど、和純ちゃんはどう思ってるの?」

矢間さん達の視線も、私の顔に向き、私は龍聖さんの言っていることに対して、どう返せばいいか躊躇っていた。初対面にも関わらず、女性の扱いにはなれているような一面も見られ、恐る恐る彼にこのことを聞いてみたら職業柄、女性といる機会が多いため、無理やり異性の扱いに慣れたのだと答えた。龍聖さんの意思ではなく、上からの命令…というか社内のルール。飲み会に誘っただけでセクハラ扱いされてしまう、今の時代。それに私と龍聖さんは十個ほど歳が離れていて、周りから怪しまれる関係になってしまう。でもどうして…私なのだろうか。兄は龍聖さんに対しこのことで怒っていて、虎哲さんや矢間さんは戸惑っていた。

「その…なんで和純さんなんです?」

「それはね……一緒に何か目標に向かって頑張っている和純さんを見て、この人なら…と思ったんだ」

「………」

「それに…あの時和純さんがいなかったら、俺は地元に帰れないままだった。和純さんに恩返しがしたいんだ」

「そんな……大袈裟だろうが」

「だから、和純さんが妻なら…どれだけ幸せなのかなって…」

「いずみんはまだ十七歳ですよ?」

「分かってるよ。歳の差もあることも重々承知している。でも俺は…どうしても和純さんが良い」

いきなりの言葉過ぎて、頭が回らない。トレーニング後もあり、体も熱く、腹部や腕、尻が筋肉痛になっていたせいで、それに対する返答が出ない。それらのせいで私は意識を失い、倒れてしまった。気付けば私は龍聖さんの部屋で寝ていた。

「んん……ここは?」

「和純さん、大丈夫?あまり動かない方がいい」

「……ええと……先ほどまでジムに…いましたよね?」

「実は君さ、倒れたんだよ。それで俺がここに運んだんだ」

「り、龍聖さんが…?ありがとうございます」

「ううん。その…ビックリしたよね……ごめんね」

私が目を覚ますと、龍聖さんが私の顔を覗いていた。そして彼は…先ほどのことについて聞いてきた。

「いえ……龍聖さん、他にもいい人いますよ?」

「いや、どうしても和純さんじゃないと嫌なんだよ。生涯掛けて、君に恩返しがしたい…」

「どうしてそこまで……」

「実はね…あの時俺手元に現金もあまりなくて…君が飛行機のチケットがなかったら今頃どうしてたか……」

「そう、だったんですね…」

「あぁ。あの時は本当に助かったよ。ありがとう」

水を渡され、口に含む。先程のことについて何て答えればいいかも分からない。それによっては、龍聖さんが悲しむことも考えると余計言いづらくなる。彼は私に対して「恩返しがしたい」とばかり言う。でも彼がいなかったらこのサロンは復活しなかった。施術で取扱う新しいものや施術の幅も狭かった…。そう考えると、それだけで十分な恩返しだと個人的に思うが、龍聖さんにとっての恩返しはまだまだらしい。

「いえ……」

「別に…和純さんに好きな人がいればその人に寄り添っても俺は構わないよ」

「好きな人…以前に、友達がいないです」

「……この先も、このサロンのメンバーと一緒にいるだろうからさ……詩喜君もどう思うか…」

「兄は…私が選んだ道なら、理解してくれますよ……このサロンの皆といて幸せですし」

「そっか……それに、俺も入ってるの?」

「当たり前じゃないですか…私達のサロンを救ったんですよ?私も龍聖さんに恩返しがしたいです」

「なんか……約束みたい。少しずつ、俺のこと、好きになってくれたら嬉しいな」

「ふふっ……一緒に綺麗に、なりましょうね?」

「あぁ。約束ね」

私達は指切りで二つの約束をした。一緒に綺麗になることと、私が大人になっても龍聖さん達と一緒にいることを。笑いあった時に、ドアからノックする音が聞こえた。

「和純ー、大丈夫?」

「お兄!私は大丈夫だよ」

「いやぁ……今の聞いたけどさ、妹は龍聖さんメインで俺達も一緒に守るよ」

「詩喜…先輩、大丈夫ですか?」

「和純さん、暫くはトレーニング休もうか……てか、龍聖さん少し体締まりましたね?」

「そうなの!最近ズボンも緩くなりつつあるんだ。それに目標体重まで十五キロかな」

「龍聖さんに合ったスキンケア用品皆届いたので、後ほど教えますね。いずみん、しっかり休めよ」

龍聖さんが部屋のドアを開けると、兄や矢間さん、玄牙さんや虎哲さんが部屋前で待っていた。どうやら私達の会話を聞いていたらしく、龍聖さんメインで彼らも私を全力で守ることを話し合っていたらしい。彼らも龍聖さんに対する恩返しとして、自分の得意とする施術をしている。私も彼に出来る恩返しは……彼の傍にいることだ。





……To be continued

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