❼お帰り、ア・モード・ミオ

「……ついに、出来たね」

「…あぁ。復活って感じだな」

「………わぁ」

「…宣伝も開店作業も終わったね。二ヶ月間、長かったけど皆のお陰で俺達のサロンは復活した。皆本当にありがとう」

「矢間だけじゃないよ。皆が頑張ってくれたから、サロンを取り戻せたんだ」

ついに、私達のサロンを取り戻すことが出来た。一階は受付と待合ブース、虎哲さんのジムやシャワールーム、二階は矢間さんや兄のヘアメイクスタジオと事務所、三階は玄牙さんのメイクスタジオ、四階は私達の休憩室という構造になった。

「そうですね……それじゃ、気を取り直して…」

「「「自分が自分でいられるようにっ!ア・モード・ミオっ!」」」

「……いやぁ、久しぶりの合言葉だなぁ…後で撮影しようかな」

「それに、詩喜や和純ちゃんへのストーカー行為が少しでも減るように、先輩の職場近くには交番もあるからねっ!安心だ」

「…本当に長かった。今日の予約もあるから、施術が終わったら龍聖さんの施術や和純ちゃんの施術をしよう」

幸い、今日は休日なので予約は沢山入った。今日がリニューアルオープン初日というのもあり、予想以上の予約数で皆大変そうだったが、無事全ての施術をし、閉店した。

「いやぁ、お疲れ!」

「久しぶりの施術楽しかったー!」

「中には俺達に差し入れもくれたお客もいましたからね……」

「あぁ。いずみん、新しいサロンも気に入ったかい?」

「はいっ!なんか皆、生き生きしてますっ!」

「うんうん。皆楽しそう。それで……」

「あぁ。まずは虎哲君、お願い」

そして前々からの龍聖さんの依頼のため、準備へと移った。まずは虎哲さんの担当するジムでボディメイクの計画を立てる。食の好みや体質、骨格、体脂肪率、特に鍛えるべき部位を計算し、無理しないボディメイクの計画を考える。龍聖さんの場合は海外留学の影響により味が濃く高カロリーかつボリューミーなものが好みであり、少しずつ薄味のものに慣れていくところから始めることにした。そして特に鍛えるべき部位は上半身…。言うて腹と背。その腹は横から見て目立つほどだ。

「……てか気になってたんだけど、あんた背何センチだよ?」

「………百八十四くらい?」

「…聞かなきゃ良かったぁ……皆デカすぎだろ」

「いやお前がチビなんだよ…」

「龍聖さんの場合は浮腫みもあるので、塩分も減らしましょう。浮腫みがあると代謝が下がって太りやすくなるんです」

「流石ジムのインストラクターだね……その浮腫みにはどんな食べ物が効くの?」

「利尿作用があるものや、カリウムやビタミンが豊富なのですかね……例えばアボカドやオレンジジュースとかがお勧めです」

龍聖さんの場合は浮腫みもあり、代謝が下がっている状態である。タンパク質や食物繊維はもちろんだが、カリウムやビタミン、利尿作用があるものも優先的に摂らないといけない。浮腫みを解消するには適度な水分補給、筋肉を動かすことである。日頃の仕事で毎日多忙な龍聖さんだとそれらは難しいため、皆の食事は虎哲さんが担うことになっている。そして次は、三階にある玄牙さんの担当するスタジオに来た。

「まずは……肌質の説明かな…」

「肌質かぁ……敏感肌とかよく聞くよね」

「それです。他にも混合肌や脂性肌、乾燥肌もあるんです。肌質は毎日変わるものなんでね」

「そうなのっ!てっきり同じかと思ってたよ…」

「肌の生まれ変わりの仕組みをターンオーバーっていうんですけど、加齢や生活の乱れ、間違ったスキンケア方法によってその周期が崩れるんです……」

私も今初めて知った。健康な肌の場合、ターンオーバーは約一月で起こると言われており、肌質が変わる原因としては、紫外線や乾燥、摩擦や化粧品の刺激、ストレスや睡眠不足、食生活やホルモンバランスの乱れにあるとも言われている。

「余談だけど、紫外線は怖いぞ〜?和純、紫外線は日焼けだけじゃない。シミやシワの原因にもなるんだから」

「えっ!そうなのっ?」

「龍聖さん、普段スキンケアとか……」

「そもそも朝早いから、水だけで顔洗って後は何もしてないよ……たまに髭も剃るくらいかな」

「どおりでよく見たら剃刀負け目立っててイライラするわ…」

「詩喜……まずは肌質を確かめて、今度俺が化粧品チョイスしますよ。日焼け止めも塗って、ビタミン剤も飲めば完璧です」

「日焼け止めは二時間おきに塗れよ?日焼けによる色ムラが出来るからな」

「詩喜お前……疲れてる?いつもは龍聖さんに当たり強いのに」

水だけで洗顔し、それ以外は何もしないとなると余分な皮脂は落とせず、肌が乾燥してしまう……それくらい私にも分かるようになった。いつもは龍聖さんに当たりが強いのに、彼の美意識に怒りながら美容を教える兄。兄は多分、疲れていない。その後、矢間さんによる髪質診断により、龍聖さんの垢抜け計画を立てるのは終わった。

「ふわぁ……とりあえず今日は遅いから、野菜スープだけでいいかな…」

「はい……龍聖さんは元の素材が良いので、皆で頑張って、変わりましょう」

「…あぁ。よろしく頼むよ」


そしてその次の日から始まった。まだ彼の肌質が分かっていなかったため、洗顔から始まった。洗顔をしてから二十分経過。すると龍聖さんの顔には一部に皮脂が出てきた。

「Tゾーンにテカリ、Uゾーンはツッパリ…混合肌だな……乳液はテカってる部分には少なくするのがベストっすね…」

「結構はっきりするもんなんだね〜…」

「髭剃る時は乳液塗った上でしてくださいよー?」

「玄牙君はメイク?だっけ…メンズメイクも最近流行ってるからね…俺も試したいなぁ…」

「はい……今度、いいメイク紹介しますね」

「龍聖さん玄牙さん〜!朝ご飯」

「お、腹減ったんだよなぁ…今行く!」

その後も歯磨きや洗顔、スキンケアを終え、朝食へと移った。今日の朝食も虎哲さんが作ってくれた全粒粉のカンパーニュに、コールスローサラダと彩りのある野菜と果物……虎哲さんチョイスのプロテイン。龍聖さんの生活リズムに合わせて、メニューも考えた。

「美味しいよ。今までは朝早くてさ、朝ご飯は食べてなかったんだよね…」

「……朝ごはんは食べないと…代謝も悪くなりますし便秘にもなりやすい…筋肉が減って肥満のリスクも上がるんです」

「へぇ……でも食べるものにもよるよね?」

「確かに食べ過ぎは良くないけど、夜ご飯をカロリーや脂質を控えめにすれば大丈夫です」

「そうなんだっ!」

「あと龍聖さんのお弁当作っておきました」

「ありがとう〜助かる……」

「朝早いんだろ?さっさと食って歯磨いて仕事行けジジイ!」

「お前怒りの沸点バグってるだろ…」

そして歯磨きをし、ある程度身支度を済ませ、皆部屋を後にする。龍聖さんは会社で仕事、兄や矢間さん、玄牙さんや虎哲さんはサロンで施術、私は学校にいる。事件があって以来落ち着いてはいるものの、最近また問題視されていることがある…。


「ふわぁ…眠……あ、そういえばあのアニメ……映画化されてたんだった!プライムで皆で観よう〜」

「おはよう小沼さん♡」

「ひっ!お、おはようございます……」

「ん〜?最近胸大きくなった?触って確かめてあげるよ〜」

「いや…結構です……やめ「あれあれ〜?」

「いいのかな〜?小沼さんが最近社会人の男の部屋に住んでることバラして…」

「そ…それだけは…っ!」

生徒指導の先生である。例の事件をきっかけに私の存在を知り、最近私を見掛けてはわざわざ声を掛けてくるようになった。最初は気に掛けてるだけだと思ったものの、最近は距離が近く、たまにこうして尻や太ももや手を触られるのも少なくはない…。妻子持ちなのにも関わらず出来るとは…それに、私が龍聖さんの部屋に住んでるのも事実で二度も住所が変わっている。この学校では住所が変わる時には、学校で生徒指導による手続きをしなくてはならないのだ。それが周りにバレると…私や兄、サロンの皆や龍聖さんのイメージが悪くなる。だから最低限の抵抗しか出来ないでいる。

「し、失礼します!」

そう言っていつも逃げている。走って教室に入り、何事も無かったかのように席につく。朝から最悪な目に合ってしまった。周りを見渡すと私はこのクラス…いや、この学校から浮いているのが痛いほど分かる。例の事件による矢間さん達の叫び、虎哲さんによる拷問級の地獄のトレーニング…それらにより私は周りから距離を置かれている。理由は簡単、虎哲さんの考えたトレーニングをされるからである。だがそれより、大人気美容系YouTuberの兄に嫌われた時のショックが多いはずだ。チャンネル登録者数やこの学校の雰囲気からするに、私に嫉妬する人が異常に多く手を出してしまい掛けることもあるのだ。

「……お兄からLINE…返そ……矢間さんや虎哲さん…龍聖さんからも……ええ…」

「…なんであの芋娘が……妹なのよ…ムカつく」

「しっ!また地獄のトレーニングやらされるよ!」

「………どうも〜?詩喜の妹でごめんね〜?」

「きーっ!悔しいっ!」

兄は、分かりやすい説明や超ポジティブな性格、プライベート、何より誰もが魅了する”可愛い”を持っている。一つ一つの動画の高評価やコメントの数、チャンネル登録者数に納得がいく。その妹がこの私で、例の事件後も嫉妬する人もいるので、私はいつも「詩喜の妹でごめん」と返している…。いや、そう返すしかない。クラスで孤立するのはとっくに慣れていて、昼食の時は兄とLINEで会話しながら…体育の時は先生とペアになっている。だから独りでも、全然怖くない。むしろこっちの方が楽だ。そして放課後になり、下駄箱に靴を入れようとした時……

「小沼さん〜?帰るんだ〜?ちょっと話したいことがあるんだけど…」

「話したい……ことっ?」

「はぁっはぁっ…!とにかく保健室に行こうっ!」

「嫌……やめ……」

両肩を掴まれ、抵抗出来ない。体はガクガクと震え、冷や汗が全身につたる。そのまま肩を抱き寄せて、誰もいない保健室へ連れてこうとした。先生はあまりにも息が荒く興奮していて、その気持ち悪さに携帯を持っていた指が作動してしまい、通話を開いてしまった。

<もしもし和純さん…?>

「早く早く……はぁっ……!」

「嫌っ!やめてっ!気持ち悪いっ!」

周りの生徒は、生徒指導の先生というのもあり見て見ぬ振り。しかも通話を開いてしまい、虎哲さんに電話をしていることに…。彼は私の声を聞くなり危険を察知したようで、少しするとその通話は切れた。それから十分ほど経つと虎哲さんが、来た。

「彼女に……触らないで…下さい…泣いてますよ?」

「君は…あの時の……」

「ここで僕に体を粉々にされるか……周りから白い目で見られるのか…選んで下さい。奥さんや息子さんに隠れて、生徒指導を言い訳に、女子高生に手を出してること…バラしますよ?」

「……粉々…てか離婚だけは勘弁だっ!でも……小沼さんの白い肌。色気のある汗ばむうなじ。小柄なのに柔らかい肌……興奮するんだっ!」

「うぇぇぇ……」

「ほら…とりあえず録音はしたんでね…僕はこれで。和純さん帰るよ」

先生は震え、顔を真っ青にした。彼から出た、気持ち悪い発言に嗚咽してしまったが、虎哲さんは私に合わせてゆっくり歩いてくれた。暫くして、嗚咽が落ち着いた後に虎哲さんに何で来たを聞いてみた…。すると彼は走ってきたらしい……。サロンや龍聖さんの部屋から高校まで歩いて二十分以上は掛かるというのに…。でも彼の有り余る体力なら十分でここに来れるのも納得いく。二十分ほど歩き、サロンに着いた。


「ただい「和純ーっ!」

「わわ……お兄…っ暑苦しい…」

「和純ちゃん、その……大丈夫だった?怪我してない?」

「いずみん…あのジジイ後で〆に行こうか…虎哲君の編み出した技で」

「あれ…俺の脊髄やられ掛けたやつね……あはは」

サロンに着くなり、施術中にも関わらず兄や矢間さん、玄牙さんが私の元に駆け付け、心配してきた。あまりにも必死で虎哲さんからLINEなどで事情を聞いていたらしい。やがてサロンは閉店し、龍聖さんも仕事から変えってきた。

「ただいまぁ……疲れた」

「龍聖さんお帰りなさい。ちょうどご飯出来てますよ」

「今日はいずみんも手伝ったんすよ!この子料理の才能あります」

「マジっ!やった〜!」

「いやいや…和純のこと話せば喜ぶよなあんた…そういう趣味かよ…」

「詩喜……」

あの日から、このメンバーで生活を共にして二ヶ月が経過した。このメンバーでいるのに慣れて、寧ろ彼らと一緒にいるのが心地良いと感じている。少なくとも大切な人達でもあり、これからも彼らと美容の道を歩んでいきたい……そう思えた。




……To be continued

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