❻リスタート


「ふわぁ…ただいま……疲れたぁ…和純っー!」

「お兄ただいま……よしよし頑張ったね」

「寂しかったよぉ……」

「ほら。詩喜はすぐ寝るからシャワーでも浴びてこい」

「和純ー、行くぞ」

「いや風呂も一緒なのかよ……」

「まあまあ。お腹減った」

暫くして事件が落ち着き、放課後に帰宅し、一人くつろいでいると、兄と矢間さん、玄牙さん、虎哲さんが帰ってきた。あれから兄と暮らしてたマンションと矢間さんが同棲していた部屋は引き払い、何故かこのメンバーで暮らすようになった。虎哲さんと玄牙さんも一人暮らしだが、更新するタイミングで部屋を引き払ったとのことである。

「玄牙さんも虎哲さんも、わざわざお部屋引き払う必要なかったのに…」

「なぁに。いずみんが心配なだけさ。俺達家族みたいなもんだし…矢間が父ちゃんみたいだろ…」

「……いや母ちゃんでいいだろ。玄牙さんが父ちゃんね」

「何だよそれ…無理。てかいずみん、あれからどう?嫌なことされてない?」

「まぁ、俺が山一周マラソンさせたので、当分は大丈夫だと思いますよ?」

「あ……」

この四人の活躍のお陰で私は嫌がらせを受けることはなくなった。今まで嫌がらせをしていた全校生徒には、虎哲さんによる地獄のお仕置を受けたからか、むしろ私から距離を置いている。校長と例の生徒はというと、兄の投稿が大炎上したせいで、逃げるように県を転々としてるとのことだった。お陰でサロンは一度営業停止されたものの、矢間さんの大学時代の先輩である龍聖さんのお陰で、再スタートの準備をしている。龍聖さんの貯金に頼るわけにはいかず、この男四人は美容のボランティアをしている。だがこの生活にはまだ慣れずにいた。何故なら、今私達が生活している場所は龍聖さんのマンションの部屋でもあるから…。

「……てかあの人、よく俺達を受け入れてくれたよね」

「うん……すっごい落ち着かないけど居心地悪くない」

「和純さん、それ矛盾してるよ」

「先輩ねぇ……一人暮らし寂しいらしくて…」

「そりゃこんだけ広けりゃ寂しいだろ」

「てか……龍聖さんって…何時に帰ってくるかも分からないからねぇ…そりゃあ深夜にご飯食べてるから、あの体に…」

一人で暮らすのには十分過ぎる、6LDKの部屋。しかも最上階…。最上階なので、虎哲さん一人の体重を支える床も限界が来るのは時間の問題だと密かに思っているのは私だけだろうか。すると、玄関ドアが開く音が聞こえた。

「ただいま……疲れたぁ……」

「先輩、お帰り……なさい」

「疲れたよぉ……すう…」

「……ご飯は、俺と玄牙で何とかするから、虎哲君悪いんだけど、先輩お風呂に入れてあげて」

「はい……龍聖さん、起きて。お風呂行きますよ」

「ふわぁ……あ、和純さんもゆっくりしててね」

「もちろん…俺とゆっくりするよ…俺と、ね?」

虎哲さんが龍聖さんの肩を貸し、そのまま風呂へと連れていった。昨日は私と兄が炊事当番だったが、今日は矢間さんと玄牙さんがそれだ。九月なのに関わらず、まだまだ猛暑が続いてるため、今日は夏野菜カレーだ。前夜から鶏肉をヨーグルトや数種類のスパイス、カレー粉に漬けていて、ルーを一切使わない、本格的な夏野菜カレーとなった。

「あ、油はサラダ油よりもオリーブオイルの方が健康にも美容にも良いの知ってた?」

「…いえ。正直油は、皆同じだと思ってました」

「それが違うんだよなぁ。オリーブオイルはサラダ油よりもカロリーは少し高いけど、オレイン酸やリノール酸が含まれててね…」

「意地悪だなぁ玄牙さん…。つまりな、便秘改善効果はもちろん、生活習慣病の予防、肌にも筋肉にも良いビタミンも含まれてるんだ」

「へぇ……」

初めて知ったことだった。同じ油類なのに、こんなに違いがあったなんて思いもしなかった。他にも牛乳や豆乳の違い、プロテインの種類の違いもあり、同じものでも原料が違うだけで、カロリーや含まれる栄養素がこんなに違ってくることに驚いた。鍋の中を焦げないように掻き混ぜつつ鍋で具材を三十分ほど煮込み終わり、仕上げをしている時、虎哲さんの意外な話を聞いた。

「いやぁ…それにしても虎哲君が考えたレシピ、本当に凄いよね」

「めっちゃくちゃ料理上手だからなぁ…図体の割には」

「今度背が伸びるご飯作ってもらおうかなー」

「いやお前はチビのままでいいよ。あ、和純ちゃん盛り付け手伝って欲しいな」

「はい!分かりました」

「はぁ……眠い……いい匂いだね。矢間も玄牙君も、虎哲君もありがとね」

丁度その時に、お風呂から虎哲さんと龍聖さんが上がってきた。スキンケアもドライヤーも済んだ状態で、二人は眠そうにしている。

「……虎哲君色々ありがとね。今度飯奢るよ…さ、皆で食べようか」

「虎ちゃん、今度背が伸びる飯作ってくれね?」

「身長かぁ……それは難しいなぁ…」

「確かに虎哲さん、SNSで上げてるお料理好評ですよね……羨ましいです」

「そうそう。実は俺、調理師免許持っててさ」

「えっ!」

「なんだ和純、知らなかったのか?」

「いや……初耳」

何と、虎哲さんは調理師免許を持っていたのだ。どおりで衛生面や食材、スパイスについて詳しい訳だ。彼曰く、夜間の調理学校に通って取得したらしい。それに、彼のSNSに上げられている料理は皆大好評で、何度か彼の手料理を食べたことがあるのだが、どれも皆絶品なのは確かだった。夏野菜カレーを盛り付け、皆でテーブルを囲み、食べた。矢間さん曰く、これも虎哲さん考案のレシピらしく、とても美味しかった。

「美味しい……お店みたい」

「虎哲君ジムのインストラクター以外にも調理師免許も持ってるんだね………すっごく美味しいよ」

「ありがとうございます。色んな野菜を沢山入れることで満足感を上げて、鶏肉をヨーグルトに漬けることで柔らかくなるんです」

「へぇ……虎哲さん…凄いですね」

「ありがとう。というか気になってたんですけど…」

一人暮らしなのに何故こんなに広い部屋に住んでいるのか…。虎哲さんが疑問に思い、龍聖さんに聞いた。すると…意外な返答が返ってきた。

「それはね…家族に憧れててさ………実はね…」

「いやあんたの幼少期の話なんか…」

「まあまあ。和純さんも詩喜君も、まだまだ俺のこと疑ってるみたいだし……この際に俺のこと知ってもらおうかなって……」

そして龍聖さんは、自身の過去について話し始めた。彼曰く、幼少期から両親が妹を溺愛してばかりで全く相手にされなかった、それに彼の両親は常に喧嘩ばかりしていた、それに耐え切れず高校卒業後に海外の大学院に進み、二年前に帰国し、今に至るのだという…。

「それで、俺が今の会社に勤めてるのを知った家族は、俺に仕送りや金を求めに度々連絡してくるんだよねぇ……」

「……よく分からないけど、家庭環境がよくなかったのは同情出来るよ。俺も和純もそうだったから」

「…………そっか」

「……先輩、その…どうして俺達に…手を差し伸べてくれるんですか…?」

「あぁ。それは………ボロボロになってる君たちを見て、幼少期の自分と重ねてねぇ…それに、俺も詩喜君のファンでもあるからね」

「……この野郎…」

「詩喜……本当にありがとうございます…先輩」

「ううん……。てか虎哲君、おかわりある?」

龍聖さんにも予想以上の過去があったなんて……彼は夏野菜カレーをおかわりして、虎哲さん以上に食べていた。異国の食べ物や多忙な社会人生活による不規則な食生活…。どおりでこのわがままボディになるわけだ。

「……でもね、分かってるんだよ。将来の為にも変わらないといけないって……」

「…でしたら、俺達に任せてください。今の俺達に出来る、先輩への恩返しです」

「……あれ、矢間は美容師…虎哲君はボディメイク、玄牙君がスキンケアやメイク……詩喜君と和純さんは……?」

「俺も一応美容師だよ。でも…SNSに特化してるかな…和純に合う化粧品も探してるんだよ」

「なるほど……。ならウィンウィンだね」

「はい…絶対、俺達のサロンを取り戻しましょう」

「「「「「はい / おうっ!」」」」」

そして次の日から、サロンのリニューアルオープンに向けての準備が始まった。相変わらず龍聖さんの部屋でお世話になり、日々が過ぎていった。

「……そういえば誹謗中傷のコメントなくなってる…励ましのコメントの方が多いな…」

「本当だ。今度出る新作コスメのレビュー動画でも撮ろうかな」

「SNS宣伝も始まる……予想外に忙しくなりそう」

「席数も備品も…色々必要そうですね……」

資金は龍聖さん持ちなので、美容品のストックやヘアアイロン、メイク道具やコットン、ラップや染髪料や、ブリーチ剤……他にも必要な美容器具は沢山あるが、兄や矢間さん達のボランティアの報酬のお陰により、学校に通いながらも、リニューアルオープンに向けて忙しい日々を過ごしていた。


「テスト疲れた………」

「お疲れ。あ、いずみん肌荒れてる……」

「あ、最近甘いもの食べながら勉強してたからですかね……あと少し太りました……」

「……クマもあるぞ……それに今日でテスト終わりだろ?俺達と一緒に寝ようぜ」

「いや、和純さんストレッチした方が…」

「和純ちゃん、前髪伸びてるから切るよ」

リニューアルオープンまであと二週間。工事も終わり、段々とサロンらしくなってきた。何階建てにもなってて、この前のサロンよりコンパクトになった。だが、最近兄以外の矢間さんと虎哲さん、玄牙さんと距離が近い。兄とは違う、過保護になっている。これが俗に言うハーレ……いや、言ったら兄が泣いてしまう。未完成の新しいサロンの受付で皆で喋っていると、龍聖さんが入ってきた。

「お、お疲れ〜。だいぶサロンらしくなったね」

「お疲れ様です。龍聖さんのお陰ですよ…」

「お互い様だからね〜……あれ、和純さんなんか……疲れてる?大丈夫?」

「いえ……大丈夫です」

「今日でテスト終わったから、忙しさで肌荒れて少し太ったとか言ってたな…」

「へ〜?お疲れ様。今日はゆっくり休みなよ」

「はい……ありがとうございます」

この時丁度ソファーに座っていたので、私はそのまま眠ってしまった。次に目が覚めると夜で、場所も龍聖さんの部屋に移り変わっていた。慌てて目を覚ますと、隣で兄が寝ていた。

「ん……あれ?」

「起きた?この後詩喜も寝ちゃってさ…顔洗っておいで」

「今日メイクは……してないです」

「メイクしてなくても、顔の油汚れを落とす為にもクレンジングが必要なんだよ」

「へぇ……」

「ほら、チビっ!起きろよ……夜だぞ」

客用の部屋に、矢間さんが入ってきて、彼が兄を起こす。兄は気だるそうに目を覚ましては、私に抱きついてきた。

「ふわぁ……和純おはよ」

「もう夜だぞ……」

「眠い……てか矢間も髪ボサボサじゃん…皆も寝てたのか」

「……まぁ、ね?なんか、龍聖さんが珍しくご飯食べに行こうだってさ…」

「マジ?」

「プライバシー守る為にも、個室で予約してあるらしい。クレンジングして日焼け止め塗って行くぞ…」

私達は急いでクレンジングをし、日焼け止めを塗って部屋を後にした。そして龍聖さんの車に乗り、焼肉店へと足を運んだ。

「………龍聖さん…?」

「…なんか、皆疲れてそうだったし俺も腹減ってたからねぇ…さ、俺の奢りだから好きなの食べて!」

「精を付ける…か。先輩……本当に、どうしてここまで?」

「……この前はあぁ言ってたけど、これには理由があってね…」

龍聖さんが次々とタッチパネルで注文し、それらでテーブルを囲みつつ、肉を焼きながら食事をした。それと同時に、龍聖さんは語り始めた。私達にひたすら手を差し伸べてくれる、本当の理由を…。それは、遠い遠い過去の話で、思っていたのと違う内容だった。


『はぁっ……はぁっ!クソ……飛行機のチケットが……これじゃ大学受験から帰れない…』

『………せっかく推薦もらえて、受験出来たのに…海外の大学院のための滑り止めなのに…』

『………地元の福岡行きの飛行機のチケットが……俺の馬鹿…どうしたらいいんだっ!』

『…あの……これ……落とした、よ?』

『これはっ!ありがとう!助かったよ!』

『おら〜、和純。行くぞー!置いてくぞ〜』

『あっ!待ってお兄〜!』

『あ、ちょっと!!(いつかお礼しなきゃ…恩返ししないと……)』

「……てことがあったんだよ…」

「…………?あ、あの時の高校生かっ!」

「あの頃の和純さんを見ると、今の和純さんは大人っぽくなったね」

数年前…私が幼稚園に入る前の頃、市の駅前で、ある男子高校生がスーツケースを引きながら慌てていた。帰りの飛行機のチケットを失くしてしまったらしく、顔を真っ青にしていた。丁度私の手に持っていたのは福岡行きの飛行機のチケット。しかも羽田空港から飛行機で福岡に行くらしい。兄がトイレに行ってて待っている間に、北風と共にそれが私の顔目掛けて当たったのだ。その頃の私は福岡がどんな場所か分からず、福岡というワードを出していた彼に…勇気を出してチケットを差し出したっけ。そして彼は…泣きながら私にお礼を言った。ひたすら私を命の恩人と言い、最後に何か言おうとしてたが、丁度その時に兄がトイレから戻り、兄に手を引かれ、その続きが分からなかった。そして今…その男子高校生が社会人となっていて、その彼が…目の前にいる龍聖さんである……。

「そういえば泣きながら和純にお礼言ってた男子高校生いたなぁと思ったわ……」

「二年前に海外の大学院を卒業して、今の会社に勤めててね……この前の詩喜君の騒動あったでしょ?」

「あぁ。あれね……今は落ち着いてるよ」

「良かった。それで俺も学校で皆がメガホン持って発言してるのを遠くから見てさ……矢間と詩喜君いるっ!って思ってね……」

「先輩……」

「それと同時に、ネットで和純さんの顔写真が載せられていてね…あの時のことを思い出して……その…」

恩返しがしたくて…急に龍聖さんが静かに呟いた。その頃には彼の話や幼少期の記憶の巻き戻しと再生で網で焼いてる肉に目がいかず、焼いていた肉が全て黒焦げになってしまっていた。

「うげぇ……焦げちまった…」

「…俺も話に夢中になってた……新しいお肉、頼もうか」

「………へぇ…詩喜君と和純さん、数年前に龍聖さんと会っていたんだ」

「うん……まさかと思ったらね。でも会えて良かったよ。あの後俺、無事地元の福岡に帰れたから」

「……龍聖さん」

「悪いね長くなって。さぁ、沢山食べて精を付けよう!」

予想外の出来事。彼とは数年前に会っていたとは…。どおりで彼の恩返しの理由に納得出来る。それからは思った以上に楽しい食事となり、デザートまで食べれて満足だった。兄や虎哲さんからは食事は野菜から食べること、たんぱく質や発酵食品を摂ること、一口あたりの噛む回数を増やすこと、腹八分目に抑えることを口酸っぱく言われていたが、今日は特別らしい。そして、会計を済ませ、店を後にした。


「いやあ、先輩……ご馳走様でした」

「凄い食べっぷりだったね……でも矢間さ、サロンの名前は変えるつもりないの?」

「…はい。ア・モード・ミオは、イタリア語で”自分らしく”っていう意味で、個性の強い俺達とお客さんへの励ましの言葉としてピッタリかなって……」

「自分らしく…かぁ……誰考えたの?」

「このチビ…詩喜ですよ。こいつ、個性が強いせいでYouTubeでも稼ぎまくってるんです」

「やめろよ言い方悪いな…」

私も初めて知ったことだが、サロンの名前であるアニ・モード・ミオは、イタリア語で「自分らしく」を意味し、それは矢間さんではなく兄が考えたサロンの名前らしい。確かに、キャラの濃い矢間さんや虎哲さん、兄や玄牙さんにはその言葉が似合っている。綺麗になるには自分らしさが一番大切だと私は思っている。

「でも詩喜君考えたねぇ。さぁ、再スタートまでもう少しだっ!サロンが復活したら、よろしくね」

「…なんか、龍聖さん楽しそうっすね…」

「分かる。俺らよりワクワクしてるもん…」

「取扱う施術の幅も少し広げたり、ドリンクのサービスも考えて……皆で取り戻そう」

「和純……だいぶ迷惑掛けちまったな…でももう大丈夫。ボランティアで報酬はたんまりあるしなっ!」

「うんうん…和純さん、色々あったけどよく頑張ったね」

「…………皆、はいっ!」

そして二週間後、これまでの取り扱ってる施術やサービスなどの見直しをし、他にも新しい施術の幅を広げたり、兄のチャンネルやSNSで宣伝したりで忙しい日々の末、ようやく私達は……サロンを取り戻すことが出来たのだった。





……To be continued

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