❺サロン宛の果たし状


「はぁ………とりあえず、和純ちゃん。最近はどう?」

「もう……何も言えないです。強いて言うなら辛い、です」

「和純さん、だいぶ痩せたね………食べないのは体に良くないよ」

「いずみん……」

あれから一ヶ月。私の心身はとっくに疲弊していて、まともに食事も取れない状態になり、僅かの期間で4キロほど体重が減った。矢間さんや虎哲さんが私を心配するが、一番心配なのは兄だった。

「詩喜……お前もだいぶ痩せたよな…」

「まぁな………あれから俺達頑張ったけど、嫌がらせが止まらねぇ…」

「それにサロンへの悪戯も絶えないよね………教育委員会や警察にも相談しないといけないな」

「とりあえず、明日も学校に直談判しに行こうか」

やはり、学校はこの件に関して取り合ってくれず、私はひたすら周りの生徒からの嫌がらせを受け続けている。それに兄も、YouTube活動が出来ずに落ち込んでいる。その夜は明け、私が学校で嫌がらせを受けている間に、矢間さん達は学校に直談判しに行った。それでも学校側の対応は変わらずにいたが………その日は違った。休み時間、私は複数の生徒に追いかけられ、校庭でつまづき、周りの全校生徒から囲まれていた時だった。

「はぁっはぁっ……!あっ!」

「逃がさない……ムカつくっ!」

「なんでこの女が、大人気美容系YouTubeの妹なのよっ!」

「…………もう、やめて。許して………」

「はぁっ!このブスがっ!この芋女がっ!なんで美容師とジムのインストラクターとメイクアーティストと一緒にいるのよっ!」

それしか言えなかった。すると周りは更に興奮し、石を投げてきたり、蹴ってきたりしてきた。矢間さん達は何をしているのか……すると、屋上からメガホンを持った四人の男が姿を現したことで、私は安心した。

「やめなさいっ!」と矢間さんがメガホン越しに叫んだ。その一声で私への暴行は止み、全校生徒は屋上の方を見上げ、唖然としていた。何故なら皆が憧れている、美容のプロが屋上にいるのだから。迷わず矢間さんは続けて、メガホン越しに叫ぶ。

「今君たちのしていることは何だっ!何の罪もない生徒を、全校生徒で追い込む必要があるかっ!」

「………小沼和純が!大人気美容系YouTuberの小沼詩喜の妹であること!我々のサロンで色々手伝ってくれてるのも!事実であることには変わりないっ!」

「だがしかしっ!その妹だからと言って!何の罪もない彼女を精神的に追い込むことは!間違っている!」

「君たちは未来ある高校生だっ!そして小沼和純も!その一人だっ!彼女は!我々のサロンの一員で!まだまだ未熟な!未来ある高校生っ!」

ただ私は、黙って屋上を見上げることしか出来ない。でも皆が全力を尽くしてくれている…。矢間さんに続き、虎哲さんも玄牙さんも、兄もメガホン越しに叫んだ。

「確かにっ!俺には妹がいるっ!だからと言って精神的に追い込むことをっ!俺は許さないっ!」

「小沼和純を傷付けたやつは!俺のファンでもリスナーでもないっ!」

「学校側も何も取り合ってくれなかった!だから俺達はっ!訴えますっ!」

訴えるという声が響くと、周りの生徒は皆黙った。だが一部の生徒は矢間さんや私達にカメラを向けていた。すると校長は、青ざめた顔で登場してきた。彼が主張をしてきたが、ある意味で手遅れだった。

「私は間違っていないっ!ただの悪戯だっ!」

「悪戯ならこんな大事にならないだろっ!クソジジイボケてんのかっ!」

「…………私は認めないっ!この娘とその兄が全て悪いっ!」

「………悪いけど校長よぉ……録画してるんだわ。言い逃れは出来ないぞっ!」

「っ!」

なんと、矢間さんは校長がこの事を認めないことを想定して、録画していたのだ。周りの生徒の視線は私達から校長へと移り、すると校長は更に顔を青ざめ、冷や汗だくだくで後ずさりして、この場から逃走しようとした。だがしかし……

「虎哲君っ!」

「っ!」

矢間さんが虎哲さんに合図をしたことにより、彼は五分も経たないうちに屋上から階段を駆け降り、校舎から出てきて、物凄いスピードで逃走しようとした校長を捕まえたのだ。

「……離せ……離せっ!離しなさい!」

「…………僕らにしたことを認めるか……このまま抑え込んで体が粉々になるか…どっちか選んでください」

「……ひぇぇ…」

「………ジジイ漏らしてんじゃん。情けねぇなぁ……」

虎哲さんのあまりの力強さと怒った時の圧に、校長は気絶してしまったようだ。校長を彼に任せ、私達はある生徒の元に駆け寄った。

「…………ごめ……許し「お前だろ?」

「俺の妹を……和純を利用して、俺を傷付けようとしたのは……」

「君のことも校長のことも、教育委員会に言ってあるし、いずみんや矢間に集めてもらった証拠も提出済だから……これ以上逃げ場はないよ」

「そんな………」

「さ、親子揃って警察のお世話になるか、他の生徒や俺達から白い目で見られながら学校生活送るか…選びな」

「……私は……悪くないっ!だってパパが」

なんと、黒幕となってる生徒もこの件に関しては一切認めていないようだ。気付けば私は彼女に、平手打ちをしていた。

「痛いわね!何すんの「あのねぇ……」

「お兄のいるサロンはっ!ア・モード・ミオはっ!私のお家でもあるのっ!そして矢間さんも虎哲さんも玄牙さんもお兄もっ!私の家族なの」

「だからって……酷「元から性格が歪んでるから綺麗になれないの」

「……和純」

もう片方の頬にも平手打ちをした。矢間さん達の声、私の言葉を聞いても反省する素振りすらもなく、怒りから呆れに変わった。

「………なんでこんなことしたの?どうしてお兄をターゲットにしたの?教えてよ。今ここで」

「…………私は悪くないわっ!サロンで門前払いされたからよっ!詩喜君の大ファンで!誰よりも好きな自信はあった!でもあんたが詩喜君の妹だと分かって!詩喜君に会いに行こうとしたら!出直してこいって言われた!」

「………それは、SNSで俺のストーカーするからだろうが……悪いけど、和純を傷付けるなら俺のリスナーは失格だよ。今後の人生大変だね」

「……そ、んな……」

「申し訳ないけど、サロンへの損害賠償と迷惑料、詩喜や俺達、和純ちゃんに対しての慰謝料はきっちり払ってもらうよ」

「払ってもらわないとねぇ……俺が考えた地獄のトレーニングあるから……やれば生きてるか分からないけどね?」

「ひぇぇっ!」

「皆さんっ!この度は僕達のことで大変ご迷惑をお掛けしました!気持ちの軽さ関係なく和純ちゃんに意地悪した方はっ!きっちり償ってもらう!」

そして、ようやくこの事件は幕を閉じた。兄のストーカーをしていた女子生徒がサロンの前で門前払いされたこと、私が兄の妹だと判明したことで恨みが募り、今回の事件に発展したということになる。それに加え、その親である校長も取り合ってくれず、暫く学校は臨時休校となった。そしてその日の帰り……。


「とりあえず解決したね。さぁ、乾杯っ!」

「「「「乾杯っ!」」」」

「ぷはぁーっ!ビール最高っ!」

「詩喜…飲み過ぎるなよ……チビでも酒は飲めるんだな」

「いやぁなんかめっちゃ気楽になったし、めちゃくちゃ腹減ってるからさぁ…」

矢間さんの部屋に集まり、打ち上げが行われた。ダイニングテーブルには缶ビールや缶チューハイ数本、カロリーの低いおつまみが並んでいた。兄は一気に減ってしまった体重を取り戻すかのように飲み食いしている。

「……浮腫んでも知らないよ?それに和純さん、大変だったね…もう大丈夫だから」

「はい……皆、本当にありがとうございます…」

「ううん。解決して良かったよ。いずみんも遠慮なく食えよぉ!」

「ヒック……うぅ……和純〜!」

「お兄、暑苦しい………でも良かったね……」

「後は動画出して少しずつ復帰すればいい話だね……」

その後、兄と矢間さんは今回の事件の詳細をまとめた動画とSNSで復帰の報告をして、少しずつサロンに平和が戻っていった……しかしもう一つ問題があった。

「……サロンさぁ、落書きと投げてきた生卵や生ゴミとかで近隣住民からクレーム来ててさ……復帰も厳しいと思うんだよね」

「業者にも見てもらったけど厳しいらしいじゃん……」

「そうなると……今のサロンを取り壊して消毒する必要がありますよね…」

「それにジムの器具や染髪料やトリートメント、スキンケアやメイクセットも無駄になるから……めちゃくちゃ損害出てるもんな…」

「………皆」

「和純ちゃんごめんね。サロンは俺達で何とかするから………その…」

私も今のサロンを見て分かっていた。酷いほど外観を荒らされていて、サロンで取り扱ってるジムの器具やヘアメイクやトータルビューティーの道具も全て無駄になってしまった。矢間さんはそう言ってるが……彼の携帯に通知音が鳴り、それを見ると彼は膝から崩れ落ちた……

「や、矢間……?」

「…………彼女が……飽きたから別れるって…」

「矢間さん…………」

なんと付き合って同棲もしていた彼女から突然の別れを告げられたのだ。そりゃあ立ち直るのにも時間が掛かる。彼が落ち込んでいた時、インターホンの音が鳴った。

「……誰だよ…?今出まーす」

兄が矢間さんの代わりにドアを開けると、見知らぬサラリーマンがドアの前に立っていた。

「あんた…誰?」

「君が詩喜君か。思った以上にちっちゃいね?」

「何の用で来たんだよ……」

「あ………先輩……」

「「先輩…?」」

顔を青ざめた矢間さんも玄関に向かい、目の前のサラリーマンを家に入れた。

「……矢間、どうしたの?」

「…彼女が……浮気してて…別れようって……同棲もしてたのに……」

「……それは大変だね」

「矢間さん……」

「で、ところであんた……何の用?」

「そうだった。実は君達のサロンが危ないのを知ってね……俺から提案があるんだけど…」

「それよりあんた誰だよ…名前何だよ?」

兄はサラリーマンに対し、警戒心があるようで、まるで威嚇する猫のようだ。すると彼は自分の名を名乗った。

「アッハッハ。俺は植根龍聖。名刺渡すよ」

「別にいらねぇよ……って!大企業勤めかよっ!」

「そうだよ〜?近くを通ったから寄ったんだよね。それでさ…和純さんだっけ?詩喜君の妹」

「そうだけど……和純は渡さねぇからなっ!」

「お兄……暑苦しい」

彼の名は植根龍聖、二十六歳の大企業勤めで、兄と比べるとかなりの高身長である。しかも矢間さんの高校の先輩であり、海外の大学院を出ているという。若干体はふくよかだが、目鼻立ちはくっきりしている方である。しかし彼は兄より私に興味があるらしく……

「いずみんがどうかしました?」

「ネット上で君たちの姿を見て、和純さんと一緒に垢抜けたいというか……なんか、ね」

「ロリコンじゃねぇか…ダメだよ」

「俺達にできる施術はありますけど、サロンが…」

「それなんだけどね……お金は俺が何とかするから新しいサロン、建てて欲しいな」

「「「「え」」」」

龍聖さんの一言で、私達の頭は真っ白になった。なんと、彼からのお願いでもう一度サロンを経営して欲しいとのことであった。

「………大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。俺ならね……自分の貯金から出せるよ」

「ちょ……貯金?」

「そうだね……大体、六百万あれば足りるかな?場所は…俺の会社の近くの居抜き物件でいい?」

「え……あ、ああ……ここなら…」

「なら決まりだね。今日はこれで失礼するよ。急に来てごめんね。詳しい話はまた今度ね、矢間もその……考え過ぎないようにね?」

「はい……では…」

あまりの展開過ぎて、私達は目を丸くする。彼の貯金で、しかも彼の勤める会社近くの居抜き物件で新しいサロンを建てることが決まった。龍聖さんが携帯で見せた、居抜き物件は三階建てで広く、外観は綺麗な方だった。龍聖さんは帰っていき、私達は思ったことを言い合った。

「……凄いよなぁ…てか、なんでいずみんに興味があるわけ?」

「さぁ、ロリコンだからじゃね?」

「先輩は、そういう趣味ないよ」

「矢間さん、俺達は暫く……」

「あぁ。流石に働かないわけにもいかないよねぇ……ボランティアなら……あった」

「一人あたり一ヶ月で二十万円……四人だと八十万円か…よし、皆でそこでボランティアしよう」

仕事を失ったことを受け止めた矢間さんは携帯でボランティアを探した。すると近くの養護施設で美容のボランティアが募集されていて、その分の報酬が高いことにより、翌朝電話することになった。

「和純、俺のせいで本当に迷惑掛けた。本当に申し訳ない。ごめん……許されるか分かんないけど、もう一度俺達にチャンスをくれ…ないか?」

「お兄………」

「確かに、俺達の配慮が招いた末路だ。先輩の言葉に甘えて、皆でもう一度頑張ろう」

「はい。お兄、頭上げて?今回のは誰も悪くないじゃない。皆必死で私を守ってくれたじゃん。お互い様だね」

「………とりあえず、今日はお開きにしよう…と言いたいところだけど、皆泊まってくれない?」

「仕方ねぇなぁ……」

本当に、終わった。そして今夜、矢間さんの部屋に泊まることになった。二十代の男四人に女子高生という、違和感しかないメンバーではあるが、私はこの人達を少なくとも、かけがえのない仲間だと思っている。





……To be continued

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