❹火種


「はぁ……あっつ〜……」

夏休みが終わり、二学期の始業式も終えた夏休み明けの登校日。私はその日も学校では一人だった。兄と暮らす前は人と関わるのが面倒なあまりに一人でいたが、今は違う………。何故なら……

「ねぇ昨日の詩喜君の動画見た〜?」

「見た見た!あのコスメめちゃくちゃ可愛かった!今日買いに行こうか悩んでてね」

「じゃあ一緒に行かない?」

「いいね!楽しみっ!」

兄の存在だった。実の兄が大人気美容系YouTuberで、私がその妹だとバレると大変なことになる。もちろん兄も外では変装してるので、あまりバレないことはない。だがもしバレてしまったら……炎上や高校中退はもちろん、その後のライフステージも崩れてしまう。もちろん兄妹揃って。机に突っ伏していると、廊下からある声がした。

「知ってる〜?この高校に、あの詩喜の妹いるらしいぜ?」

「はぁっ!詩喜ってあの大人気美容系YouTuberの……?」

「うん。めちゃくちゃ可愛いんだろうな〜?」

「なぁ……顔見てえ……」

終わった。今終わった。最悪だ。その情報は何処から仕入れたかは分からないが、最悪な事態に至りつつもあってしまった。冷や汗が止まらず、心臓バクバクだ。そのまま休み時間が終わり、移動教室及び授業が始まってしまった。その授業は、パソコンの授業で、先生が話をしてると同時に、周りから兄の情報を探る声がした。周りのパソコン画面を見ると、「詩喜 YouTube 本名」「詩喜 妹 顔」等、とにかく兄の個人情報をゴーグルで検索していた。

「……詩喜……顔隠してるからあまり分からない」

「事務所には、マネージャー兼美容師…?それと現役大学生でジムのインストラクター?大人気メイクアーティスト…がいるの?」

「事務所……サロンの名前は……?」

「皆〜?詩喜君のことが気になるのは分かるけど、エクセル開いて!value関数学ぶよっ!」

周囲の生徒はセンターモニターを一切見ず、ひたすら情報を探っている。非常に耳が痛い。何とかその授業を終え、私は即トイレに駆け込んだ。携帯のロック画面を解除し、兄にLINEをする。

「(……お兄、緊急事態。今日サロンに全員集合ってできたりする?)」

<どうした和純?らしくねぇぞ?>

「(違うの!私達兄妹にも、サロンにも悪影響を及ぼす可能性大なの!)」

<何だと?お前何時に帰ってくるんだ?>

「(四時頃……とりあえず、また後で連絡するね)」

幸いトイレは個室なので、こちらの会話が見られることはない。しかし髪を直しに来た女子生徒が数人で話してるのが聞こえた。それは先程よりも最悪な話だった。

「思ったんだけどさ……詩喜君の妹…小沼さんだと思うんだよね」

「嘘あの芋女が?でも確かに、夏休み前と雰囲気違うよねぇ……確かに髪色同じじゃない?」

「確かに……小沼さん戻ってきたら、聞いてみよ?」

「(………これ、デスゲームか何かっ!)」

どうやら過去最悪のデスゲームが始まったらしい。確かにYouTubeにいる兄と私は髪色は同じ白髪だ。それと同時に同じ低身長でもある。事実上、私や兄にはどうすることも出来ない。何とか聞かれることを凌ぎ、下校のチャイムと同時に私は即サロンへ駆け込んだ。するもそこにはソファに座り、無表情の兄や矢間さん、虎哲さん、玄牙さんがいた。

「……和純、おかえり。よく耐えたな」

「………早速で悪いんだけど、和純ちゃん、何があったのかを説明してくれ」

「はい……実は………」

そして私は今日あった出来事、私達が危険に晒されてること、あくまでも私の予測だがサロンが大炎上する可能性について、とにかく事の全てを話した。

「……てなわけなんです」

「そっか…今日よく頑張って学校行ったね。偉い」

「ぐすっ……ヒック……」

「…………全ては俺が悪い……謝って済む問題じゃないのも分かってる…でも、すまない」

「……お兄は何も悪くないよ…」

兄は澄んだ瞳から一筋の涙を流し、泣き出してしまった。全ては自分が悪い、私が辛い思いをしてるのは全部自分のせいだとか、とにかく自分のことを責めている。矢間さんも涙を堪えてる。それに対し玄牙さんはあまり彼らの顔を見ずに携帯の画面を眺め続けていて、虎哲さんはひたすら詩喜の頭を撫でている。すると玄牙さんが突然声を上げ、携帯の画面をこちらに見せてきた。

「これは………今すぐ活動中止のことを投稿するんだっ!」

「そんな……」

「…今の状況では暫くサロンやお前のチャンネルや他のアカウントは間違いなく炎上する。暫く活動中止することを投稿し……はぁ?」

「………どうやら、詩喜の部屋が特定されちまったらしい……しかも陰湿なイタズラまで……」

なんと、私と兄が暮らしてるマンションを特定した人が、SNSにて丁寧に住所も写真も晒したようだ。兄のチャンネル登録者数から見るに、それは瞬く間に拡散してしまった。

「…何だよコレ……地獄か……?」

「……こうなれば俺達の部屋まで特定されたら困る…暫く、俺達は落ち着くまでサロンで寝泊まりするとしよう」

とりあえず暫く日常を送る場所は確保出来た。幸い、このサロンのジムにはシャワールームや洗濯機もあり、スキンケアやヘアケア……服と食料以外、何も困らない。しかしそれよりも問題なのは…私の学校生活について、だ。

「最悪、俺のチャンネルはどうなっても良い。だけど……和純の人生が壊されるのは嫌だ」

「転校ってわけにもいかないからね………とりあえず、校長先生や教育委員会、場合によっては弁護士や警察にも協力が必要そうですね」

「あぁ。和純ちゃん、君の為なら最悪このサロンは潰れてもいいと俺は思ってる。今は怖いかもしれない。だから、俺達と一緒に世間と戦おう」

「はい………」

そして私達は、世間と戦うことを決意した。矢間さんや兄は、サロンの臨時休業とチャンネルや他のSNSアカウントにての活動休止を報告した。そして眠ろうとした時、目を閉じた瞬間、悪夢が襲ってきて、眠れもしなかった。今のところ、私はいつも通り学校に通うようにはなっているが、凄く不安だ。だが最悪なことにそれは的中した。


「上履きに……画鋲」

「あー、小沼詩喜の妹だー」

「なんであんたがノコノコと学校に通えるわけ?」

「………」

「何その顔……ムカつく」

下駄箱を開けると、上履きに画鋲が詰め込まれていた。それに絶句してると、女子生徒がわざと大きな声で例のことを言ったことで、周りの視線は全て私に向けられた。そして殴られた。

「……痛い」

「………………一体誰が……?」

まだ分からない。一体どこの誰が…何の為にこの悲劇を起こしたのか。兄の動画は全て見たが、私やサロンの皆の顔は映らないようにしてるのに、何故バレてしまったのだろう。教室に入ると、複数の男子生徒が私の机にイタズラをしていた。

「………何、してるの?」

「ああ、妹来た。顔汚いのを教えてやろうと思ってさ……あははっ!」

「…狂ってる……」

その日は周りの生徒から嫌がらせや暴力、恐喝を受けた。サロンに帰宅すると、玄牙さんが私を抱きしめてくれた。

「辛かったな……よく頑張ったよ」

「ありがとう……ぐすっ!玄牙さん」

「しかし……詩喜のチャンネルは荒れちまってる…コメントも最悪さ。てか、いずみんは何の罪もない。俺達も周りから恨まれることをした覚えはない。当然だけど、詩喜にもいずみんにも……俺達にも何の罪もない」

そう言い、玄牙さんはひたすら私の体を包み込んでくれる。すると、目の下にクマが出来た虎哲さんと兄が出てきた。

「和純……お帰り。よく頑張ったな」

「和純さん……全身怪我だらけ………それで、何か分かったことはある?」

「いえ………」

「………何も悪くない和純さんに暴言暴力、恐喝…人としてどうなんだ。和純さん、明日から暴力とかされたら必ず録音するんだよ」

「皆。新しい情報が見つかった………」

パソコンを片手に持った矢間さんも登場し、昨日と同じテーブルを囲むように座った。彼が「これなんだけど…」とパソコンの画面を見せてきて、私達は驚いた。

「……詩喜の投稿や発言には不適切な内容は無かった。でも和純ちゃんの高校は晒されてる………」

「ふざけるな!一体誰がっ!」

「気持ちは分かるけど……とにかく新しい情報が見つかったんだ。それが…」

今の状況の黒幕が、私と同じ高校にいるとのこと。それは矢間さんが裏アカ女子を装ったアカウントを作り、情報を探ったことで分かったらしい。目についたアカウントは……私や兄に対する批判の投稿をしていた。

「……殺してやる……って……酷くねぇか?」

「裏アカ女子を装ってその人とやり取りしてみた。相手は女性で、和純ちゃんと同級生みたい」

「へぇぇ…………」

「矢間……お前凄いよ」

「……また何しでかすか分からねぇ…とにかく、二ヶ月分の家賃は払ってきたから、支払いを催促されることは無い。クソ……悔しい」

なんと、その黒幕は同じ高校にいる女子生徒で、私や兄に対する誹謗中傷や殺害予告だった。それには「殺す」「死ね」「不幸になれ」などと書かれていた。それらの言葉が載せられた投稿は全て矢間さんがプリントアウトしたとのことである。

犯人の情報が得られたのも大きな進歩の一つだが、忘れてはいけない問題もあった。その日から二週間が経過した。その頃には日に日に誹謗中傷のコメントや近隣住人からの嫌がらせ、私や兄に対するストーカー行為が落ち着いていた。

「………ほんの少しだけど、収まってきたな」

「あぁ。批判のコメントはだいぶ減ったけどまだまだ沢山いるな……それに励ましのコメントも意外と多い」

「まぁ……これだけチャンネル登録者がいればな…全ては俺のせいなのに……笑えるよな」

「笑えねぇよ。そいつが何の関係もない詩喜や俺らを巻き込んで、精神的にいずみんを追い込んでる可能性もあるんだ」

「……でも和純さん、高校では詩喜君や和純さんのことで大変なんでしょ?」

「はい………てか、普通に盗撮されて顔も晒されてます」

「何だって!今すぐ高校に向かうぞ!」

泣きたい気持ちを抑えつつ、情報を共有している午後五時半…。私達は高校に乗り込む事にした。矢間さんの車に乗り、私達は校長室に駆け込んだ。

「先生っ!これは大事件ですよ!解決にご協力頂けないでしょうかっ!」

「……あのね、それは出来ない」

「んだとクソジジイっ!俺の妹は!こんなにも辛い目に遭ってるんだぞっ!何の罪もないのに周りから殴られて、物隠されて、盗撮されて……更には俺ん家の住所も晒されて……っ!」

「詩喜落ち着け。これらが証拠です。これを見ても動かないようなら、僕らはそれなりの措置を取るつもりです」

「……速やかに帰りなさい。私は忙しいんだ。この娘に使う時間など一秒もない」

矢間さんはプリントアウトした投稿の内容を、兄はYouTubeのチャンネルのコメント欄、住所を晒された投稿の画像、とにかく短時間で用意した数々の証拠を校長に全て見せた。しかし校長はそれらを受理するどころか、鋭い目つきで引き取り願う、とこちらに言ってばかりだった。

「今日はお引取り願おう。小沼さん、どうせ親に殴られたんでしょ?君の家庭は大変そうじゃないか」

「………なんで校長のてめぇが!動こうとしねぇんだっ!妹が今もこれからも辛い目に遭うというのに……ジジイ今まで何してたんだよっ!」

「詩喜!犯人は……この高校の生徒だと分かりました。これ聞いても気持ちは変わりませんね?」

「ふんっ!勝手にしろ」

校長は一瞬目を逸らしたが、すぐに校長室を追い出され、私達は学校を後にした。帰りのついでに近くのスーパーに寄ったものの、そこでも私達の噂は絶えなかった。パートの中年女性も客も常に私達の方を見てはコソコソと話していた。最低限の食料調達は玄牙さんに任せ、何とかサロンへ戻ることが出来た。


「……結局取り合ってくれなかったな」

「予想はついてましたけどね。でもあの校長、矢間さんがあの警告をしてた時に目を逸らしてた。そして焦ってて、冷や汗をかいていた…」

「ってことは……犯人探しやすくなったってことか……」

「分かりやすい名字で助かった。よし……」

校長はこの事件の解決に協力しようとせず、ひたすら悔しかったものの、虎哲さんの推測からするに犯人探しが可能となった。全校生徒は四百人程で、校長とその犯人が何か関係してるに違いない。矢間さんもその犯人とのやり取りで、本名は把握かつ共有済みである。そして兄は携帯で誰かに電話を掛けた。

「あー俺詩喜。ちょっと聞きたいんだけどさ」

<またあんたですか……どうしました?>

「実はさ………ってなわけで、何か知らない?」

<あの子と校長は親子で、誰も逆らうことが出来ない感じです>

「そっか……分かったありがとう。落ち着いたら飯行こうな」

五分以内で通話は終わった。何と高校の生徒会長に犯人に関する情報を聞いていたらしい。この日は犯人について分かったことも沢山あった。しかし……問題は、私達の未来がどうなるか…である。






……To be continued

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る