❸レッスン


「ふわぁ……もう朝の七時か…」

「慣れてきたな……おはよう」

「んん…おはよ……とりあえずお兄、重いし暑苦しいからそろそろどいて……」

「やだよもうちょっと……」

兄と暮らし始めてから二週間経過した頃にはビタミン剤や白湯を飲む習慣、スキンケアに慣れていた。だがしかし…二十四時間兄と距離が近いことは慣れていない…。今はまさにそうである。すっかり目が覚めたにも関わらず、美容系YouTuberでもある兄に抱き締められている。正直重いし暑苦しい…そして何よりも近い。抱き締める腕は強く、彼の胸を押しても離れない…。私は携帯を取り出し、誰かに電話を掛けた。

<和純さん……おはよう>

「おはようございます……その」

<詩喜君でしょ……丁度今着いたよ>

「はい……苦しいので…早く……」

「和純〜可愛いぞ〜」

電話を繋げたまま、その言葉と同時にピンポンとインターホンの音が鳴り、その人物が中に入る。玄関でぶつかる大きな音がしたが、多分慣れてるだろう…。するとその人物は寝室に入り、片腕のみで兄を引き剥がした。

「あ、虎ちゃん!離せっ!和純と一緒がいい!」

「……詩喜君……この姿がネットに広まったら…大炎上だよ?」

「和純のことは隠してるんだよ……その……そろそろ離して」

「うん」

その言葉と同時に虎哲さんの手が離され、首根っこを掴まれてた兄は床に身を打ち付けられた。

「痛え………」

「………虎哲さん…その、毎日すみません」

「ううん。丁度今日相談したいことあったからね」

「相談…?」

ここ最近、毎日虎哲さんは自宅に来てもらってはこうして兄を私から離してもらっている。勿論力ずくで。虎哲さんと兄の体格差はかなり大きく、体重は百二十五キロほどあるらしい。ほぼ筋肉で占めてる重さともいえる…。彼には申し訳ない思いを抱いてるが、本来兄は外には出ていけない人間なのに……。だが今日の彼は相談があって来たらしい……。

「和純さん、ランニングとか興味無いかなって」

「……ランニングかぁ……キツいですよね…」

「ランニングはね、脚やお尻が痩せやすくてね…どうかなって。もちろん、詩喜君はダメね?」

「なんでだよ!和純が不審者にでも巻き込まれたらどうするんだっ!」

「……それは俺達が見るから、詩喜君は安心して」

「ちぇー……で、和純はどうなの?」

「……少し、走ってみたいかも」

「じゃあ決まりだね」

「よし、スポーツブラは……Sサイズでいいな」

「「え」」

兄の一言で私達は固まった。気にしてたバストサイズを兄が分かるとは……何と兄は予想外の方法でそれが分かったらしい…。まあ、何となく予想はついていたが……

「………お兄、その……」

「あぁ。昨晩和純が熟睡してる時にメジャーで測ったぞ!勿論直接…なっ!」

「……………」

「和純さんしっかり………」

あまりの気色悪さに気絶してしまった。誰がどう見てもシスコンという範囲を超えてるだろう…。確かに昨晩、胸や背中に何かヒヤッとしたものが当たった気がしたと思ったが、まさか兄の仕業だったとは…。

「お嫁に………いけない」

「じゃあ俺が和純を嫁に貰う!」

「詩喜君……………ちょっと怖いよ……」

実の妹を嫁にもらおうとしている兄は…絶対普通ではない……。というか何か病気持ってるだろう…。虎哲さんは呆れつつも帰っていき、その日はパーソナルカラー診断と髪質診断の為、サロンに出掛けた。

「おはよう和純ちゃ………顔色悪いよ?」

「……う、大丈………っ!」

「虎哲君っ!」

「はいっ!」

「ぅぅ………オロロロロロ……おぇぇ…」

「ちょっと、大丈夫!」

矢間さんの顔を見ると、安心感もあってか、私はサロンの前で吐いてしまった。原因は一つしかない。兄が気持ち悪過ぎるからである。寝てる間に…しかも下着の下から直接バストサイズを測ってきたのが予想外で、気持ち悪かったからだと思う…というかそれしかない。矢間さんや兄は動揺し、虎哲さんは私の背中をひたすら摩っていた。

「………詩喜、お前何かした?」

「してねぇよ…」

「玄牙さん………詩喜君、昨夜和純さんが寝てる時に直接胸測ったみたいで……」

「……うっ!」

「ちょっ………玄牙まで吐くなよっ!……俺も…」

「止めて矢間さん……俺まで…吐きそう…」

なんということだろう。兄の仕業一つで貰いゲロが発生してしまった。業者を呼ぶ羽目になり、道路の消毒費用に六千円を支払うことに…。もちろん矢間さんの自腹だ。

「お前さ……絶対病気だろ……」

「はぁっ!俺は和純の全てを知りたいんだっ」

「……シスコンってなんでしたっけ?」

「ゴーグル先生によると、姉や妹に対して強い愛着や執着を持つことなんだけど……このチビは違うだろ。俺の六千円が…」

「和純〜!」

「お兄なんか、嫌い!」

「え」

私のその一言で兄は固まってしまった。すると兄は冷や汗まみれで顔を真っ青にした。

「う……嘘だろ……なぁ、和純?」

「お兄……シスコンの度が過ぎてる……」

「…そっか……俺はどうせ和純に家族だと思われてないんだ……もう消えようかな」

「そこまで落ち込むかよ……和純ちゃん…何とかしてやってよ」

「………はぁ。お兄、次からはちゃんと許可取ってよ?ま、そういうお兄も好きだけど…」

すると兄は先程の表情を取り戻し、ひたすら抱き着いてきた。

「和〜純〜!」

「こんなチビでめんどくさいやつが…あの大人気美容系YouTuberとはね……」

「和純〜めちゃくちゃ可愛い…好き〜」

「お兄……やめ、やめんかーー!」

約二時間が経過し、やっとサロンの中で診断を始めることになった。美容室の椅子に座り、鏡を見ると、ガラリと顔の印象が変わっていた。

「…今日ちょっとだけ眉毛と涙袋描いたからな…眉毛は髪より1トーン明るいと垢抜けやすいからね…可愛いだろ?」

「詩喜にしてはやるな。でもパーソナルカラー診断は俺がやるから」

「俺がやる!」

「いやいや、お前は和純ちゃんなら、イエベブルベ関係なくどんな色でも似合うっ!って言うだろ……」

「イエベ……?ブルベ…?」

「ああ……虎哲君、説明お願い」

矢間さんが虎哲さんにアイコンタクトを送り、虎哲さんは流れるようにイエベとブルベの違いを説明してきた。虎哲さんが言うには、黄み・暖かみを感じる色味が似合う肌をイエベ、青み・冷たさを感じる色味が似合う肌をブルベといい、それらは春夏秋冬で四種類あるらしい。だが、中にはそれらの中間である、グリーンベースという肌があるらしい。矢間さんが私の前に色んな色の布を合わせている。

「イエベは黄み寄りの肌で、ブルベはピンク寄りの肌色が比較的多いんだ。俺の予想、いずみんはブルベ冬」

「確かにそれっぽいですよね……しかもブルベ冬は中々レアだよ、和純さん」

「ちなみに俺はブルベ夏で、矢間はイエベ春、玄牙さんと虎ちゃんはイエベ秋だ」

それにパーソナルカラー診断は、手首の内側の血管の色や白目や瞳の色やコントラストの強さ、地毛の色や質感、日焼けの戻り方で決まるらしい。白目がアイボリーならイエベ、水色ならブルベ。手首の内側の血管が緑ならイエベ、青や紫ならブルベ。色んな布を重ねていくうちにパーソナルカラーが分かったらしい。

「よし……和純ちゃんは……ブルベ冬だ。透明感凄いよね」

「俺の予想当たりー!ネイビーとかシルバー、ボルドーとかはっきりした色が似合うんだよ。でも逆に黄みを帯びた色は似合わない」

「メイクやスキンケアは玄牙さんにお任せだな」

「次は髪質診断……詩喜、どう?」

「猫っ毛みたい……俺と同じ髪質っ!」

「なら、サラサラになるヘアオイルとヘアミルクを使おうか」

「ヘアケア共有出来るとは……幸せ」

「お前のシスコンっぷりには呆れるよ……」

「和純さんも、明日の朝からランニングだからね、明日は俺が一緒に走るよ」

「虎哲君足速いからね〜?疲れたらおぶってもらいな」

パーソナルカラーはブルベ冬。髪質は軟毛かつ猫っ毛……。私達はそれぞれの診断結果に基づいて、似合うメイクや服装を考える日だった。





……To be continued

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