❷芋ですが何か


「すう………」

「和純…朝だぞ?起きろ」

「むぅー……あと五分……すやぁ…」

「起きろっ!」

ガバッと勢いよく布団を捲られた。目を覚ますと兄が私の顔を覗いていた。「起きなかったらチューしてやるぞ」と可愛い脅しをしてきたが、実の妹にチューするとは……どこまで重症なのだろう。歯を磨き、眠い目を擦りながら兄の後をつく。

「まずはこれ!飲め」

「……お湯と……何これ…?」

「ビタミンC剤。ビタミンC凄いぞ〜?肌荒れや美白、健康にも良い」

「へぇ……?お兄、意識高いねぇ…」

「当たり前だろ。一応YouTuberなんでね。次は洗顔だ。俺が教えてやる」

次は洗面所へ連れてかれた。まずは顔を濡らし、洗顔料を手に取り、泡立ててから十五秒程顔全体を洗う。そして一分間程顔全体をすすぐ。面倒ではあるが、顔の余分な皮脂がなくなった気がする。その次は……

「二十分待て。お前の肌質分かんないからな……待って矢間から電話だ……んだよ朝から……」

<詩喜おはよ……ふわぁ……>

「何だよ朝から……和純なら起きてるぞ」

<おはよぉ。和純ちゃんって夏休み入ったんだっけ?>

「おう。昨日から丁度夏休みでな……説明まだだったわ」

<まじか……色々美容のこと教えたいなって思ってさ>

「分かった。今日サロンに連れてくわ。また後でな…」

矢間さんだった。説明してなかったのだが、昨日から夏休みに入っていた。どうやらサロンの皆で美容のことを色々教えようと話していたらしい。矢間さんがサロンを立ち上げた張本人で、彼のサロンは美容室の他にボディメイクやトータルビューティーも取り扱っている。美容系YouTuberでもある兄も、そこを事務所として通っているらしい。彼と話し、次第に二十分が経過した。

「そろそろだな……んん……乾燥肌だな」

「乾燥肌……か」

「俺と同じ肌質だな……導入液とグリセリンの入ったものが良いんだよ。ちなみに虎ちゃんは混合肌なんだよ」

早速沢山の美容ワードが出てきて話がついていけない…。兄曰く、乾燥肌は皮脂量と水分量が少ないため、潤いが少ない状態の肌のことであり、混合肌は水分量が少なく皮脂量は多いのに、部分によって肌の状態が違うらしい。それに肌質は毎日変わるのだとか…。意外な発見があった。その後正しいスキンケア方法を教えられ、やっと朝食へと移った。十分程待つと、食卓には二人分の朝食が並べられていた。

「前日の夜に準備してたから、チンするだけで済んだ。その……パン派だったら申し訳ない」

「いや……お兄のご飯…初めてなんだけど」

「まぁまぁ。ほら食うぞ」

手を合わせ、各皿に盛られたものを口付ける。味付けが丁度よく、兄が意外と料理上手とは思えず、また新たな発見が出来た。兄曰く、パンの原材料である小麦は急激に血糖値が上がることで便秘になりやすく、浮腫を引き起こす原因になるのだとか。それに対し米は、食物繊維、ビタミンB1、B2が豊富で肌に良いようである。温かい味噌汁に納豆やキムチ、焼き魚……。世間で言う理想の朝食というものらしい。

「……お兄の料理、美味しい」

「ほんとかっ!さっすがー!俺の妹っ!!」

「…お兄近い……苦し……」

ただ、そういう大胆な行為は控えて頂きたいものである。皿洗いなどの後片付けや歯磨きを済ませた後、兄は日焼け止めを差し出してきた。

「ほら。二時間おきに塗るんだぞ」

「一度塗ればいいものじゃないんだ……」

「面倒臭くても塗れ!色白な和純の肌が台無しになる!」

「はぁ……」

日焼け止めは一度塗れば一日持つと思っていたが、違ったらしい。日焼けによる肌ムラが出来てしまうため、二時間おきに日焼け止めを塗る必要があるらしい。なんて面倒なのだろう。日焼け止めを塗り、兄は変装して一緒に家を出た。

「今日は眉毛の手入れと……ダイエットかな。教えるからな〜」

「ぇぇ……虎哲さん怖そう…」

「大丈夫。お前はまずある程度筋肉つけた方がいい」

「筋肉か……」

「眉毛の手入れとかは玄牙さんがやるし、髪質やパーソナルカラー診断は矢間と俺が今度やるよ」

ボディメイクは虎哲さんが、眉毛やまつ毛は玄牙さんが、パーソナルカラー診断や髪質診断は矢間さんも兄がやるらしい。サロンに着くと、矢間さんが迎え入れてくれた。

「和純ちゃん、詩喜〜、おはよう」

「おはっす〜……ふわぁ」

「おはよう、ございます……あ、あの!今度パーソナルカラー診断?や髪質診断は、兄と矢間さんでやるって聞いたんですけど……」

「ん〜?あ、このチビも一応美容師の資格持ってんだよ」

「え」

「言うの忘れてたわ〜!俺美容師の資格持ってるんだ〜!和純を可愛くする為にっ!」

「忘れるなよチビ………」

「(いやいや家でも外でも近過ぎる……っ!)」

なんと兄は、大学生ながらも美容師の資格を持っているらしい。どおりで髪質やヘアケア、ヘアアレンジに詳しいわけだ。メイクや他の美容も大好きで、また新たな発見が出来た。サロンの中へ入ると、既に虎哲さんと玄牙さんも到着していた。

「いずみん、おはよう」

「おはようございます…」

「和純さんおはよう………ふわぁ」

「今日は俺達施術の予約入っててさ……虎哲君と玄牙にお願いしてるんだ。パーソナルカラーと髪質は俺と詩喜でやるからね〜」

「……よろしくお願いします」

矢間さんと兄は、午前中ヘアカラーや白髪染めの施術が入ってるため、パーソナルカラー診断と髪質診断は別の機会にやるらしい。私は虎哲さんの担当するジムへ案内され、説明が始まった。


「詩喜君から話は聞いてあるけど、まずはこの体重計に乗ってね」

「……はい…………えっ」

「はい大丈夫。体重計から降りて、ちょっと待っててねぇ」

「はい………あの、気になってたんですけど、虎哲さんって身長幾つなんですか?」

「確か、百九十六だったかな…?矢間さんより身長高いくらいかな」

体重計に乗り、身長や生年月日を入力すると、筋肉量や肥満度、体脂肪率など明確に分かってしまうのだとか……。虎哲さんの操作が終わり、結果を見せられたが、体脂肪率や体重という数値を見て、驚いてしまった。当然家出する前までは、家庭環境のストレスで隠れて爆食いしてたなんて兄には言えない……。

「ひぇぇ……思ってた以上に高い」

「あはは。ほら、隠れ肥満と言ったところかな…」

「…………」

「……暫く食事制限とトレーニングが必要だね」

「しょ、食事制限…」

「そんな絶望することないさ。余分な食事を控えるだけだよ」

彼は軽く笑いながらそう言うが、自分に食事制限なんてとても出来やしない…。間食や食事内容を改善すればいいだけというが、ダイエット向けのおやつだけで事足りるはずもない……。

「和純さん、好きな食べ物とかは?」

「………兄の手料理です」

「へぇ〜!やっぱ兄妹仲良いんだ。まずはタンパク質と食物繊維を摂るべきなんだ」

「え、炭水化物食べなければいい話じゃないんですか?」

「俺高校時代に糖質抜きダイエットしたことあるけど、体にも悪くて体調崩した時あったんだよね。だからお勧めしない」

虎哲さんが言うには、炭水化物を抜けば、すぐに痩せられるものの、生命に危険を及ぼすリスクが高まるらしい。例えば体臭が酷くなり、便秘や筋肉が落ちる原因にもなるうえに、倦怠感や頭痛などの不調も起きるのだとか……。

「それにカロリーの過剰摂取にもなるから、あまり意味はないんだ」

「へぇ……不思議ですね」

「だから俺は間食に、チーズやヨーグルト、ナッツや冷凍フルーツ食べてるよ。たまにコンビニのスイーツ買っちゃう時もあるけどね」

「冷凍フルーツ……兄も昨日食べてたような…」

「そう。あれは低カロリーなうえに、ビタミンやミネラル、食物繊維が豊富だからね」

ナッツはビタミンB群が豊富で代謝を上げる効果があるらしい。ただしカロリーも高いため、食べ過ぎはいけないらしい。それにチーズは低糖質で血糖値の急上昇を防ぎ、タンパク質豊富で食べ過ぎを予防出来るらしい。ヨーグルトは体調を整えるのはもちろん、乳酸菌が腸内の善玉菌…別名痩せ菌を増やし、腸内環境を整えることで基礎代謝が上がる効果があるとのこと。他にもあるが、低糖質で低カロリーかつ食物繊維やタンパク質が豊富なものが、ダイエット中の間食に向いてることが分かった。

「ご飯は詩喜君にお願いするとして、今和純さんが鍛えなきゃならないところはね……お腹や背中とかかな〜……本当は二の腕もそうなんだけど、そう簡単には脂肪燃焼しにくいからね」

「へぇ………その…脚は…?」

「…パッと見だけど、脚は浮腫改善すればいいかな」

「へぇ……」

二の腕は、身体の他の部位に比べて筋肉が少なく、比較的代謝が悪いため、痩せにくく、最低二から三ヶ月は掛かるようだ。しかし虎哲さんの二の腕を見ると一ヶ月だけでこんなになってるようにも見えるが……。

「とりあえず、今日は筋トレのメニュー組んだだけだけど、次は動きやすい服装で…ね?」

「はい……」

「おれぃっ!次は俺!いずみんを貸せ!」

「はいはい。じゃ和純さん、次は玄牙さんね」

「はい……」

虎哲さんは矢間さんと雰囲気は似てるものの、玄牙さんとは正反対である。次は玄牙さんに案内され、また違うサロンの部屋へ入った。周りを見る限り、雰囲気は美容室と変わらないものの、沢山の化粧品が揃っている。ここでは正しいスキンケアの仕方やフルメイク、眉毛アートなどを取り扱っているらしい。

「まずは座ってくれ」

「失礼…します……」

「早速だけど、どんな眉毛が良い?平行眉とかアーチ眉、色々あるんだよね」

「………どの眉毛か…分からないです」

「よし、このカタログを見るといいよ。それから選ぼう。ちょっと痛いけど、眉毛脱色もするかな」

手渡されたカタログには綺麗な眉毛の写真が沢山載せられていた。太眉、ストレート眉、ナチュラル眉……。どれも綺麗で、中では平行眉が理想だと思い、彼に伝えた。

「平行眉か。いいじゃん!」

「その……私に似合う眉毛って……」

「そうだね〜……」

玄牙さん曰く、似合う眉毛の太さは目の縦幅の三分の二程度が理想らしい。クレパスのようなもので眉毛を縁取るが、毒素を出してるかのようで痛いが、骨格や眉の筋肉によっては理想の眉になれないこともあるのだとか……。

「いずみんの場合は、右の眉毛が上がり気味だね……とりあえずワックスで周りの毛を外してくね」

「はい……お願いします」

「あいよ、ちょ〜っと痛いからね〜」

ワックスを眉周りに塗り、少し剥がしてから一気に剥がす。実家で親に隠れてテレビを見ていた時、芸能人の脇にワックスを塗って一気に剥がすという場面を見た。まさに今がそうだ。でも思った以上に痛くなく、あっという間に終わった。

「赤くなってるね…よし、次は毛抜いてくからね〜」

「痛……っ」

「眉毛でね、顔の印象の八割は決まるって言われてるんだよ。顔の骨格に合わせて描くのがポイント」

「へぇ〜痛っ」

「こんなもんかな……いずみんの場合は眉毛が少し濃いから、脱色しちゃおうか」

玄牙さんはある二つの薬剤を取り出し、同割で中身を出し、練り合わせたのを眉毛に被せるように塗った。

「一応二十分ほど様子見て、脱色が甘かったらまた脱色だね」

「はぁ………脱色することでなにか変わるんですか?」

「目元が大きく見えて、柔らかい印象になるんだ。でも肌トラブルに繋がりやすいかな。髪の毛のブリーチと同じだし」

眉毛の手入れのことや、兄について話してると、二十分ほど経過していた。玄牙さんが薬剤を拭き取ると、少しヒリヒリしていたが、鏡を見ると、自身の顔の印象が変わっていた。

「わぁ……凄い……」

「な?これが美容の力さ。今度はメイクとスキンケア教えるから、暫く前髪は長いままでいてくれ。すっぴんだと眉毛がないようにも見えるからね」

「すっぴんでも和純は可愛いぞおらっ!」

「わ、詩喜………」

「隣から和純が痛い痛い言ってたからさ……」

「あれは仕方ないって…てか施術戻れチビっ!」

「はぁ………和純……後で俺と警察署行こうな」

「え……?」

「いや俺暴力とか振るってないよ……」

その日から食事制限や虎哲さんによるトレーニングが始まった。幸い運度神経には自信があったので意外と早く慣れてきて、少しづつ体重計の数値が変わってきて驚いた日もあった……。眉毛を変えるだけでこんなに印象が違うとは思えず、美容は凄い力を持つと感じた日でもあった……。




……To be continued


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