第8話 神の子供

運転手さんにお金を払うと、運転手さんは別れ際に


「お客さんが、何のために、松田先生に会いたいか分かりませんが、きっとY市の教会に行けば何かしら手がかりがあると思いますよ。松田先生は、生前毎日丁寧に日記を書く人でしたから。その日記を読めば、例え先生本人に会えなくても先生の魂と会う事ができると思いますよ。」


と、運転手さんは、励ます様に朗らかな笑みを私に送った。私も、その笑顔に応えるように笑顔を返すと


「私もあなたに会えてよかったです。これからの旅行に大変参考になりました。」


「それでは、良い旅行を。あなたの道に主のお導きがありますように、アーメン。」


アーメン…お父さんが生きていた時唱えた言葉。その言葉で我が家は、奇異の目で見られた。しかし、この運転手さんの口から放たれたアーメンは、どことなく心があたたまり、不安から落ち着かせてくれる気持ちにさせてくれた。アーメン…一体どういう意味なのかはわからないけど、なんだか未信者が簡単に口にしてはいけない様な、キリスト信者だけが特別に許された言葉の様な気がした。

なので、私は運転手さんに最後に


「ありがとう。」


と言って別れた。


私は普段は通らない東京駅のホームの場所を渡り、時間に余裕を持ってA県へと向かう新幹線へと入った。全席指定とゴールデンウィーク明けと言う事で乗客もまばらな車内で私は、シートを倒して横になった。これから数時間この箱の中でただ黙って座っているしかできない。今のうちに、今の自分の状況を考え直してみた。


松田先生は5年前に亡くなった。今は息子の清先生が跡を継いでいる。


私が小さい時に家庭内DVから逃れる為に松田先生に保護された。


その時折良く、お父さんが、手紙と本を持って松田先生を訪ねる。


そして、Y市に滞在中、お父さんはキリスト教に目覚めた。そしてその間、松田先生に師従をして、その結果私を引き取る。


私は、このお父さんがY市に滞在している時に受けた松田先生の教えが、一体どういうものでどうしてそこまでも人を変えてしまうのかといくら考えてもわからなかった。よほどの催眠術やマインドコントロールなら、話は簡単だ。しかしお母さんは、お父さんはそこまでに至っていないと話していた。なら、お父さんはごく理性的に、平常心の状態にもかかわらずキリスト教を信じた事になる。その教えの先にお父さんが惹かれる何かがあったという事になる。それが、わかればきっと全ての謎がスルスルと解けるという事に落ち着いた。

私は、閉じていた目を開けて車窓から外を眺めた。人工物のビル群を抜けて住宅街を抜けなんの変哲もないただの田園地帯、林や森の中を駆けて行った。見知った風景がなくなり、今まで見たことない、まさに私にとっての未踏の地へ入ると今まで感じたことのない不安が心を占めていった。私は、これから亡くなったお父さんの辿った足跡追う。お父さんは、どんな気持ちでこの道を駆けたのだろう。お父さんなら、好奇心と冒険心でワクワクして歩んだかもしれないけど、私は違う。私は、自分の出自とお父さんが全てを変えたキリスト教の謎を探る為。そこには、心踊る様な冒険心はない。私は暗くどこか得体の知れない何かを見るためだけに訪れるのだ。そこには、もしかすると予想外の発見と喜びがあるのかもしれない。それとも、私の今の心の様に暗く重い絶望感が待っているかもしれない。私は、この時にどこの誰に向かって祈ればいいのかわからなかった。家族や知り合いがいない本当の孤独と寂しさに押し潰されそうな気持ちで、新幹線は順調にA県へと向かっていた。

そして、永遠とも思える時間が過ぎた後、新幹線は終点駅と着いた。終点駅は、花火大会が全国的に有名で私は、BSで居間からお茶をすすりながら毎年良く見ていた記憶があった。私は時刻表を見ながらまだY市への電車まで時間があるので駅内にあるカフェに入って一休みすることにした。アイスウインナーコーヒーを飲みながら時間を潰して、時間になったのでY市への電車に乗った。A県南部は、やはり過疎化が激しく。無人駅も数カ所あり、住宅より林や田畑の方が多く通り過ぎていった。乗客もかなりまばらで、年配しかいなかった。Y市の駅に着く頃には、乗客は、いつのまにか私しかいなかった。Y市の駅に着くと簡素なホームから駅から出た。駅の前には、シャッターが目立つ商店街があり隅には申し訳程度に地元のタクシーがいつ来るのかわからないお客さんを待つために止まっていた。私は、キャリーバックを引きずってタクシーへと向かうと、やる気のなさそうな運転手さんが覇気のない視線で私を見つめてきた。


「お客さん、どこへ行きますか?ここは、本当に何もない所ですけど…」


「実は人を探していて、この街に松田先生というキリスト教の牧師先生の教会があると聞いたのですが…」


私の言葉が話終える前に運転手さんは、一瞬驚いたが、みるみる喜びに満ちた顔で


「先生が亡くなって、随分経つのにあなたももしかして


ー神の子供ー


ですか?」

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