第4話 痛みが分かる人が本当の人
ひとしきり語り終えたお母さんは、一口お茶を飲むと、まっすぐ私を見据えて
「これが、全ての話の始まりなのよ、ことはあなたにはその時の記憶は無いと思うけど…」
私は、まさか自分が本当にどこからか拾われてきたとは思いもよらず、かなり動揺した顔をしていたのだろう。そんな私を慰める様に、お母さんは、そっと近づいて優しく私を抱きしめると
「例え血が繋がっていなくても、あなたは私とお父さんの子供よ。それだけは、はっきり言えるわ。」
私の頭の中には、今までの人生で色々なお父さんとお母さんとの思い出が走馬灯の様に駆けていった。それが血の繋がってない他所の子供の為に行ってくれた事に、何とも言えない複雑な感謝と悲しみで胸がいっぱいになった。湧き上がる言葉にできない想いを吐き出す様にただただ、お母さんの胸の中で涙と嗚咽を溢した。その間、お母さんは黙って私の頭を優しく撫でてくれた。
そして、しばらくして私の心が落ち着いて涙が止んだ時、お母さんは一言
「ことは、大丈夫?まだ話が続くのよ」
「あなたが我が家に来た夜のことよー
ーーーーー
「嗣、これは一体どう言う事だ!」
お父さんは、ドンとちゃぶ台を激しく叩くと、食器が怯える様にガチャガチャ鳴いた。
まるでこれから語る物語が不吉な話の予兆の様に。
ことはと呼ばれた少女は、2階の客間で寝かしつけた。その後、私と嗣さんとお父さんとお母さんの4人は、困惑と動揺が隠せない顔で嗣さんに説明を求めた。
そんな皆がかなり混乱した表情でいるにも関わらず嗣さんは、毅然とはっきりとした口調で
「あの子の話の前に、話すことがあるんだ。僕がY市に行って、タクシーの運転手さんに例の牧師先生の名を聞くとすぐに教会まで乗せてくれた。運転手さんは牧師先生は、Y市ではかなり名の通った先生で地元住民からも人望が篤いと熱のこもった口調で話してたよ。僕も、一体どんな人なんだろうと興味が俄然湧いたよ。
そして、一体どれくらいだろう…30分くらいかな?郊外に出て田園地帯を走っていると、お世辞にも立派と言えない古い建物が見えてきた。よくよく屋根を見ると雨風に晒された十字架がここは、教会であると示していた。多分、十字架がなければ廃屋だと言われても疑わないと思う。
僕は、インターフォンを鳴らすと、しばらくするとかなり歳をとっているけど品のある女性が顔を出した。
僕は、あなたが松田先生ですか?
と聞くと、
主人のお客さんですか、ちょっと待ってくださいね。
と言って、歳を感じさせない足取りで奥に行った。そして、しばらくすると小柄で白髪の穏やか目をした老人がゆっくりと現れた。
彼は、いらっしゃい、とりあえず中へ
と言って僕を中へと誘った。教会の中は、確かに年季が入っているけど、丁寧に掃除されてむしろ風格さえ漂っていた。
老人は、食堂に僕を案内して席を勧めた。僕が席に座ると向かい側に座ってにっこり微笑んだ。そして、
私に何用ですか?
と落ち着いた口調の発すると応えるように僕は、手紙とレ・ミゼラブルを差し出して、今までの経緯を話した。
松田先生は、黙って手紙を読み終えると、優しい笑顔で
わざわざありがとうございます。昔は、街中に教会を立てて活動してました。しかし、いかんせん信徒の過疎化で運営が難しく、1人息子も海外で宣教師として働いているのです。なので、こんな僻地で自給自足の生活をしているんですよ。
松田先生の声は日頃から説教しているせいか、通っていて穏やかで聞きやすかった。
そうだ。嗣さん、こちらに来てください。
松田先生は、教会の奥の部屋へと案内した。そこには、体中にあざのある女の子が小さく丸くなって寝ていた。
そして、女の子を僕に見せて、再び食堂へと戻ると
今の子は、この街の家庭内DVの被害者で、彼女の預かり先に困ったと言う事で私が一時的に預からせてもらっているんです。
先生何で見ず知らずの子供を預かるんですか?何のメリットもないのに…
と、僕は今の自分の気持ちを素直に話すと、先生は、少し悲しげな笑顔を浮かべて
よかったら、お時間があれば、少しキリスト教について勉強してみませんか?
僕は、純粋にこの先生の行いに何か理由があれば知りたいと言う事で、仕事や家庭置いてホテルと教会の往復を3週間近く行った。
先生の教えは、例え話が多いが、わかりやすかった。そして、いかに自分が罪深く神様に、抗っていたのを知ってショックを受けた。
そして、先生の教え最終日の終わる時に僕は
僕は、与えられてばかりでした。今度は、与える人になりたいのです。先生、僕を信じてもらえるなら、ことはちゃんを僕の子供にしたいのです。できませんでしょうか?
先生は、ゆっくりと穏やかな声で
それが、神の御心なら…
でしたら、この私たちの出会いの手紙も証として是非預かってください。
これがY市にいた時の話なんだ」
お父さんは嗣さんの肩を強く抑えると
「嗣、お前は騙されてる。」
と叫ぶと嗣さんは、はっきりとした口調で
「自分の手で救える人を見過ごすのは、もはや人ですらない!」
と、今まで穏やかな性格から見たこともない様な顔でお父さんに言い返すと、お父さんは気圧されて
「勝手にしろ!」
と捨て台詞を言って自分の部屋へと行った。
残った私とお母さんに向けて嗣さんは
ー 痛みが分かる人が本当の人 ー
なんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます