第3話 神様の家

私は、手紙を読み終えてちゃぶ台に置くとお母さんとおばあちゃんをまっすぐ見据えて


「これが、私が他所の子でお父さんがおかしくなった理由なの?とても読んでいてそうは、思えないけど…」


「確かにこれだけでは、そうは思えないわね…」


と、お母さんは歯切れ悪そうに言葉を漏らすと、遠い彼方を見つめながら


「あの時の、ここで起こったことを話すわ。信じてくれないかもしれないけど…」


ーーーー


嗣さんは、困った顔をしながら、私に手紙を渡した。


私は、渡された手紙を訝しみながら読み終えると、ちゃぶ台に手紙を置いた。


すると、嗣さんは、まっすぐ私の目を見ながら


「この手紙は、さっき買い取ったお客さんの商品に混ざっていたんだ。連絡したら、何でもそのお客さんのおじいさんの遺品らしいんだ。僕は、この手紙とそのレ・ミゼラブルはこの手紙に書いてあるその牧師先生に返すべきだと思うんだ。本はね、人生においてその時々によっての羅針盤みたいな役割があると思うんだ。今、このレ・ミゼラブルはここでの役割を終えて元いた場所…A県Y市に帰る時だと思うんだ。そして、その元いた場所でまた新しく人生を迷っている人に羅針盤として導かなくてはならないと思うんだ。」


嗣さんの瞳は、はっきりとした決意と言うか、使命を帯びた色で私を見つめると


「愛さんにはお父さんとお母さんがいるとは言え、お店は任せられないから、悪いけど留守番をお願いしたいんだ。」


私は少しでも不安を与えないように、にっこり微笑むと


「嗣さん、それは大丈夫よ。でも…A県なんてここからだいぶ離れた東北地方よ。それに私、Y市なんてどこにあるかもわからないし、どうやって行くの?」


そんな、私の心配を気にも留めない様に嗣さんは、


「愛さん、大丈夫。僕の大学の同期で旅行代理店に就職した奴がいるから、彼に頼めば多分何とかなるよ。恐らく長くかかっても、1週間以内に帰って来れると思うよ。」


と満面の笑みを浮かべて答えた。


それでも、私は何か引っかかる嫌な予感がして


「嗣さん、そんな知りもしない人のためにそこまでもしなくてもいいんじゃないのかしら…」


と、引き止めるように不安の色を顔に現したけど嗣さんは、そんな私をそっと抱きしめると


「大丈夫。ちゃんと帰ってくるし、別に戦場に行くわけじゃないんだから。A県は、お酒が有名だからね。いい日本酒色々買って帰って来るから、楽しみに待っててね。」


と、嗣さんは、優しく私の頭を撫でた。私は、嗣さんの体の温もりを感じて一抹の不安は残してもどこか安心した気になれた。


翌日、嗣さんは例の旅行代理店に行って、A県観光気分満々で浮き浮きしながら予定を組んだ。


翌週出発の日に私とお父さんとお母さんに見送られながら、嗣さんは余裕の笑みを浮かべて


「それじゃ、行ってくるね。お店とお家は頼んだよ。そうそう、この電話番号が宿泊先の番号だから何かあったらここに電話入れてね。みんな、そんな不安そうな顔をしなくていいよ。子供じゃあるまいし。お土産楽しみにしてね。では、行ってきます。」


私たちは徐々に小さくなる嗣さんの背中をただただ見送った。その中、私はもう2度と会えなくなる様な、強烈な不安感が何故かひしひしと感じていた。


そしてその後から、2日経ち…4日経ち、しかし何も連絡はなかった。私は、あまりにも不安になって宿泊先に電話をした。宿泊先のホテルは、確かに嗣さんは泊まっていると話ていた。そしていつかけても、外出中だった。私は、このホテルが嘘をついていて、嗣さんを人知れず亡き者にしてるんじゃないかと言う疑心暗鬼すら湧いてきた。


それから一週間が経ち二週間が過ぎても状況は変わらなかった。三週間目に入った時、私は内心、行方不明届を警察にだそうと決意した。店番をお母さんに頼んで店から出ると、まさかの嗣さんが立っていた。


しかし、嗣さんなのに今までの嗣さんとは全く違っていた。今まで見せた事がない様な悲しげな微笑みを浮かべて、何かに取り憑かれた様な雰囲気が顔から出ていた。


そして憐れむ様な瞳を私に向けた後、嗣さんは、視線を私に送った後自分の右隣へと向けた。そこには、恐らく3歳くらいの小柄な少女が嗣さんの手を強く握りながら不安気な瞳で嗣さんを見上げていた。


「愛さん、この子の名前は、ことは。僕たちの子供だよ。」


私は、嗣さんの言っている事は日本語であるとはわかるけど理解できなかった。そんな、理解できない私とは関係ない様に嗣さんは、少女に視線を合わせる様にしゃがむと


「ことは、ここが新しい君のお家だよ。いいね。」


少女は、縋る様にぎゅっと嗣さんの手を握ると


ここが私の新しいお家なの?また、叩かれたり、打たれたりするの?」


今まで穏やかな顔していた嗣さん、見たこともない様な毅然とした顔で


「もう、ことは、をイジメる様な悪い人はいないよ。


ここが新しいことはの


神様の家


だよ。」

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