第2話 ありがとう
私は、上の空で、おじいちゃんの遺品を片付けながら、
ーお父さんがおかしくなった
ー他所の子
の二つのフレーズが私の頭の中にどんどん膨らんできて一杯になってきた。
一体これは、何?
お父さんに何があったの?それに他所の子って誰?私は、私なりに考えて1日を過ごしたけど、いくら考えても、答えは出なかった。
夕飯時、おばあちゃんが料理を作っている時、珍しく料理が苦手なお母さんがおばあちゃんを手伝いながら、何か2人でボソボソと話している様子がお店の閉店作業をしてる時に目に入った。
この家族には、私の知らない何かがある…
そして、店じまいを完全に終えて居間に私が来ると
「ことは、お店終わったかしら?ちょうどご飯よ。」
いつもよりお母さんの声がうわずって聞こえた。
私とお母さん、おばあちゃんの3人が居間のちゃぶ台の前に座った。そしてお母さんがおばあちゃんに視線を流しておばあちゃんがゆっくりと頷いた。
それに背中を押される様にお母さんがゆっくりと真剣な表情で
「ことは、ごめんなさい。実は今まであなたに隠していた事があるの…」
そして、まっすぐ私の瞳を見つめながら
「実は、あなたは、私とお父さんの本当の子供じゃないの…」
私は手に持っていた箸を落として、呆然としてしまった。
私は、視線を宙に漂わせながら、お母さんの言葉が事実として頭に認識されるのにしばらく時間がかかった。
そして、私の口から溢れるように
「それって、どう言う…」
と、言葉にならない事を口にした。
お母さんは、そんな私を憐れむ様な、悲しい様な表情で
「ことは、この話をする前にまずお父さんの話から、しないといけないの…ちゃんと聞くのよ。」
そして、お母さんは、目を細めてゆっくりと思い出すかの様に話始めた。
「あれは、私とお父さんが結婚してしばらくした時だったわ。お父さんが何でも、ある人が亡くなってその遺品の本を売りに来て買い取ったらしいの。そして、その中の本の中にある手紙が挟まっているのが、お父さんが見つけたのよ。それの手紙がこれよ…」
と本来なら真っ白な封筒であったのかもしれないけど、時を経て茶色すすけた手紙をそっとお母さんは、ちゃぶ台に置いた。
私は、お母さんに視線を送って中身を見ていいかと問うと、お母さんゆっくり頷いた。
私は、一体何が書かれるているか、想像つかない不安と緊張に手を震えながら手紙を開いて読んだ。
ーーーー
君がこの手紙を読んでいると言う事は、恐らく僕はこの世にいないだろう。
君には僕が生きている間、色々迷惑をかけた。それは重々承知しているけど、これが僕の一生本当の最後の願いだ。このヴィクトル•ユゴーのレ•ミゼラブルをA県Y市にあるキリスト教会の松田牧師先生に返して欲しい。僕は、君も知ってる通りキリスト教に出会う前はどうしようもないくらい唾棄すべき人間だった。それまでの僕は、盗みや恫喝などありとあらゆる悪に手を染めた。そう、心は完全に闇に染まっていた。そんな僕は当然の様に刑務所へと追いやられ数年間そこで暮らし、再び社会へと戻ってきた。時間と社会は、恐ろしいもので再び社会にでるとそれまでとは、まるっきり変わっていて僕は愕然とした。人々は、当然の様に携帯電話を使い、ハローワークですらパソコンが使えないと求人票が見れない世界となっていた。僕は、ますます取り残された気持ちになって途方に暮れた。昔の様に悪に染まるにしても、昔の手段は時代遅れで頼るつてもない。僕の家族は、君も知っても通り刑務所に入った時に完全に縁を切られたのだから。僕は、住む家も家族も無くふらふらと街中を当てもなく歩いた。すると、ある家から、美味しそうな匂いが漂ってきた。その時僕は自分が空腹である事に気づいて、あまりのひもじさに何の抵抗もなくその家に入った。普通の家なら、玄関で追い返されるのだろうけど、この時は完全に神様が哀れんで下さった。そこは、キリスト教会だった。そこの牧師先生は、僕を見ると何も問いたださず、ただ一言
ーいらっしゃい
と言って、僕を家に上げ食卓へと誘った。そこの人達は、僕に何の疑問の視線も送らず、食前の祈りを捧げた。そして、当然のように僕に暖かい食事を与えてくださった。食事が終わると、僕は今の僕の現状を余す事なく先生に話した。先生は、深く頷くと一冊の本を渡した。これを読んでくれるなら、教会の一室を貸してもらえる事になった。僕は、きっと難しい経典か何かと思ったが、その本がこのヴィクトル•ユゴーのレ•ミゼラブルだった。その後の事は君も知っての通り、土木屋の下働きからのし上がり、そして最後は土建屋の社長となった。僕は、その牧師先生が行った恩を返すつもりで君が社会に馴染める様に接した。そしてこの本を貸した。どうか、先生に感謝の気持ちを伝える意味も込めてこの本を返して欲しい。そして先生に伝えて欲しい。
ーありがとう
と
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