嗣ぐ心

呉根 詩門

第1話 知られぬ過去を辿る

眩しい朝日が、目に染みるくらい輝く初夏。私はドタバタしたほぼ1ヶ月から、いつもの日常に戻った解放感に押される様に店内に灯をつけた。そして店頭に久しぶりに「営業中」の看板を出すと、思いっ切り背伸びをした。私はふと空を眺めると、長く伸びた飛行機雲を見つめながら、おじいちゃんは、きっとその雲の向こうに行ったんだなぁとしみじみ、寂しさも感じながらも、頑張らなくちゃと思って

「神田屋古書店」

の営業開始の準備を進めた。

私は、店頭の掃除と店内の清掃を終えると、レジの釣り銭の確認をして、長い時を経て人から人へと渡って来た物語達のホコリを払うと、後はお客さんが来るだけとなってカウンターに座ると、カウンター傍にあるアナログレコードプレイヤーに何のレコードを載せようかしばらく考えて、そうだ今日は心機一転元気に営業しようと、アート・ブレイキーのチュニジアの夜のアナログ盤を載せた。アート・ブレイキーの軽快なドラムが真空管アンプを通して今はなきオンキョーのスピーカーから流れてきた。特に目立つところがない地味な古本屋だけど、私のお父さんが長年こだわってきたオーディオ一式とアナログ盤は、ここ神保町にとってはある意味名物店として、密かに有名なお店だった。お客さんによってはかつての名盤を聴きに来る人もいるくらいだ。今では入手困難なアナログ盤もあって、古本屋より中古レコード店としての方がいいんじゃないかと思われるくらいだけど、私は、レコード盤だけは絶対売るつもりはなかった。なぜなら、このレコード盤は、お父さんの大事な形見たちなのだから…

私は、いつ来るかわからないお客さんを待ちながら、トルーマン・カポーティーの「ティファニーで朝食を」読んで、レコード盤をB面に裏返すとタイミングよく

「ことはー!ちょっと!」

と店舗裏にある自宅の方から、お母さんが私を呼ぶ声がした。

「お母さーん!なーに!」

「いいから、きてちょうだい!」

私は、本に栞を挟んでカウンターに置くと自宅の方へと向かった。

自宅に入るとお母さんが申し訳なさそうな顔をしながら

「おばあちゃんがおじいちゃんの遺品の整理したいって…色々重たい物もあると思うから、店番は私がするから手伝って欲しいのよ。お願いできるかしら?」

私はにっこり笑うと

「お母さん、私は、大丈夫よ。お店はよろしくね。」

「ことは、ありがとうね。」

「お母さんまだ肩痛いの?」

お母さんは左肩をさすりながら

「そうなの…おじいちゃんのドタバタで頑張り過ぎたみたい」

私は、お母さんに笑顔を送ると

「もし、買い取りで重たいものが運ぶ必要があったら遠慮なく言ってね。私がやるから。」

「本当にごめんね。助かるわ。その時はお願いするわ。」

私はお母さんに向かって手を振りながら、おじいちゃんの部屋へと向かった。

おじいちゃんの部屋に入ると、おばあちゃんが小さな体を丸めながら、おじいちゃんが生前撮っていたアルバムを一枚、一枚大切そうに眺めながら、うっすら涙を浮かべていた。

「おばあちゃん、手伝いに来たわよ。」

おばあちゃんは、しばらく思い出の世界に、入っていたせいか、かなり反応が遅れて

「ことはちゃん、ありがとうね。ことはちゃんがいらないと思った物はこのダンボールに入れて、必要だと思った物は私に寄越してちょうだい。お願いね。私は書棚から始めるから、ことはちゃんは机からお願いね。」

「おばあちゃん、わかったわ。」

私は、生前の几帳面な性格が現れてる整理されたおじいちゃんの机を開けてみると、きちんと削られた鉛筆や万年筆など筆記用具や空白の便箋などを不要のダンボールに入れていくと私は、ある物に目が留まった。

それは表紙にダイアリーと書かれたおじいちゃんが生前書いていた日記たちだった。

私は、何の気も無しにめくっているとあるページが目に留まった。そのページは、丁寧な字を書くおじいちゃんらしくない乱雑な字で

–嗣がおかしくなった。それだけでなく、何処の馬の骨かもしれない他所の子供まで連れてくるとは…−

私は、そのページを見つめたまま固まってしまった。

-お父さんがおかしい?他所の子って−

私のお父さんは、私が幼い頃に亡くなってそれ以降お母さんと私、そして祖父母の4人暮らしだったが、ついこの前おじいちゃんが亡くなりこの前49日を終えて、いつもの日常に戻ってきたばかりだったのだ。その矢先、私がこの日記を見つけたことによって、私が知らないお父さんの生前とこの他所の子と言う言葉に私は、自分自身が全く知らない我が家の謎がある事に青天の霹靂として私の心に蝕む様に黒く染まっていくのが実感してきた。

私は、日記のその問題のページを開いておばあちゃんに見せると

「おばあちゃん、このページ…お父さんがおかしくなったのと、他所の子って何?」

と聞くと、おばあちゃんの顔がみるみる青くなって、私から視線を外しながら

「ことはちゃん…良い機会だし、お母さんと一緒に今夜話すわ。」

それから、私の


ー知られぬ過去を辿るー


ことになった。

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