◆5日目 昼 ~What we can do for her?~
ー31ー
毒島医院はUGNの関連施設だが、表向きは普通の病院である。
総合受付には診察に来た者、面会に訪れた者、会計を待つ者……休診日を翌日に控えている為か沢山の人間でごった返していた。
ロビーに設置されたテレビから、ニュースキャスターが台風15号の接近を伝えている。
「あら~、このままだとこの辺り直撃コースじゃない?」
「そうねぇ。明日の花火大会も中止かしら。残念ねぇ」
「こればっかりはねぇ。……それより早く帰って、買い出しとか色々備えないと」
ニュース番組を見ながら、何人かが残念そうにそんな会話を交わしていた。
「……花火大会、中止になっちゃうんだ」
人混みから少し離れたロビーの端、ソファに腰掛けていた仄がぽつりと呟く。
「まあ、台風じゃな。しょうがねえよ」
言いながら、閃は入口に目をやった。
ガラス越しに見える空は雲が厚く重なり勢いよく流れてゆき、隙間から蒼穹がせわしなく顔を覗かせる。
『はなび……?』
周囲や2人の会話を耳にして灯は首を傾げた。
「もしかして、灯も花火知らない?」
仄に問われ、灯はこくりと頷いた後に再び首を傾げる。
『おれ、も?』
「うん。私もね、知らなかったの。……せんせぇに、教えてもらったんだ」
一瞬くしゃりと顔を歪めるも、仄は懐かしむように笑顔を浮かべる。
「空に打ち上げる大きな花火と、手で持って簡単に遊べる花火とがあってね。花火大会は、いろんな花火を夜空一面に打ち上げて、それをみんなで見て楽しむんだよ」
病院の掲示板に貼ってある花火大会のポスターを仄は指さす。
「ここの花火大会は特に盛大で、せんせぇも毎年楽しみにしてるんだって」
仄の説明を聞いても全く要領を得ず、灯は首をひねっていた。
『うちあげる……? ひを?』
「火っていうか、火薬と金属の粉を混ぜたものをいろんな組み合わせでひとつの大きな玉に詰め込んで、それを火薬で空に打ち上げるんだよ」
『……それって、ばくだんじゃ?』
閃の説明に、灯は眉をひそめる。
「まあ、花火も元を辿れば兵器が始まりだけど」
訳が分からないと顔をしかめている灯の顔を見て、閃は軽く吹き出した。
「俺も前、先生に同じ事聞いたなあ。爆弾を打ち上げて何が楽しいのかってさ」
言いながら、閃は素早く手元のスマホを操作し、打上花火の写真を灯に見せる。
『……きれい』
「だろ? これ以外にも、仕掛け花火とかいろんなのがあるんだって」
『ふーん』
「せんせぇがね、前に言ってくれたの」
閃の手元を一緒に覗き込んでいた仄が、ぽつりと呟く。
「『花火も爆弾も元は同じ火薬の塊で、使い方によってはどちらも人を傷つけてしまう。でもね、花火はお祝いだったり願いだったり鎮魂だったり……いろんな人の思いを乗せて大空に打ち上げて、見ている人の心を救ってくれるんだ』……って」
大切な思い出をひとつひとつ辿るように、胸に手を当てて仄は言葉を紡ぐ。
「だからね、力は力でしか無いって。それ自体に良いも悪いもなくって、どんな力も使い方次第で誰かを助けられるんだって、そう教えてくれたの」
『ちからは、よいもわるいもない……』
「……あの後から、ずっと考えてたの。今の私には、何ができるんだろうって。……せんせぇの命を救えないなら、私の力でせんせぇにしてあげられることって、なんなんだろう」
「俺の力でできること、か……」
仄の言葉を反芻し、閃もじっと考え込む。
『……はなび』
ぽつりと、灯が呟いた。
「花火?」
『すき、なんだろ? せんせいが』
「うん、そうだけど。でも台風が……」
言いかけた閃がぱっと目を見開く。
「そうか、天気さえ何とかできれば……!」
「どういう事?」
キョトンと問いかける仄の肩を閃が勢いよく掴む。
「俺達の力を使えばさ、全部は無理でも多少なら台風を弱めることもできるかもしれないぜ。それに、仄と灯がいれば、花火だって! 大会は中止になっちゃってもさ、花火を先生に見てもらえるかも」
閃は仄と灯の肩に手を回し顔を近づけると、他の人に聞こえないようにひそひそと話を続けた。
「昔アメリカでハリケーンを弱める実験を行ったっていう報告を読んだことあるんだ。それに台風の構造から考えて……」
始めはいぶかしげに閃の説明を聞いていた仄もだんだんその表情を明るくさせる。
「なるほど、それだったらできるかも! 明日までだから早速準備に……」
興奮してはしゃいだ声を上げた仄だが、ハッと言葉を詰まらせた。
「明日……」
「明日っていえば、期限……なんだよな」
ヒバナがUGNに関する記憶を失くしてしまった事は、毒島伝手に3人も聞いていた。
残された記憶は、きっと朝宮ミズキと木蓮に関するものだろう。
明日になれば、きっとどちらかのことも、ヒバナは忘れてしまう。
――そして、すべての記憶を喪ってしまえば、彼女は。
「……ミズキさんが助かる方法も、まだ見つけられてないね」
「……そうだな。正直、見当もつかないや」
先程までの明るさから一転、表情を曇らせる仄と閃。
2人の様子を黙って見ていた灯は、ストンとソファから勢いをつけて立ち上がった。
『いこう、ふたりとも』
返事を待たず、灯はそのまま玄関へと歩き出す。
『おれがここでできること、ない。……ふたりがやりたいこと、てつだう』
「あっ……ちょっと、待ってよ灯!」
(ふたりの大切な人は、死なせない。絶対に)
慌てて追いかけてくる2人には伝わらないよう、灯は心の中で呟いた。
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