ー30ー

 少しずつヒバナの呼吸が穏やかになり、強張った身体から力が抜けていくのを感じて、ミズキも自らの腕を緩めた。

「……ごめんね。なんかそんな話を改めてしてもらって」

 ぎこちない笑顔を浮かべているヒバナに、構わないという様にミズキは笑顔を向ける。

「ボクら3人はね、スリーマンセルでいろんな任務をこなしてたんだよ。本当に良いチームなんだ。たくさんの思い出があって、それをまたキミにも聞かせるから」

「ありがとう。……ごめんね」

「謝らなくて大丈夫。不安なのはヒバナ、キミだろ」

 ミズキの言葉に、かすかに瞳を揺らしたヒバナは、振り払うように首を振ると努めて明るい声を上げた。

「でもほら、えっと、いきなりそんな話されてもよくわかんないし、また今度でいいよ!」

 そう言いながら、話を逸らすようにベッドサイドのテレビをつけた。


『……関東は台風15号が接近中です。今週末の土日は多くの花火大会が予定されていますが、台風により中止、または延期を検討しているところもあります。今後の台風の情報に十分注意を……』

 

 画面の中のキャスターが、天気予報を告げていた。

「台風……」

 病室の窓から見える空は、確かに昨日より雲が厚くなっているように見える。

「そっか。今週末の花火大会、無理そうだね……残念」

 しゅんとするヒバナを見て、少し思案したミズキはぽんと自らの手を叩く。

「じゃあさ、今晩、一緒に花火をしようか」

「今晩?」

「今日の夜は雨が降りそうにないし、花火、買ってくるよ。どう?」

「うん、それは……」

 悩ましげに眉をひそめて考え込んだヒバナは、申し訳なさそうに首を横に振った。

「……いや、ごめんミズキ。今日の夜はちょっとしたいことがあるんだ」

「……そう。それは何か、聞いても大丈夫? いや、言いたくないなら構わないよ」

「ごめん、ミズキ。それはまた、後で話すね」

 自らの顔の前で手を合わせてミズキに答えながら、ヒバナはそっと木蓮へ目配せをした。


「話は終わったか?」

 黙って3人の様子を見ていた毒島が、話が途切れたタイミングで声をかける。

「あ、すみません先生、お待たせしてしまって」

「気にすんな」

 頭を下げるミズキに軽く手を振りながら、毒島はヒバナへ向き直る。

「宵街はこの後、詳しい注意事項や説明を聞いてもらう。色々聞かされて疲れるかもしれんが大事なことなんでな。あとは診察だ」

「はい、先生。また後でね、ミズキ、木蓮」

 毒島に促されたヒバナは、ミズキと木蓮に手を振り病室を出ていった。


「……木蓮」

 ぱたりと閉まる扉を見ながら、ミズキは木蓮へ声をかける。

「明日は、きっとキミか、ボクだ。……だから、今日行おう」

 その言葉に、木蓮は眉を顰める。

「でもまだ、ミズキが助かる方法、見つかってないよ」

「……けど」


 握り締めたミズキの拳に、木蓮がそっと手を添えた。

「……明日は多分、俺じゃないかな。そんな気がするんだ」

 

「……わからないよ、そんなこと。誰にもさ」

「でも一番大切なものは、最期まで残ってる気がするんだ。……俺は、忘れられても大丈夫だから。また友達から始めるからさ。もうちょっとだけ、調べてみようよ」

「そんなこと、言わないでくれよっ……! いちばんとか2番とか、あるわけないよ。ボクは、ボク達3人でいることが本当に大好きなんだ。ヒバナだってそうだ。キミだって……」

「でもそれだったら、ミズキひとり、死んじゃ駄目じゃないか」

「それは……」

「ミズキの言うとおりだよ。俺も、ミズキとヒバナと、3人でいることが大事なんだ。誰が欠けてもダメなんだよ」

 添えた手に、木蓮はギュッと力を籠める。

「たとえ明日俺が忘れられても、ミズキが死ぬよりずっといい。あと1日粘って情報集めて、3人で過ごせる方法を探したい」

「でも、だけど……」

 ミズキは握り締めていた拳を緩め、木蓮の手を逆に包みこむ。

「キミが忘れられるのも、ヒバナがキミを忘れてしまうのも、ボクは嫌なんだ。たとえキミが構わないと言ったって、忘れられて辛くないはずがないじゃないか……っ」

 震える手に、自らの額を押し付ける。

「ヒバナだって、次々に大切なものを喪って、あんなに苦しんで……。ボクなら、あの苦しみを止められるんだ」

「……それじゃだめだよ、ミズキ」

 言葉と共に、そっと頭が温かいものに包まれた。

 

 ミズキの肩に片腕を回して、木蓮は自らの身体に引き寄せた。

「ヒバナの一番大切なものは、ミズキなんだよ」

「……」

「だから、ミズキがそれを投げ捨てちゃだめだ」

「……っ」

「まだ1日あるんだ。最後まで、一緒に考えよう。方法を、探そう」


 木蓮の言葉が、焦りで頑なになった思考にじんわりと染み込んでいく。

 目を閉じると、昨日の仄と閃の姿が思い出された。


 ――「せんせぇのこと、よろしくお願いします」


 自分は、あの願いに何と応えたのだったか。

 

 ――「ボクにできることを最後までやり遂げるから」


 そう、最後まで。

 まだ、1日ある。

 最後まで、諦めない。

 ヒバナと木蓮と、ボクが、ずっと一緒にいられる方法を、必ず見つけ出す。


 「そうだね。……ごめん、木蓮」

 抱きしめられたまま、木蓮の身体に腕を回してそっと抱きしめ返した。

 「最後まで、探そう。ボクらが、一緒にいられる方法を」

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