ー29ー
キョトンとしたヒバナの顔を、ミズキと木蓮は凍りついたまま見つめる。
「え、なに? ふたりとも、どうしてそんな顔をしてる……の?」
「……ヒバナ。オーヴァードという言葉に聞き覚えある? レネゲイド、オーヴァード」
「オー……ヴァード……レネ、ゲイド……? えっと、なに? 新しいゲームか何か?」
「いや……」
どう答えるべきかと言い淀むミズキと、眼を丸くして自分を見上げる木蓮を交互に見ながら、ヒバナの顔が曇っていく。
気まずい沈黙の中に、トントン、というノックと扉の開く音が響いた。
「よお、宵街。調子はどう……」
いつもの通り少し気だるげな様子で声をかけた毒島は、室内の様子に気づいて言葉を止める。
3人の様子を順に確認すると、軽く溜息をついた。
「えっと……せん、せい……?」
戸惑いながら自分を見つめるヒバナに、毒島は安心させるように笑いかける。
「ああ、お前の主治医を担当している毒島だ。気分は……あんまりよくなさそうだな。昨夜は眠れたか?」
いつもと同じように話しながら手早くバイタルサインを記録していく毒島の背中と、不安げに座ったままのヒバナをミズキはじっと見つめる。
ベッドの上で幼子のように身を縮めるヒバナは、ずいぶん小さく、頼りなく見えた。
UGNのこと、オーヴァードのこと……ヒバナが家族のように大切に思い、誇りとしていた自身のアイデンティティ。
それすらも、奪ってしまうのか。
先ほどの様子から察するに、毒島のことも忘れてしまっているようだった。
残された時間の少なさを否応なく見せつけられ、ミズキは唇を噛み締める。
「朝宮、無理はしなくていいんだ。説明だったら俺の方からする。それが俺の役目だ」
「……いえ、大丈夫です」
気を落ち着かせようと大きく深呼吸をして、ミズキはヒバナの足元にしゃがむと、彼女の手に自分の手をそっと重ねた。
「ヒバナ。……キミは、忘れてしまったんだ」
その瞬間、さっとヒバナは顔を青ざめた。
「大丈夫」
ミズキは震えるヒバナの身体をそっと抱きしめる。
「ボクのことも木蓮のことも、キミはちゃんと覚えてた。ボクらはキミの中にちゃんといる。そうでしょう?」
「でも、でも……何か……何かを忘れて、また私、誰かを傷つけてるんじゃ……っ」
「大丈夫だから。キミから零れたのは、キミやボクらが何者で、何と戦っていたのかってこと。それは知識だから、また覚えていけばいいんだ」
幼子に言い聞かせるように、ゆっくりと背中を撫でながら話を続ける。
「キミもボクも、木蓮も、毒島先生も。みんな “オーヴァード” っていう不思議な力を持った存在なんだ。ボクらは、その力を使って自分達にできることをやってる。キミもね、その力で本当にたくさんの人を助けてくれたんだよ」
「私……が……?」
「そうさ。キミは一生懸命、全力で他の人を護り続けていた。……だからね、ちょっと身体に無理が祟ってしまったんだ」
ミズキの説明に戸惑いの表情を浮かべながらも、ヒバナは黙って話を聞いていた。
後ろに控えていた木蓮も、肯定するかのようにこくこくと頷いている。
まるでおとぎ話の様ではあったが、誰もが真剣な表情をしており、自分をだましたり嘘をついてごまかしているようには感じられなかった。
(私に、そんな力が……?)
半信半疑で自分の中に意識を向ければ、本能的にあふれ出す熱を感知して思わず震える。
(わかる。……信じられないけど、確かに、ある。……本当なんだ)
自らの身体に息づく異能に、恐怖を抱く。
どくん、と体の中で何かがざわめいた。
(いや、だめ……っ)
意志に反して暴れだす “力” に、パニックを起こしそうになる。
「ヒバナ、落ち着いて。大丈夫だから」
ヒバナのレネゲイドが不安定に揺らめき始めたのを感じ、ミズキは彼女を抱きしめる腕に力を籠める。
「ゆっくり、大きく息を吸って、吐いて。……大丈夫。キミはちゃんとそれをコントロールできる。それは君の力なんだから」
彼女の呼吸に合わせて背中をさすりながら、穏やかな声で言い聞かせる。
「大丈夫。怖くない。ボクらは、ずっとキミの傍にいるからね」
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