ー27ー

「じゃあ、例えば……さ。閃のウイルスをミズキやヒバナに移植することってできるのかな」

 病気で死なない身体になれるのなら、ヒバナの病気やあるいは、移植した後のミズキが助かるんじゃないのだろうか。

 そう考えて口にした質問だが、毒島の顔は曇ったままだった。

「やってみないと何とも言えねが、無理だって俺は思うぜ」

「……」

「レネゲイドウイルスってのは本来それ単体がひとつの生命体なんだ。その別の生命体が身体に入って、俺達の遺伝子を書き換えた結果、覚醒するのがオーヴァードだ。……ここまではわかるな?」

 黙って頷く木蓮に頷き返すと、毒島は言葉を続ける。

「生き物の身体ってのは、基本的に異物を排除する働きを持ってる。免疫力ってヤツだ。レネゲイドウイルス自体がかなり特殊なもんだから、一概に免疫力だけで説明は出来ねぇんだが、そこはひとまず置いておく。とにかく、異物ってのは大抵身体にとっては悪いモンだから、身体の方も全力で拒否するワケだ」

「うん、前に勉強したことある」

「そうか、お前もあのふたりと一緒に大学通ってるんだったな」

 微かな笑みを浮かべた毒島は、再び表情を引き締めると話を続ける。

 

「閃の感染している “古代種” をミズキに移すことができない理由は、大きく分けてふたつある」

 言いながら、毒島は指を2本立てた。

「ひとつ目は、閃の “古代種” そのものがかなり特殊である事だ。特殊すぎて、拒絶反応を起こしかねない。移植の際には拒絶反応を抑える為に色々対策をするが、それにも限度がある。……閃は元々そこら辺を調節され、 “古代種” のレネゲイドウイルスに感染することを前提に作られた身体なんだ。……あいつは、 “古代種” がなかったら多分生きてはいられない」

 息を呑んで黙り込んだ木蓮を見ながら、毒島は指をひとつ折り曲げる。

 

「で、ふたつめだが、これはミズキの問題だ。あいつの持ってる “対抗種カウンターレネゲイド” の効果は知ってるな? “対抗種” はレネゲイドウイルスに対して対抗する。つまり、他のレネゲイドウイルスを喰い殺すことができる、そんな特異性を持ったレネゲイドだ。相手が “古代種” であろうと何だろうと、それがレネゲイドウイルスであるならば基本的には喰い殺してしまう。……だから、移植したところで遺伝子の書き換えが行われる前に、 “古代種” の方が排除されちまうだろうな」

「そっか……。ミズキの体内でレネゲイドウイルスの縄張り争いみたいなのが起きちゃうんだ」

「そうだな、その例えで間違ってない」

「……じゃあ、病気の進行を抑えるために閃の “古代種” を使うのもできないね」

「そうだ。それに、宵街への移植は別の問題がある」

「別の?」

「ああ。……仮に宵街に “古代種” のレネゲイドウイルスを移植し、あいつを “古代種” にすることができた場合でも、病気の進行自体を抑える事は難しいだろう。その肉体が老いることはなくなるが、遺伝子の変異、細胞の変化、記憶領域の書き換えに関しては、変わらず起こるんだ。……あいつのレネゲイドウイルス自体がある時点で、あいつの能力が暴走して、あいつの記憶を書き換える。むしろ、老いることも、死ぬこともできないまま記憶を喪い続けて、何も覚えていられない状態で生き続けることになる。……本当の孤独になっちまうな」

「それは、駄目」

 木蓮は強く首を振る。

 ヒバナがいなくなるのは絶えられないけど、そんな孤独の牢獄に閉じ込めるのはもっと嫌だ。

 ぽん、と毒島の手が木蓮の頭を軽く撫でる。

「……レネゲイドウイルスって、ややこしいんだね」

「それをお前が言うのか? って感じだがな」

「そっか。レネゲイドウイルスに肉体を与えてもらってるのが私、だもんね」

 んー、と木蓮は大きく伸びをする。

 自分の身体がウイルスの恩恵と言われても、今ひとつピンとこない。

「……あー、あんまり難しいこと考えんの得意じゃないんだよな」

 思わず、ミズキの前では言えなかった愚痴がこぼれた。

 

「ヒバナのレネゲイドウイルスを抜き取ることは、先生でもできない?」

「レネゲイドウイルスを完全に抜き取ることはできねぇ。遺伝子の中からウイルスの変異部分を全て消し去るなんて、砂漠の中から水晶の粒を探し出して全部拾い集めろ、って言ってるようなモンだぜ」

「それは……想像もつかないな。わかった。じゃあ、最後に」

 そう言って、毒島の顔を真っ直ぐ見上げた。

「……先生だったら、どっちを選ぶ?」

「それは、俺がお前の立場だったらって事か?」

 毒島はココアをぐっと飲み干すと、ぐしゃりと缶を握り潰す。

「俺は医者だ。誰かの命を救うために、その技能を使うだけだ。誰かのために誰かが死ぬなんてことは、馬鹿馬鹿しい堂々巡りだ。そんなことのために俺は医者になったわけじゃない。……全力を尽くして、患者の命を助けようとして、それでも無理なら俺にできることはもうないんだ」

「そっか……。ずるい質問しちゃってごめんね」

「いや、ガキは大人を困らせるモンだ」

「そりゃ先生からしたらガキかもしんないけど、盾としてなら50年は生きてんだよ? ……よくわかんないけどさ」

 確かにな、と毒島は軽く笑う。

「それでも、人としての “木蓮” はまだまだガキだろ。だったら良いんだよ。先輩の言うことをよく聞いて、先輩の言うことに刃向かって、先輩を困らせて、そんで自分のやりたいようにやればいいんだ。帳尻合わせはこっちがやっとくさ」

「そっか」

 

 ビョン、と勢いをつけて木蓮は立ち上がると、毒島の身体にギュッと抱きついた。

「それじゃあ、これからもよろしくね、先輩」

 ヘヘ、と笑ってからパッと身体を離す。

「私、今日はもう寝るね。ありがとう、先生」

「ああ、また明日」

「うん、また明日」

「朝、宵街の病室の前にこっち来いよ。お前もちゃんと検査と治療を受けろ」

「はーい」

 手を振りながら駆けていく背中を見送って、毒島はどさりとソファに座り込む。

「やるせねぇな……」

 重い溜息が、陰に溶けた。

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