ー26ー

 2人が病室から出てくると、毒島が白衣のポケットに両手を突っ込んで待ち構えていた。

「先生、何か?」

「ふたりとも、ちょっとついて来い」

 そう言うと、毒島はすたすたと歩き出す。

 顔を見合わせて首を傾げながら、2人は後に続いた。


 診察棟で足を止めると、処置室と書かれた扉を毒島は叩く。

「朝宮はここだ。……昼間の傷、ちゃんと見せろ」

「え」

「え、じゃねぇ。ドンパチやってたの、気付いてないとでも思ってたのか?」

 じろりと睨め付ける視線に、ミズキの目が泳ぐ。

「いや、ちゃんとひと通りの応急処置はして……」

「ふざけんな、ここは病院なんだぞ。ちゃんと専門家に診断と治療をさせろ」

「……はい、すみません……」

 蛇に睨まれた蛙の様に縮こまったミズキを室内に誘導すると、中にいるスタッフに指示をした毒島はすぐに出てきた。

「木蓮、お前はこっちだ」

「……うん」

 てっきり自分も治療とお小言を貰うものだと思っていた木蓮は、首を傾げながらも後に続く。


 毒島が足を止めたのは、小さな休憩スペースだった。

 自動販売機の明かりだけが、ソファや机をぼんやりと照らし出している。

 木蓮に座るよう促した毒島は、自販機に向かう。

「お前も飲み物、飲めるよな。何がいい?」

「じゃあ、先生と同じやつ」

「甘いけど良いか?」

 笑いながら問いかける毒島に、木蓮は頷いた。

 ガコンガコン、という音が思った以上に薄闇に響く。

 購入した缶のひとつを木蓮に手渡すと、毒島はプルタブを開け一気に中身をあおった。

 

「ったく、いつまでたっても慣れねえな。……ガキが自分の死期を悟ってんのはよ」

 溜息と共に毒島は壁にもたれかかる。

「ヒバナは、死なせたりしないよ。ミズキともそう話してるから」

「どうやるつもりだ。何か方法でもあるのか」

「それは……」

 俯いたままの木蓮に、チラリと毒島は視線をやる。

「昼間のドンパチ、相手はあのふたりだろ? 話はついたのか」

「うん。……ごめんね、病院で騒がしくしちゃって」

「本当だよ」

 苦笑を浮かべる毒島の顔を、木蓮は見上げる。

「ふたりとも助ける方法はまだわからない。見つからなかったら、私達はどちらかを犠牲にする方法しか……ないんだよね」

 手の中の缶を強く握りしめる。

「あと、2日しかないんだ。その間に私達、何とかできるかな」


 縋るような木蓮の目線を、毒島は静かに受け止める。

「わからねぇ。医者として、不明瞭なことは言えねぇからな。明確に無理だって言えることならたくさんあるし、出来ねぇ、って話もたくさんある。何か聞きたいことがあるんだったら聞くぜ」

「そっか。ありがとう」

 改めて聞きたい事、と問われて木蓮はしばし黙考する。

 ミズキもヒバナも、2人とも死なずに済む方法。

 なにか、なにか無いだろうか。

 ぐるぐると纏まらない思考を落ち着かせようと、木蓮は手元の缶に口をつけた。

 とろりとしたミルクとチョコレートの甘味が口一杯に広がる。

「甘いね、これ」

「俺の好きなブランドのやつだがな。俺以外で飲んでるやつ見たことねぇよ」

「ハハ……すっごく甘い」

 濃厚な甘さをこくりと飲み込むと、騒ついた頭の中が少し鎮まる様な気がした。

 自動販売機の微かな駆動音だけが薄闇に漂っている。

 

「あの……さ」

 ずっと引っかかっていた疑問が口をついた。

「あの子……閃ってさ、なんか特別な力があるの? 「俺なら良かったのに」っていうのがずっと気になってて」

「……あいつ、ンな事言ってたのか」

「うん。先生は、今の状況を改善する事はできないって言ってたけど……」

 毒島は大きな溜息を吐くと、ここだけの話だからな、と前置きして話し始めた。

「閃のレネゲイドウイルスはな、“古代種エンシェントレネゲイド” ってヤツなんだよ。……しかも実験でかなり特殊化した、な」

「特殊?」

「ああ。簡単に言えば、あいつは老いや病気で死ぬ事は無い。流石に首を切り離されたり、心臓を抜き取られる……なんて事になったら無理だろうが、逆に言えばそうでもしねぇと死ねないんだ」

 だからアイツ、という呟きは小さな舌打ちでかき消された。

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