―24―

 動かなくなった仄と閃の姿を確認し、ミズキはゆっくりと握りしめていた両手をほどく。

 パシャン、と檻の膜が弾けた。

『ほのか! せん!』

 灯は慌てて2人に駆け寄る。

 ひゅ、というか細い笛の音が2人の喉からしたかと思うと、ゴホゴホと激しくむせた。

「あ……だ、大丈夫……」

 肩で息をしながらも、閃は安心させるように片手を上げて返事を返す。

 そのままドサリと座り込んだ。

「あー、くそ。これが先生のバディの実力か……。負けちゃったな」

 大きく息をつきながらそう呟く閃の顔は、どこか憑きものが落ちたかのように見えた。

『せん?』

 いぶかしげに首を傾げる灯だったが、足元から聞こえてきたしゃくり上げる声にハッと視線を向ける。

「せんせ……っ、せんせぇ…………」

 仄は、うつ伏せに倒れ込んだまま肩をふるわせて泣きじゃくっている。

 声を掛けることもできず、しばし黙って震える仄の背中を見つめていた灯は、こちらを見上げているミズキと木蓮の方に向き直った。

『ほんとに、せんせいもじぶんもたすけるなんて、できるのか』

 半ば睨みつけるようにミズキを見下ろしながら、そう問いかける。


 射るような灯の視線を、ミズキは真っ向から見つめ返す。

「……わからない。けど、諦めたくないんだ。だから必死にその道を探してる」

 一瞬目を伏せ、拳を握りしめて、改めて3人を見上げる。

「こんな事を言うのは烏滸がましいかもしれないけど、キミ達にも一緒に探して欲しいんだ。……甘いと言われてもいい。断られたって仕方がない。けど、ボクは宵街ヒバナという女の子に何も喪って欲しくない。彼女の大切な世界を含め、彼女の大切なものも全部守りたい。……世界で一番大切な女の子なんだ」

 そう言って、深々と頭を下げた。

 

『おれには、せんせいより、あんたより、このふたりがだいじだ』

「うん」

『でも、せんせいをすくうほうほう、もってるのあんただけ』

「うん」

『……あとふつか。それまでにほうほうがみつからなかったら、そのときは』

 真っ直ぐにヒバナの瞳を見つめて、静かに灯は告げる。

『おれが、あんたをころす』

 その言葉を静かにミズキは受け止め、柔らかく微笑みかけた。

「そうしてくれ、灯君。キミの大事なものをちゃんと守ってあげて」

『……うん』

 ちらりと木蓮に視線を向けるが、そのまま何も言わずに灯は閃と仄に向き直った。

 

 振り返ると、閃はどこか複雑そうな表情を浮かべて灯を見たが、そのまま黙って泣き続ける仄へ視線を向ける。

『ほのか……だいじょうぶ?』

 震えている真っ白な仄の拳に、そっと手を重ねる。

 ゆらりと伏せていた身体を上げた仄はそのままぽすり、と灯の胸に額を寄せるとぎゅっとその身体を抱きしめる。

 蝉の合唱をかき消すような慟哭が蒼穹へ響いた。

 黙ったまま灯はゆっくりと仄の背を撫でる。

 閃もゆっくりと立ち上がり2人に近づくと頭をポンポンと優しく叩いた。

「ごめんな」

 ぽつりと呟く閃を見上げると、灯はふるふると首を振る。

『うん。でもおれ、なんともないから』

「よく言うよ。そんな怪我しておいて」

 苦笑いを浮かべる閃に、灯はもう一度首を横に振る。

『つらいのは、せんとほのか』

 そう言われた閃も、微かに目を細めて緩く首を振った。

「ううん。みんな、みんな辛いんだ。ミズキさんも、木蓮さんも。でも、でも」

 その言葉に重なるように仄がしゃくり上げながら続ける。

「それでも……それでもせんせぇが……っあんなせんせぇを、これ以上、見たくない、から」

『うん。……ね、ほのか』

 仄の頭を見つめながら灯は告げる。

『ひどいこといってるのはわかってる。けどあとふつか、まって?』

「……うん」

『それでだめだったら、おれがあのひと、ころすから。ね?』

 ぎゅっと灯の背に廻る手に力が込められた。

「いいの! 灯はそんなことしなくていいの。だから、だから……」

『ほのかとせんのほうが、そんなことすることない』

 激しく首を横に振ると、仄は涙に濡れた瞳を上げる。

 ゴシゴシと乱暴に目元を擦ると、ミズキと木蓮へ顔を向ける。

「ごめんなさい。私達には何もできないから。だから、だから……っ」

 立ち上がると、深々と頭を下げた。

「せんせぇのこと、よろしくお願いします」


 こちらに深くお辞儀をする仄と閃の姿を、目に焼き付けるようにミズキは真っ直ぐに見つめる。

「うん。ごめん。……ボクにできることを最後までやり遂げるから。託してくれて、ありがとう。仄ちゃん、閃君」

 ミズキも頭を下げ、視線を上げたときには既に2人は背を向けていた。

 貯水槽を見上げるミズキの手を、木蓮がそっと握りしめる。

 素肌に、木蓮の体温がじんわりと伝わってくる。

「怖くないと言ったら、嘘になる。方法がもし見つからなかったら……」

 暖かな手をぎゅっと握り返す。

「けど、諦めるつもりは全くないから。だから木蓮、キミも安心して」

 そう言って、木蓮の方へ顔を向ける。

「……怖いよね。でも、ボクはここにいる。ヒバナもちゃんといるから。ね?」

 木蓮は握られた手に指を絡めてギュッと握り返すとふへへ、と笑った。

「みんな、一緒だ。……うん、怖いけど、大丈夫」

「ありがとう、木蓮。」

 その笑顔につられるように、ふわりと気安い笑みが浮かんだ。

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