ー23ー

「ミズキ……っ!」

 燃え盛るの炎の中で崩れ落ちるミズキの身体を、木蓮が咄嗟に支える。

「……木蓮、いいんだ。大丈夫」

「なんで……」

「あの攻撃はキミと相性が悪いでしょ。……大丈夫だから」

 大丈夫なはずない、と返しかけた唇が微かに震えているのを木蓮は自覚する。

「ありがとう、木蓮。でも、できればキミにも傷ついてほしくないんだ」

 煤と火傷にまみれた顔で、それでもミズキは微笑む。

 膝をつきながらも木蓮の腕を借りて体勢を保つと、灯に向き直った。

「そうだよね。大切な友達なんだもんね。分かるよ、とっても良くわかる」

 踏み込んだ勢いで先ほどの傷が開いたのか、再び太腿から鮮血を滴らせながらもまっすぐに剣を構えて立ち塞がる灯を、ミズキは静かに見上げる。

「でも、ごめんね。ボクも、これだけは譲れないんだ」

 再び、自らの前に手をかざした。


「バカ灯! 何やってるのよ!!」

 自分達にではなく、ミズキ達に立ち塞がる灯の背中に、仄も驚いたように声を上げた。

『ふたりがやることない。……おれがやる』

「何言ってるのよ! これは私の願いなんだから、私がやらなきゃいけないんだよ! もうボロボロじゃない。灯はそこで寝ててよ!」

『いやだ』

「な……っ! 灯の大バカ!!」

 叫びながら、仄は再び両手を天へと掲げる。

 虚空に先ほどより更に1回り大きい時計の針が現れた。

「邪魔しないでよ……っ!」

 仄が勢いよく手を振り下ろすと、一対の巨大な針は灯の頭上を越え、ミズキと木蓮めがけて降り注いだ。


 手をかざしたまま微動だにしないミズキを抱きすくめたまま、木蓮は片手で巨大な盾を構えなおした。

 灰と砂煙がふわりと巻き上がると、瞬く間にそれは堅牢な城壁へと姿を変える。

 白黒の針が城壁へと突き刺さり、貫き、木蓮の頭を覆う兜をかすめると、ガラスが割れるような澄んだ音と共に双方とも砕け散った。

 木蓮のこめかみに一筋の赤い糸が伝う。

 それを拭いもせず、まっすぐに盾を構えたまま木蓮は閃へと顔を向ける。

「……閃、俺も一緒だ。どちらを犠牲になんて選べないんだ。どっちも守りたいんだよ。……我が儘でごめんな」

 木蓮の言葉に、閃は一瞬驚いたような顔をしたが、ふっと表情を緩める。

「うん。最後まで守りなよ。俺も、自分が正しいって思った方向に進みたいから」

 そう言うと、仄を庇う様に一歩前に踏み出した。


 心を決めたように真っ直ぐこちらを見つめる閃の瞳を、ミズキは揺らいだ瞳で見つめ返す。

 「……閃君。ボクがキミに何かを言う資格はない。それがキミのしたいことなら、ボクも自分がすべきことをするよ」

 ミズキの手が揺らめき、次の瞬間ぶわりと不可視の腕が膨れ上がった。

 盛夏の日差しを微かに歪めながら、それは再び仄と閃を捕らえようと伸ばされる。

「させねえよ!」

 閃がパチン、と指を鳴らす。

 小気味よい破裂音が光へと変わり、ミズキの目前で弾けた。

「……ッ!」

 突然の目くらましに狙いが逸れる。

 ズン……という地響きと共に振り下ろされた腕の下には、誰の姿もなかった。

 慌てて周りを見渡すミズキの視界の端に影が差す。

『あんたのあいては、おれだ』

 視線を戻す間もなく、横薙ぎに高熱を孕んだ炎の一閃が迫る。

 ガキィン!と重い金属が激しくぶつかる音と共に、目前で火花が散った。

 

「木蓮……!」

「大丈夫」

 大盾を側面に構えて灯の一撃を受け止めたまま、木蓮は顔を僅かにミズキに向けて安心させるように微笑む。

『ちっ』

「灯、どいて!」

 頭上から響く声に、ミズキと木蓮は頭上を振り仰ぐ。

 逆光の中、貯水槽の上に立つ仄と閃の姿を捉えた。

 仄の頭上には、既に一対の巨大な針がこちらに狙いを定めている。

 灯が後ろに飛んで距離を取るのと同時に、断頭台の刃のごとく振り下ろされた。

 

「ハァッ!」

 裂帛の気合と共に、木蓮は大盾を頭上に掲げる。

 重力と追い風を受けた巨針は、先の一撃より更に鋭く、重い。

 攻撃を受け続けた盾と甲冑は数多の罅が入り、所々剥き出しになった素肌には様々な傷が顔を覗かせていた。

 しかし木蓮の身体はそれでも、崩れることはない。

 一撃を正面から受けた盾の一部が欠け、破片が腕を貫いてもなお、自らの背後を護るために立ちはだかっていた。


「やっぱり堅いな。木蓮さんを崩さなきゃ攻撃が通らないや」

「わかってる。でも確実に効いてるもん。次こそ絶対に……!」

 

「……いいや、これで終わらせるよ」

 その声と同時に、仄と閃の周囲に雫のような魔眼が無数に浮かび上がる。

 ぐるぐると廻る魔眼は徐々にそのスピードを上げ、巨大な渦を描く水柱へと変ずると、その中心へ2人を閉じ込めた。

「まずい……っ」

 閃が咄嗟に仄の身体を抱え、自分達の周囲に竜巻を起こす。

 自らを捕らえる檻を弾こうと膨れ上がった風の渦はしかし、迫る水の壁に触れた途端、たちまちにその勢いを削がれ呑み込まれていった。

「!……これが、“対抗種” の力……」

 閃が必死に迫る壁を押し返そうとするが、じりじりとその径は狭まっていく。

 

『せん、ほのか……っ』

 灯が飛び上がり、2人を囲む水壁へと勢いのまま切りかかった。

 しかし壁に触れた瞬間、炎はあっという間にかき消され、攻撃は弾き返される。

 その間にも水の柱はぐにゃりと歪みながらその容積を縮め、球体へと変じ完全に2人を閉じ込めた。

 ごぼり、と仄の口から空気の泡が漏れる。

『ほのかっ!』

 力任せに灯は2人を捕らえる壁を殴りつけるが、分厚い透明の壁は表面が僅かに揺らぐのみだ。

「まだ、だめ……こんな……ところ…………で………………」

 仄は壁に手をつき、震える足で必死に立ち上がろうとする。

 だがずるりと手が滑り、そのまま全身が崩れ落ちた。

「ほ……のか…………」

 膝をついた閃が、苦悶の表情で、それでも必死に仄へと手を伸ばす。

『せん……!……くそっ……』

 灯はがむしゃらに両の拳を叩き付ける。

 だが、その壁はびくともしない。

 「ご……め…………」

 その言葉を最後に、ばたりと伸ばされた手が力なく落ちた。

 

「……ごめん。だけど、ここだけは絶対に譲れない」

 ミズキは仄と閃に向けて伸ばした両の手のひらを、包み込むかのようにそっと、逃さぬように力を込めて合わせる。

「身勝手だけど、あの子も、キミ達も。全てを守るために、ボクの意思を通させてくれ」

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