ー13ー
どれくらいの間、そうしていたのだろうか。
鼻をすする音とともに、灯の服の裾が僅かに引っ張られた。
「……わりい。早く行かないと、怪しまれるかな。……そろそろ、行こうか」
『……うん』
ゆっくりと閃は立ち上がる。
俯いた顔を目にしないように、灯も次いで立ち上がった。
冷たい手が、灯の手をぎゅっと握りしめる。
「灯、ありがとう……一緒にいてくれて」
か細い、消えそうな声が耳に届いた。
* * *
「あれ、閃君に灯君? おはよう」
のろのろと入り口近くの自販機で飲み物を買う2人の後ろから声が掛かった。
さりげなく灯は閃の前に立つ。
『おはよう……ございます』
これからヒバナの病室に向かうのか、階段へ向かっていたミズキと木蓮がこちらに気づいて近づいてくる。
「今日も来てくれたんだ。あれ、仄ちゃんは一緒じゃないんだね。先に病室へ行ってるのかな?」
そう柔らかく問いかけるミズキに、灯は買ったばかりのお茶とジュースのペットボトルを押し付けた。
『これ、せんせいとほのかのぶん』
「え?」
『わたして』
唐突に押し付けられたペットボトルを手に、ミズキは困惑する。
どこか怒りを含んだ目でこちらを見上げている灯と、彼の後ろで俯いたまま面を上げようとしない閃。
そして、昨日は1日中一緒にいた仄の不在。
「……! まさか……」
消えてしまったというのか。――ヒバナの中から、閃の存在が。
『……じゃ』
「待って……!」
閃の手を引いてその場を去ろうとする灯を、ミズキは咄嗟に引き留めた。
『……なに』
刺すような強い視線に一瞬たじろぐ。
「ボク達、ヒバナの顔を見た後に毒島先生のところに行く予定なんだ。ヒバナの、治療法を聞きに」
『……』
「その……ふたりも一緒に来てくれないかな。キミ達にも、聞いていてほしいんだ」
『わるいけど、いまは』
「……いいよ灯。大丈夫。……行こう」
キッ、とこちらを睨みつけている灯の袖を、閃が弱弱しく引っ張った。
『でも、せん』
「大丈夫。……それに、今日は仄と先生を、ふたりきりにしてやりてえんだ」
『……わかった』
しぶしぶといった様子で灯は頷く。
「じゃあ、ここで待っていてくれるかな。ボク達はヒバナに挨拶して、これも渡してくるからね」
そう言いながら、ミズキは先ほど手渡されたペットボトルを掲げた。
「行こう、木蓮」
「……うん」
ミズキに手を引かれながら、木蓮は残された2人をちらりと振り返った。
「ねえ、ミズキ。……もしかして」
「…………多分、そうだと思う」
「……そんな、ほんとうに……?」
ヒバナの中から、誰かがいなくなるということ。
ヒバナに、忘れ去られてしまうこと。
その実感がジワリと足元から忍び寄ってきて、木蓮は大きく身震いする。
「……大丈夫、大丈夫さ。きっと、毒島先生が治す方法を見つけてくださってる」
そう言い聞かせながら、ミズキは木蓮の手を一層強く握りしめた。
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