ー20ー

 ヒバナの病室に向かおうと角を曲がったミズキの脇を、勢いよく小さな影が掠めた。

「あっ……」

 ぶつかった勢いでよろめいた小さな身体に、ミズキはとっさに手を伸ばす。

 目の前に現れた影をとっさに避けようとして、こちらを見上げる格好になった少女と目が合った。

 ポロポロと大粒の涙を零す紅玉の瞳はミズキの姿を捉えると、キッと鋭く睨みつけ、伸ばされた手を避けるように走り去っていってしまった。

 呆然と見送るヒバナと木蓮の後ろから、駆け寄ってくる足音が再び聞こえる。

 振り向く間もなく、目深にフードを被った少年が2人の傍を駆け抜けていった。

 さらに後ろから駆けてきた少年――閃は、ミズキと木蓮の姿を捉えると少し足を止め、ペコリと一礼をする。

「……仄ちゃんのこと、お願いね」

 そう声を掛けるミズキの言葉に、閃は口を強く引き結ぶと、黙って頷きそのまま走っていった。


 * * *


「あ……ミズキ、木蓮、おはよう。……もしかして、今飛び出していった子達って……」

 開け放たれたままの病室の扉から、戸惑うようなヒバナの顔が覗いている。

 顔を見合わせるミズキと木蓮の姿を見て、ヒバナは何か察したように声を微かに震わせた。

「もしかして、その、私また、記憶を……?」

 その問いに、ミズキは口を閉ざしたまま、ただ労るようにヒバナをじっと見つめた。

 その沈黙で答えを察したように、ヒバナの顔色がさっと陰る。

「じゃ、じゃあ、もしかしたら私」

 そのまま病室から飛び出そうとするヒバナを、ミズキが優しく押しとどめた。

「今は、やめておいた方がいいかも」

「でも、ミズキ、だって……っ!」

「灯君と閃君。一緒に来てくれた2人がちゃんと話してくれてる。落ち着いてから後で話してみたら、ね?」

「……そっか。そうだよね、わかったよ」

 

 とぼとぼとヒバナはベッドに戻ると、運ばれてきた朝ご飯に手をつけることもなく、ただ項垂れる。

 木蓮は黙って、ヒバナの体をギュッと抱きしめた。

 抱きしめられるまま木蓮にもたれかかると、ヒバナはその背に手を回す。

 俯いたままのヒバナの背を、ミズキが優しく撫でる。

「大丈夫、大丈夫だから」

 言い聞かせるように、繰り返し繰り返しそう呟いた。


 * * *

 

 控え室に駆け込んだ仄は、その勢いのままベッドにがばりと身を投げた。

 枕に顔を押し当てると、耐えかねた様に嗚咽を漏らす。

 それはすぐに、廊下まで響く慟哭へと変わった。

 勢いのまま追いかけてきた灯は、その様子に一瞬躊躇うも、拳を握りしめ静かに部屋へ入る。

 やや遅れて閃も黙って部屋に入ると、扉をそっと閉めた。

 泣きじゃくる仄の傍に、2人はただじっと黙って寄り添っていた。


 どれほどの時間がたったのだろうか。

 しゃくり上げる声が少しずつ小さく、間隔が長くなり、仄は真っ赤な目元を拭いながら顔を上げる。

 黙って部屋に佇んでいる2人の方に、ゆっくりと仄は振り返った。

「……灯」

『なに?』

「灯はさ、顔を合わせなくても声を届けられるよね」

『うん』

「せんせぇに気づかれないように、ミズキさんと木蓮さんを呼び出してくれないかな。屋上に」

『……』

「私達、先に行ってるから。……ねえ、閃、いいでしょ?」

「……わかったよ。灯、伝言頼めるか?」

 どこか思い詰めた表情で赤く腫らした目をこちらに向ける仄と、半ば諦めたような表情でこちらを見る閃の顔を、黙って灯はじっと見返す。

『あのふたりをよんで、なにをはなすの?』

「……そんなの、決まってるでしょ?」

 有無を言わさぬ調子で、仄は願いを告げた。

 

「お願いするんだ。せんせぇを救ってもらうの」

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